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第十一話 「深夜、夜食と夢」

「ぐぉあああああああああ、ひゅるるん。ごぁああああああああ、しゅるるるん。」


 勘違いしないで欲しい。

 これはラリーカーの走行音ではない。

 決してエンジンとバックタービンの音ではない。


 アレクのイビキである。


 夕食を済ませ、アレクが水浴びをしている間に荷物をまとめた。

 あとはとっぷりと夜が深まるのを待つだけ。

 ネィダの家に忍び込み、魔術教本を読むのだ。

 もちろん読んだだけでは魔法が使えるとも限らない。

 だが少しでも可能性を上げれるのならば読まないわけにもいかない。

 何がなんでも合格したいんですよ、俺は。


 というときにこれだ。

 恐ろしくやかましい。

 さっきから枕とベットでサンドイッチして耳を塞いでいるがとても寝れる状態ではない。

 おかげでうっかり寝落ちして「しまった!朝だ!」とはなりそうにないが…。

 旅の途中はこんなことはなかった。

 おそらく寝ているようで神経は起きていたのだろう。


 …というか、俺、昨日はこの隣で熟睡したのか。


 さて、もう少しでこの宿も消灯時間となる。

 受付から人がいなくなるので、やましいことをするにはもってこいだ。


 というわけで、それまでに今日のアイテムを紹介しておこう。


 ---


 ロープ

 ロープである。

 この村に来るときに使った馬車の荷台にあったものを拝借してきた。

「アレクお爺様が持ってこいって」と言ったらすんなりOKが出た。

 あとで返すから大丈夫。


 ナイフ

 ナイフである。細かく言えばシーフダガー。

 イングリットの村から持ってきたもの。

 元々はサーシャのナイフだ。

 このナイフは仕込みナイフになっていて、柄の部分にピッキングツールが仕込まれている。

 何故母がこんなグレーなナイフを持っていたかは謎ということにしておく。

 盗みはしないから大丈夫。


 紙と炭。

 勉強道具。

 魔術教本を読んだときに覚えたい部分を書いて覚える。

 大概の場合メモを取ると取った部分がきっちり記憶に残るが、記憶する事が目的なので書くことは決して無駄ではない。

 メモは社会人の友だ。


 輝照石

 必需品。

 この村ではお馴染みの照明道具。

 流石に真っ暗の中じゃ本は読めない。

 それ以外はポケットに中でおやすみだ。

「汝、道を照らせ」で光を放ち、「汝、帳を下ろせ」で元の石ころに戻る。


 肩掛けカバン

 デニスが昔使っていたと言うカバン

 上記のアイテムを収納してある。

 薄く鞣した帝雨蛙(ロードフロッグ)という魔物の皮で出来ていて、雨にめっぽう強い。

 ただし定期的に日光に当てて干してやらないと湿ってカビる。

 取り扱い注意だ。


 ---


 音を立てないようにベットから抜け出す。

 ベットの下に隠しておいたカバンを抱えて、忍び足で部屋を出る。


 アレクのことだ。

「忍び込むなどとエバーラウンズ家の人間のする事では無い!!」

 と大反対しかねない。


 なのであくまでもこっそり、そして日が昇るまでに帰って来るのだ。


(お爺様。ユリウスは悪い子になります。)


