53話 温もりを感じながら
リンツからの問いが、胸に突き刺さる。
——答えなくては。
答えなくてはならない。本当の気持ちを。
彼と過ごす時間は、勉強にもなるし、何より楽しくて。最初は拒み続けるつもりでいたけれど、今はそんなことは考えていない。
「……キャシィさん?」
私を見つめるリンツの顔に、不安の色が滲む。
言わなくちゃ、「好き」と。
何の罪もない彼を不安にさせるわけにはいかない。私も彼と同じような気持ちを抱いているのだと、きちんと伝えなくては。
「……好きよ」
悩み悩んだ果て、私は小さく呟いた。
本人に直接こんなことを言うなんて、恥ずかしい。恥ずかしくて、顔面から噴火が起こりそうだ。
しかし、「恥ずかしくから」なんて勝手な理由で他者の不安を煽るわけにはいかないのだ。そんなのは、迷惑以外の何物でもない。
「リンツさんといたら、楽しいわ」
勇気を出してそう言うと、リンツは目を大きく見開いた。
「おぉ! そうかね!」
驚きつつも嬉しそうな顔をしているリンツを目にし、安堵した——のも束の間。急に両肩を掴まれ、凝視される。
「僕のこと、気に入ってくれたのかね!?」
「えぇ」
すると、両肩を掴まれたまま体を前後に揺さぶられる。
「本当に? 本当に、なのかね!?」
「えぇ! そうよ! 本当!」
私はもとより嘘をついてはいない。だから、「嘘でしたー」なんて言う気はない。だが、なぜこんなに揺さぶられなくてはならないのか、理解不能だ。
「でも、待って! 揺さぶるのは止めてちょうだい!」
いつもより強い調子で言い放つ。
するとリンツは、すぐに動きを止めた。まるで、私が言う言葉を予想していたかのような、見事な動きの止め方だった。
「すまない。つい……」
「止めてくれて、ありがとう」
言葉がちゃんと伝わる相手で良かった、と、内心ほっとしていると、今度は急に抱き締められた。
「こっちの方が良いかもしれんね」
リンツの二本の腕が、私の体に吸い付くように絡む。
背中や脇腹に他人の腕が触れるというのは、少々不思議な感覚だ。あまり経験のないことだから、少しおかしな感じがしてしまう。
ただ、とても温かい。
リンツの腕が触れているところから、彼の優しさがじんわりと広がる。
「り、リンツさん……」
「これも駄目かね?」
「あ、いや……ガックンガックンされるよりかは良いのだけど……」
本当は嫌じゃないのに、少し嫌がっているみたいな態度を取ってしまった。が、当のリンツは、今度はまったく気にしていないようで、私を抱き締め続けている。
「温かいな、キャシィさんは」
「……へ?」
「これからもずっと、こうしていられれば良いのだがね」
最初は抱き締められることに違和感を感じていたが、時が経つにつれ、その温もりに徐々に慣れてきた。距離の近さにも馴染んできた。なので私は、勇気を出して、自分の腕をリンツに向かって伸ばしてみることに。
「……そうね」
「んっ!?」
私の手がリンツの背に触れる。
その瞬間、彼は少し驚いた顔をしていた。
「な……?」
「私よ。少し抱き締め返したって、問題はないわよね」
リンツはこくりと頷き、はっきりした声で述べる。
「もちろん! もちろんだとも!」
彼の声に迷いはなかった。躊躇いも、恥じらいも、彼の中には存在していないのだろう。
彼のシンプルな構造が、私からしてみれば少し羨ましかったりする。私もそんな風になれたらいいのに、なんて少し考えてしまうのだ。
「キャシィさん。これからも、楽しいことをたくさんしていこうではないか」
「いいわね」
「また遊園地へ行くかね? あるいは、夜の星空観察? いや、もちろん、他のことでもいいよ。キャシィさんの希望があれば……」
リンツは妙に饒舌だ。
私が何か返さない限り、ずっと喋り続けそうである。
「べつに、今考えなくてもよくない?」
この調子でどんどん提案されても今の私がはっきり答えることはできない。
そう思うから、制止するように、私は言った。
「明日のことは明日、明後日のことは明後日。その時に考えるでも問題ないと思うわ」
未来のことを考えるのは楽しい。どこへ行こうか、何をしようか。考えれば考えるほど、夢は広がる。
ただ、『今』だって大切だ。
過去は変わらず、未来は分からない。でも、『今』は確かにここにある。目には見えないけれど、過去や未来より近くに存在するものだ。
「そうか。確かに……それもそうかもしれんね」
「えぇ。私はそう思うわ」
ー終わりー