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43話 女子高生、あらぬ疑いをかけられる



 数学の担当教師が教室を出ていく。

 本日の補習も終わりだ。

 日が長くなったためか、まだ外は明るい。

 補習仲間の男子生徒ふたりは「疲れたな」とか会話をしながらすぐに出ていく。

 陽菜もリュックに筆記用具類をしまっていく。


「今日もあんがとねー、御巫」

「うん」


 勉強で疲れたのか、だらーと身体を伸ばしている媛岸瑛美は律儀に礼を言ってくる。

 今日も昨日同様、彼女がわからないと言ったところを教えたのだ。


「てかさ、御巫って」

「ん?」

「牛島とどういう関係?」

「はい?」


 まったく予想外の名前が出てきて、陽菜はぽかんとする。


「一か月近く前になるけど、教室で牛島とひと悶着あったじゃん? 牛島って家が大金持ちで逆らったらやばいって噂だったし、あんなことしたら絶対次の日来ないだろうなって思ったわけ。でも御巫はふっつーに登校してくるし、ふっつーに学校生活送ってるし、しかもあれから牛島とよく話しているみたいだし」

「あー、そゆこと」

「もしかして御巫のほうが上の立場だったとか?」

「ないない」


 強く否定すると瑛美はニヤリと口の端を吊り上げる。


「やっぱ……付き合っているとか?」

「は、はい!?」

「だって牛島陸也があんなにひとりの女子に話しかけるとかないし」

「ないない! それはもっとないから!」

「逆に怪しいわ」

「なんで!? や、普通に顔がタイプじゃないから! ほんと違うからね!」


 念を押すも瑛美はまだ陸也との関係を疑っているご様子であった。


(……こんなふうに周りから思われていたなんて)


 確かに陸也に対してあんな啖呵を切って普通に学校生活を送れているのはおかしい。そこでまず疑問が浮かぶ(しかも陽菜もこれが未だにわかっていない)。さらにどういうわけか友達のように話す機会が増えた。これも周りからしたら謎だろう(陽菜もどうして彼が話しかけてくるのかわかっていない)。


「実のところ、どうなの?」

「だから違うって。ほんとに。神様に誓って」

「……なーんだ、違うんだ」


 つまらなそうに言う瑛美。

 付き合っていて欲しかったのだろうか。

 いや、付き合っていたら面白いネタになるとか思っていたのかもしれない。


「ただのクラスメイトで友達ってだけ」

「牛島と友達ねえ」

「?」


 含みのあるような言い方に陽菜の頭上に疑問符が浮かび上がる。


「牛島と友達だなんて言う人いるんだなって思っただけ」

「? どういうこと? いるでしょ、そりゃあ。牛島くんっていつも周りに人集まっているし」

「あれは牛島にこびへつらっているだけのやつらでしょ。あいつかなりのお坊ちゃまだし、機嫌損ねたら怖いからへこへこして。あんなの友達って言わない」

「そうだったの? んー、牛島くんの周りにいる子とあまり絡まないからわからないな」


 一度だけ牛島陸也からの呼び出しを彼と一緒にいる生徒から受け取ったことがある。言われてみれば、なんだか従者っぽくも見えなくもなかった。


「まあどうでもいいんだけどね、牛島なんて」

「あはは、それには同意」


 聞いていないと思って失礼なことを言うふたりだった。


「でも牛島くんって思っているよりずっといい人だと思うよ」

「そうなの?」

「うん。確かに言動には目に余るものがあるし、いちいち上から目線でうるさいし、むかつくけど、それは素直になれないだけだから。ほんとはクラスのこととか、人のこととかも考えられる人なんだよ。まあたまに意味わかんない時あるし、面倒くさい時も多々あるんだけど」

「ふーん、そんなふうには見えないけど」


 伝聞だけでは納得できないらしい。

 以前までの陽菜だってきっと信じなかっただろう。

 これは陸也のこれまでの行いが自分勝手すぎたので致し方ない。


「そんだけ知っているってことは、やっぱ御巫って牛島となんかあるんじゃない?」

「なんでそうなるの!」

「冗談冗談」


 ケラケラと笑う。

 どうしてもくっつけたいらしい。絶対くっつくもんかと陽菜は誓う。


「あ、忘れてた」


 ようやく荷物をまとめ始めたと思ったら、瑛美の鞄から学級日誌が出てくる。


「これ出さなきゃだったんだ。めんどいなあ」


 ぺらりとページをめくったので陽菜も横から覗く。

 今日行った授業内容、欠席者・早退者、連絡事項に日直からの一言の欄がある。


「今日、早退した人いなかったよね?」

「うん、いなかったと思うよ」


 瑛美は早退者の欄に『なし』と書く。

 もうほとんど埋まっているようだ。休み時間にでも終わらせたのだろうか。


 ふとそこで日直からの一言のところで目が留まる。

 そこには『今日は現代文で羅生門に入った。昔の小説なのでやっぱり難しい――』などと意外にびっしりと書かれていた。


(なんだ。休み時間に愚痴ってたけど、ちゃんと書いてるじゃん)


 なんだかんだでやることはきちんとやる生徒らしい。


「んー、なに?」

「ううん、なんでもない」


 興味深く学級日誌を見つめていたせいで瑛美から不思議がられる。


「てか、これでいいよね?」

「大丈夫だと思う」

「だよね。これ以上書くことなんかないし」


 そう言って、瑛美はぱらぱらと前のページに戻り、「うわ、あいつほんとによかったしか書いてないし」と噴き出していた。


「そういえば、媛岸さん」

「なに?」

「媛岸さんってバレー部だったんだよね?」


 聞くと瑛美は一瞬硬直したように動かなくなり、「そう、だけど」と遅れて答えた。


「ずっと前に辞めたって聞いたけど、いまはなにも?」

「入ってないよ」

「戻らないの?」


 思ったよりもいい人だと思った陽菜は流れで疑問をぶつけていた。

 すると瑛美は目を伏せ、ぱたんと学級日誌を閉じる。


「戻んないよ」

「どうしてか聞いても……?」

「べつに。ただ飽きただけ」


 そして追及を拒むようにして瑛美は続ける。


「バレー部って結構あれで体力使うし、突き指は当たり前だしでめんどいんだよ」


 かったるそうに首を鳴らし、席から立ち上がる。


「じゃ、あたし職員室行って帰るから、またね」

「あ、うん。またね」


 学級日誌を掲げて別れの挨拶をする瑛美に陽菜も胸元で小さく手を振る。


(なんか思ったよりありきたりな理由だったなあ)


 なにか特別な理由でもあったと思っていたが、そんなことはなかった。

 高校生となれば部活動で汗水垂らして努力することを面倒くさがる人も出てくる。中学ではそういったことは全然へっちゃらだったけど、途端にだるくなることもあろう。


(けど……)


 練習時間外に隠れて練習するくらい好きだったものを飽きたという理由だけで辞めるだろうか。スポーツを真剣にやったことのない陽菜にはわからないことだった。




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