 心のなかで懺悔しながら音も立てず扉を閉めた。


 宿の中は廊下は消灯されている。

 しかし、まだ起きている人がいるのか何部屋か灯りが漏れていた。

 …ついでに男女の悩ましい艷声も聞こえてくる。


 何も用事が無ければ寝惚けてトイレと間違えた設定で突撃してやろうかとも思ったが。

 運が良かったな。


 無人の受付を通りすぎ、正面の扉から宿を出る。

 通りには霧がかかり、暗い夜闇が広がっていた。

 うっすら雨も降っているし、遠くでは雷がなっている。

 木の上を見れば灯りが見えるものの、この辺りは真っ暗だ。


 野犬のローブのフードをかぶり、なるべく顔を隠す。


「汝、道を照らせ。」


 輝照石は控えめな光を放ち、足元を照らした。

 急ごう。

 人目につかないよう裏からまわる。


 …なんか、闇に潜むって、浪漫だよね。


 そんなことを思いながら道を行く。

 時々酔っぱらいが「もう一軒いこぉ!」とお決まりのセリフと千鳥足で通りすぎて行ったり。

 逢い引きしている男女を見かけたりと。

 思ったよりも人目がある。


 まぁ、気にしていられない。

 どうせこっちもあっちも知らん顔だ。


 街道から外れて森が深くなるほど霧も濃くなる。

 雨も徐々に強くなってきた。

 どうやら近づいているらしい。

 下手をしたら道に迷いそうだが、村中歩き回っただけあって多少は土地勘が付いていた。


 ネィダの家が近づいてきた頃に輝照石の灯りを消す。

 そして1つまえの大樹の影から様子を伺う。

 下のキノコハウスにも上のシャボン玉にも灯りは点いていない。


 やはりこの時間ともなれば皆さん夢の中のようだ。

 草木も眠る丑三つ時である。

 なるべく足音を立てないように家に近づき裏にまわる。


 ネィダ家の裏庭の奥。

 大樹の根元の辺りには物置小屋がある、そしてその上にはシャボン玉の中に繋がる階段がある。


 ということはやることは1つだ。

 よじ登る。


 まずは物置小屋の屋根に登った。

 大樹の根があるからこれはさほど苦労はなかった。

 カバンの中からロープを取り出し、先端に鞘に入ったままのナイフを括る。


 大河ドラマか何かで忍者が鉤爪付きのロープを使って城壁をよじ登るシーンってあるよね。

 あれをやる。


 ロープを振り回し、遠心力で勢いを付け上に投げる。

 ロープの先端は狙いどおりに階段の板に絡み付き、しっかりと固定された。


 ─よし。


 何度か力一杯引いたが、ロープは落ちてこない。

 大樹の表皮に足をかけ、ロープを手繰りながら昇る。

 途中、雨ですべって「うおっ」と声が出た。

 …まぁ、大丈夫だろ。


 3メートルほどを登りきるのにだいぶかかった。

 這いつくばるようにして階段の上に出たときにはとっくに息が上がっていた。

 手のひらにもマメが出来てしまった。


 数分ほどそのまま動かずに息を整える。

 ハァハァいいながら部屋に入って人でもいたら大変だ。

 社会的に死ぬ。

 もう一回死んでるとはいえ、そこまで覚悟完了はまだ無理だ。


 ロープとナイフを外してから、階段を登って部屋の前まで来た。

 ドアノブをひねってみるがやはり開かない。

 施錠されている。

 まぁ想定どおり。

 そのためにこれを持ってきたのだ。

 母さま、力を借ります。


(とーぞくのないふー。)

 テッテケテッテテーッテテー。


 仕込んであるピッキングツールを開く。

 細く角度のついた針金が2本と鋭く尖った掻き棒が出てくる。

 こういうのは誰しも小さい頃試すもの。

 俺も生前に南京錠をピッキングしようとして針金を突っ込んだものだ。


 しばらくガチャガチャやっていると。


 ─カチン

 と鍵が開く。


「…ビンゴ。」


 素人でもうまくできるものだ。


 道具をささっとしまい、ドアを押して開ける。

 ドアは短くギッと音を立てた。

 一瞬ヒヤリとしたが、そのまま中に入る。


 部屋の中は薄暗い。

 ん?薄暗い?

 灯りはどこから?


 ギッ


 と音がした。

 そして扉が閉まる音。

 ゾクリと背筋に悪寒が走る。


 とっさに振り向くと扉の影にノッペリと人の顔が浮かんでいた。

 目が合う。


「え"や"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」

「いやあああああああ!!!!!」


 突然大絶叫に俺も悲鳴を上げた。

 腰が抜けてしまい、それでも飛び退いた反動で転げまわる。

 心臓が口から飛び出るほど跳ね上がった。


 出た!

 おばけだ!

 こんなことならサーシャの首飾りも付けてくればよかった!


「あ"あ"あ"あぁっはっはっは。いーっひひひっひひほはは!」


 と思ったら、いつしか絶叫は笑い声に変わっていた。


「はぁー!腹痛い!いやああだって!バカだバカ!あははは!」


 ゲラゲラと腹を抱えて笑う声には聞き覚えがあった。


「げほごっほ…。汝、道を照らせ。」


 パッと部屋の灯りが灯る。

 俺はフードをおろして顔を上げた。

 一通り笑ったその顔には涙が浮かんでいた。


 俺は顔の下から灯りを照らして相手をビビらせるアレに、超古典的なアレに引っ掛かったのだ


 この部屋の主、ネィダがそこにいた。


 ---


「来るのがおせぇっての。まぁ忍び込んでくるとこまでは想像付いてたけどなー。」


 キッチンの入り口に背中を預けながらネィダは言う。


 何故キッチンなのかというと、「不法侵入を自警団にチクられたく無ければ夜食を作れ」というネィダの命令のためだ。


 朝食用の黒パン、壁に吊るしてあった干し肉。

 壺詰めにされた野菜の酢漬けを失敬して料理をする。


 火は釜戸だが、フライパンなどの調理器具は実家と比べればだいぶ充実していた。

 赤いレンガを積み重ねたキッチンは手の届く範囲に何種類も香辛料が吊るされている。

 釜戸自体もかなり大きく、流しと水竃がセットだ。

 やはり金持ちなのだろうか。


 ちなみに今回も火打ち石で着火し、火掻き棒で調整だ。


「だからって寝ずに待ってたんですか?」

「んなわけねぇだろバーカ。ソファーで寝てたら物音がしたから隠れてたんだ。」

「なるほど。」


 肉に火を通している間にパンを切る。

 おお、隣の鍋は野菜のスープか。

 これも失敬しよう。

 香辛料も数があるな。これとこれを試してみるか?

 匂いは…あ、こっちはやめた。ミント系だわ。


 スープを一掬いと香辛料を追加して少し煮る。

 干し肉は煮ると柔らかいだけでなく、旨味が増すのだ。


「どうせ魔術教本が手に入らなくて手詰まりだったんだろ。バカだなぁおめぇは。言えば本くらいいくらでも読ませたっつうの。」

「え!?」


 驚いて振り向いた。

 ネィダの口からそんな言葉が聞けるとは。


「なんだよ。」

「だって、何も教えないって。」

「頼み事も断るとは言ってねぇだろ。」


 た、確かに!


「お前はもっと人を上手に頼ること覚えた方がいい。バカなんだから1人で何でもできるわけねぇじゃん。」


 なんと、このネィダ。

 教えないと言っておきながら面倒は見るつもりでいたらしい。

 もっと早く声をかけておけばよかった。

 そういえば、弟子入りに際しては独りよがりだ。

 アレクにも、ククゥにも相談はしなかった。

 すべて自分で決めて、自分で行ったのだ。

 もちろん、生前とは逆に生きようとした結果でもある。

 それでもすこし突っ走り過ぎたようだ。

 反省である。


 それはそれとして、なんかさっきからバカバカ言い過ぎじゃね?

 …この唐辛子っぽいのも追加しといたろ…。


 ほどよく香りがし始めたところでフライパンを火からおろす。

 そしてパンを直火で炙って焦げ目を付けておく。

 そこにスライスした野菜の酢漬けと煮込んだ肉を煮汁を切ってから乗せて再びパンでサンドする。


 手早く包丁でカットして皿に盛り付けたら完成だ。


 ─謎肉の煮込みと謎野菜のホットサンド 謎香辛料の香りを添えて─


 …やべぇ。

 肉と野菜と香辛料なのはわかったけど、それぞれが何なのか全くわからないままの食い物が出来てしまった…。


「どうぞ。」


 平然とネィダに渡す。


「なんだこれ。」


 何でしょうね。

 俺も知りたい。


「ホットサンドです。」


 見た目はね。


「ほっと…?」

「手掴みで食べる食べ物ですよ。」

「は?行儀が悪いなぁ。」

「異国の食文化だと思って下さい。」


 渋々、といった感じでネィダはサンドに噛りつく。

 ザクザクっとパンの軽快な歯ごたえが音となって響く。


「ふん、ふん。」


 咀嚼しながら何か納得したような感じでネィダは鼻をならす。


 まぁ、味はどうあれ、食べれるならそれで良し。


 フライパンに残ったソースを指で掬って舐める。


 うん、悪くない。

 サーシャほどではないが、十分だろう。

 欲を言えばマスタードなんかがあればもっと化けたと思うが、生憎そういうものにはまだ出会えていない。

 今度ククゥに聞いてみるか。


 桶に竃から水を移す。

 フライパンと包丁を水に浸けておく。


 チラッと後ろを見ると、ネィダはサンドを持ち上げたり裏返したりしながらしげしげと観察している。

 すでに切り分けた半分は彼女の胃の中だ。


「これお前が考えたの?」

「昔食べたことがあるものを再現しただけです。ちょっと味は違いますが。」

「ふーん。悪くねぇな。」


 と、もうひと噛り。

 それだけ食べてもらえればサンドも浮かばれるというものだ。


「ん。」


 と、ボスンと机の上に本が投げられた。

 皮でできた表紙に金属の装飾が施された電話帳ほどの本。

 魔術教本、初級編であった。


「…良いんですか?」

「何が?」


 もうひと口ガブリ


「僕が魔法を使えるようになったら、面倒事が増えるのでは?」

「増えるよ?」


 さらにガブリ


「…じゃあ何故?」


 ネィダはしばらくサンドを味わい、飲み込んだあとにハンカチで口元を拭った。完食である。


「だって、それを読んだところでお前は魔法を使えないもん。」


 皿を水に浸けながら彼女はそう言った。


「しくった、教えちまったよ…。」

「どういうことです!?」


 頭を掻くネィダに詰め寄った。


「魔術教本の最初の項、魔法の成り立ちをまとめた部分から読み込んでいけば僕は魔法を使えるんですよね!?」


「誰がそんな事言ったんだ?」

「誰って…。」


 誰でもない。

 言うならば思い込みだ。

 それが希望だと信じていた。


「本は本。知識は知識。知ってるだけで何でも出来るようになるんなら苦労なんてないだろ。」

「でも!誰に聞いても同じようなことしか返って来なかったんです!魔力を感じられないから全然わからなかったけど…。」

「じゃあ本を開いてみろよ。おんなじことが書いてあるから。」


 まさか。そんな、まさか。

 俺は飛び付くように本を捲った。


 ---


 《最初の項》


 魔法の成り立ち。


 魔法とは、一般に詠唱無しに四大属性を使用した魔術を指す。

 古代の魔術師たちが強大な力を持った精霊「大魔霊」を倒し、あるいは封印し人類にもたらされたものである。


 大炎魔霊"バーン・グラッド"

 大水魔霊"ジアビス・サーフェ"

 大風魔霊"シルビア"

 大土魔霊"ドゴス・ド・ゴッス"


 《次の項》


 魔法が人類にもたらされた日を「原初の日」と呼ぶ。

 子供が初めて魔法を使った日をそう呼ぶのはこのことが由来である。


 魔法の使い方はいたって単純である。

 自らの内に流れる魔力と世界に存在する魔力。

 これら2つを感じとり、同調させることによって魔法は発露する。

 そこに特別な才も技術も必要としないことこそが魔法の偉大さの証左である。


 《その次の項》


 魔法と魔術は本来神々と魔族の授かり物であったため、人族をはじめ一部の人類には体内の魔力量の少ない。もしくは無い人類も存在した。


 現代においては、魔力の少なかった人族も一様に先述の魔力を操れるほどに体内の魔力量が上昇している傾向にある。


 しかし、時折魔力が無いか魔力を感じ取ることの出来ない者が生まれてくる。

 何らかの呪い。もしくは別の才に置き換わったと考えられているが現代でも原因は判明していない。

 神代以前の魔法の無い時代の鍛練方は失われて久しく、現状そういった者たちが後天的に魔法を使うことは─


 ---


「魔法を使うことは…不可能…。」


 そこまで読んで目眩がした。

 次の項を捲ってもすでに魔方陣の説明が始まっている。


「誰に聞いてもおんなじ答えなんじゃない。それが答えなんだよ。」


 ネィダは言った。


「書いてあったろ。自分と世界の魔力を感じとり、同調させて発露させる。魔法の使い方。唯一の方法だ。」

「でも、魔力を感じとる方法が…。」

「目の見えない奴がどうやって本を読むんだ?」


 …そうだ。

 目が見えなければ周りは見えない。

 足が無ければ立って歩けない。

 …道理だ。


「でも、火は使えるんです!ほら!」


 必死で手に小さな火を灯す。

 頭でわかっても心が理解を拒んだ。


「使えるんです!ちゃんと使えるんですよ!?」

「それで薪に火が点くのか?」

「点きますよ!!」


 震える手で薪に火を押し当てた。

 火は音もなく煙に沈んだ。

 薪は、燻りもしなかった。


「なんで…」


 考えてみれば当然だ。

 この小さい火で火種に着火出来たことは1度もない。

 ましてや、薪など火が点くわけがない。


「…ま、輝照石が使えるし火も飾り程度には出るから。魔力が無いって訳じゃないだろ。」

「…そ、そうだ!魔術!前に炎矢(ファイアアロー)を打つことが出来ました!詠唱で制御すれば魔法だって!」

「1発で魔力枯渇になったんだろ?お前の爺さんから聞いたよ。」


 言葉がつまる。


「魔術は魔法と比べれば魔力を大きく消費する。お前の体内魔力は多少威力があっても初級の魔術1発分。それで魔法を使えたところで実用性は皆無だ。」


「それでも魔法が使えるなら…!」


 駄目だ。

 使う度々に魔力枯渇を起こしては意味がない。

 彼女の言うとおり実用的が無い。

 火を点けることだけを見ても火打ち石の方がずっと現実的だ。


「もうわかっただろ。その本にお前が望む答えはない。」


 なにか言葉を。

 それでもなにか方法があるはずだと。

 口だけがすこし動くだけで声がでなかった。


「…まだ、時間がありますよね…。」


 ようやく声に出たのがその一言だった。


「諦めねぇの?」

「諦めません。」

「お前なぁ。」

「関係ありません!!」


 息を荒げながら俺は叫ぶ。


「両親が送り出してくれたんです!祖父が手助けしてくれたんです!何も出来ませんでしたって、帰りたくないんです…。」


 徐々に言葉に込めた力が枯れていく。


「…すこし、条件を緩めてくれないでしょうか…。」

「は?」

「弟子の条件、火の魔法でも、あの人形を壊せれば良しとしてもらえませんか…。」


 震える声で懇願する。

 今の俺に切れる手札は、もう無かった。


「駄目だ。」


 たった一言、ネィダはバッサリと切り捨てた。


「そう、ですよね…。」


 期待はしていなかったが、そう言われて俺は俯いた。


 わかっていた。

 彼女は甘やかさない。

 非情であることが彼女の良心なのだ。


「なんでそこまで魔法に拘るんだよ。魔法を諦めて爺さんに剣術習ったりした方がよっぽど役に立つじゃねぇか。」


 ネィダは腕を組んだ。


「わかんねぇんだよなぁ。あれか?親に言われたとかか?自分は親の期待に応えるんだって良い子ちゃんしてんのか?あ?」


 苛立たし気に彼女は言う。


「この際だからはっきりと言うけど、てめぇの人生をてめぇで歩けない奴なんて、生きてても仕方がねぇって思うんだわ。あたし。お前はどうなんだよその辺。」


 そこまで言って彼女は黙った。

 俺の答えを待っているのだ。


「…夢、なんです。」

「夢?」


 何を言い出すのかと言ったふうに彼女は繰り返した。

 俺は、言葉を絞りだす。


「初めて魔法を見た時に、すごく"良いな"って思ったんです。僕もあんなふうになりたい。と心から思えたんです。」


 家でサーシャが薪に火を点けた時を思い出す。

 デニスが再起の魔術で見せた光を思い出す。


「でも、いつまで経っても使えなくて。友達からもバカにされたりしました。両親にもその事で心配をかけてしまって…。」


 あの日の惨めさを思い出す。

 決意と一緒に拳を握る。


「だから夢なんです。目標なんです。魔法使いになって、いつか王宮魔術師も驚くぐらいちゃんとした人間になって、もう心配いらないですって、大丈夫ですって胸を張って言える大人になることが…。僕の夢なんです。」


 ネィダは深くため息をつく。

 そして少しの沈黙のあと口を開いた。


「さっきの飯、旨かった。料理人にでもなれば良いじゃん。いい線行けるよ。貴族のお抱え料理人にでもなればそれもお前の言うちゃんとした人間なんじゃねぇの?」


 そういう手段もあるかもしれない。

 元王宮魔術師のネィダが言うのだ。

 それなりに良いものを食べてきているだろう。

 体型がそれを物語っている。

 本当にいい線なのだろう。


「料理じゃ、駄目なんです。」


 考え無しに言葉が走った。


「…なんでさ。」


 なんで?

 何でだろう。

 理由、理由…。

 考えを巡らせる。

 思いあたる節があった。

 が、自分でも笑ってしまう。

 本当にどうでも良いこだわりだ。


 もういいか、言ってしまおう。


 顔をあげてネィダを見る。

 相変わらず不機嫌そうな顔だ。

 だから簡潔に伝えよう。


「魔法の方が、面(・)白(・)い(・)からです。」


 本当にそれだけだ。

 この世界に来て、思ったのだ。

 剣術も良い。料理も良い。

 しかし、やはり俺のなかでは魔法が1番面白い。と。

 たとえ出来なくても、挑戦する意義がある。


「…あっそ…。」


 ネィダは小さく言った。

 もう言葉をかわす必要は無いようだ。


「…お庭、借りますね。今からでもコツが掴めるかもしれませんし。雨だから水の魔法が使えるようになるかも。」


 どうかはわからない。

 多分無理だ。

 でも、時間一杯までは続けたい。

 それでも本当に駄目なら料理も良いかもしれない。

 彼女は別の道も示してくれた。

 そこは感謝だ。


 俺はキッチンを出て、庭へ向かった。

 雨は降り続いていた。


 ---


 《ネィダ視点》


 あれから時間過ぎた。

 もう少しで夜明けか。

 今日の昼までには、あのバカを爺さんに送り届けよう。


 そんなことを思いながらソファーに横になり、パイプを燻らせていた。

 シーミィに見つかると怒られるが、吸いたい時に吸うのが1番体に良い。

 あたしもあと何年生きられるかわかんないし。


 ぷふーと紫煙を吹き出し、考えを巡らせる。


 ─魔法の方が面白いからです。


 あいつの言葉が頭から離れない。

 あいつの泣きそうな顔が消えない。


(…んなこともあったなぁ。)


 髭ちゃんとの日々を思い出した。

 あたしの師匠は大魔道と呼ばれる人物だ。

 最初は信じなかったけど最近になってようやく彼の教えを

 理解できるようになってきた。

 あんなチャランポランな老人が、大魔道と呼ばれる理由がなんとなくわかった。


 ─自分が面白いと思ったことを成しなさい。


 髭ちゃんの言葉。

 どうにもならない弾かれ者だったあたしを導いた言葉。

 彼の言葉があったから今のあたしがある。


 恩にも思うし、恨みにも思う。


 未だにあの高みには届かないし、魔道を歩んだおかげでアレキサンドルスに目を付けられてしまった。

 良い迷惑だ。


 ─お前なんかにあたしの夢がわかるもんか!


 今でも思い出すと身震いする。

 髭ちゃんと喧嘩して、修行を投げ出して放浪したこと。


 不可能だと言われた。

 この世に存在しないとされた奇跡の魔術の追究。

 髭ちゃんは笑わなかったが、無理だと突っぱねた。


 あたしの悲願。

 世(・)界(・)跳(・)躍(・)の(・)秘(・)術(・)の再現。


「…大差ねぇなぁ…。」


 そう呟いてパイプの火を消す。


 そうだ。

 あたしのは、この世に存在しない夢。

 だが、あいつのは?


 もう一度考えを巡らせる。


 あたしならあいつの夢を手伝える?


 今も雨のなか、人形に両手を向けているのだろうか。

 不可能なことを不可能と認められないままだろうか。


 ─面白いと思ったことを成しなさい。


「…しゃーねーにゃー…。」


 ストレスへの対策の1つはタバコを吸うこと。

 そして心に"しゃーねーにゃー"と鳴く山猫(リンクス)を飼うこと。


「しゃあねぇなぁ…!」


 あたしは壁にかけてあるレインコートに袖を通した。


 魔術教本に記載されていることは世界の常識だ。

 ならば。それをあたしが覆そう。


 ─そっちのが面(・)白(・)そ(・)う(・)だ(・)

用語解説


シーフダガー

サーシャが現役時代に使っていた魔道具。彼女の活躍の代名詞でもある。これを手にしたサーシャに開けられぬ鍵は無いとまで言わしめた逸品。あまりに高価で値が付けられない。




秘術

ロストスペル この世に存在せず、誰も使えぬ魔術。

死を克服する魔術、時を操る魔術。外世界と往き来する魔術等。古き神々の奇跡として語り継がれている。

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― 新着の感想 ―
[一言] 泥棒をしようとしている現行犯で捕らえたのに、まだ弟子にしても良いと、考えられるって、とても不思議。魔法を覚えたら、その魔法で泥棒するかもしれないとは考えないのかな。
[一言] このオークめっちゃええやん
[気になる点] 4歳児にてめぇの人生を語っちゃう系師匠…
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