42話 女子高生、男子高生たちの挙動を不思議に思う
授業がすべて終わり、陽菜が顔を上げるとそこにはイケメンがいた。
……瞬きをしてからもう一度見ると、そこまでじゃなかった。
というか、全然タイプの顔じゃなかった。
そこまで感覚がズレているというわけではないと思うのだが、この顔はあまり惹かれない。一般的に言えばイケメンの部類に入るのだろうが、キザっぽい感じは逆に引いてしまう。
顔は悪くはないと思う。
そこは一般的な女子の目線で見てもそう思う。
ただ好みの問題なのだ。
きりっとした眉に勝ち気そうな瞳、清潔そうな髪の毛は女子から見ても好印象。痩せすぎず太り過ぎない、悪くない体格。この華やかな感じは芸能人にいてもおかしくはないだろう。
ただ……何度も言うようだが、あんまり彼を格好いいと思えない。
きっとそれは第一印象があれだったからだろう。
クラスでのあの粗暴な言動と居丈高な態度。
口を開けば、陽菜の地雷を踏みまくる彼をどうしても好きにはなれない。
「おい、なぜかものすごくディスられている気分なんだが?」
「まっさかー。牛島くんは褒めるところがあっても貶すところなんかないない」
「よくわかってきたようだな、御巫陽菜よ」
調子づかせてしまったらしい。
やはり面倒くさい人だなあ、と目の前に現れた牛島陸也を見て思う陽菜だった。
「この牛島陸也と話ができるということ自体なかなかできないことなんだぞ、喜べ」
「わ、わーいっ。やったねー」
「ふっ」
にべもなく返すと逆に絡まれ続けるかもしれないと思ったので、乗ってあげた。
普通に気分をよくしてしまったようだ。どうすればよかったのだろうか。
「まあ俺クラスになると、一般ピーポーに対しても平等に扱うのでな。こうしてクラスメイトである貴様に話しかけたというわけだ」
「それはありがとうございます」
「礼などいらん。普通のことだからな」
「左様ですか」
自分を殿上人かなにかだと思っているのだろうか。
いや、普通に思ってそうだなと陽菜は引き攣った笑みを浮かべる。
「でもわたし以外にも話していないクラスの子とかいると思うけど」
「光栄に思え、御巫陽菜よ。俺はクラスメイトの中で貴様を選んだ。これは宝くじで当たりを引くくらいの確率なんだぞ」
「千円とかかな?」
「一億だ、馬鹿」
「ばっ……」
ごほんとそこで咳払いをする陽菜。
これが牛島陸也の平常運転だ。こんなものでキレている場合ではない。
「それで話しかけてくれたところ悪いんだけど、わたしも暇じゃなくてね」
「ふむ、なるほど。これから補習があるんだったか?」
「そうなの。だからまた明日ね」
「そのことについてだ、御巫陽菜」
別れを告げたというのに、全然こちらの気持ちを汲み取ってくれない。
「数学は苦手らしいな」
「あー、うん。まあ、ちょっとね」
「ふうん、そうか。苦戦しているというわけか」
「んー、や、そこまで苦戦しているわけじゃないよ」
「え?」
聞いていた話と違うとばかりに目を丸くする陸也。
「確かに数学は苦手だけど、補習の内容はまだ易しいから結構解けてるの」
「解け、てる……」
「うん。むしろわたしが先生になって教えてあげてるくらいだし……え、どしたの?」
なぜか黙ってしまった陸也を見て、陽菜は首を傾げる。
「易しいとは言っても、苦手なんだろう? 無理をするな」
「苦手だけど、先生もわかりやすく教えてくれるし、教えた箇所しか課題出されないからいまはまだ全然大丈夫だよ」
「ふ、ふーん? でもまあ……でもまああれだよな。やはり難しいよな?」
「はあ、だからそんなに難しくないって」
「だけどな……だけどあれだろ? 数学って数を学ぶって書くだろ? ……難しくないか?」
「……ちょっと意味わかんないかな」
「べつに難しいって言っても恥ずかしくないぞ。さあ、言ってみろ……難しい、ほんと無理、全然わからない、助けて――」
「さっきからなにが言いたいの!?」
いつも意味わからない陸也だが、今日の彼はさらに増して意味わからない。
(難しくないって言ってんのに、なにを言わせたいんだか……)
肩をすくめた陽菜に陸也は「べつの方向から攻めればよかったか」と嘆いている。
「くそ、もう一度練ってくる。また明日だ、御巫陽菜。覚悟していろ」
「だからなにを……」
呆れる陽菜を置いて陸也は荷物をまとめて教室をあとにした。
なんなのだろうか。というか、また明日って言われたぞ?
「明日も来られたって困るだけなんだけど」
はあと息を吐いた陽菜が補習の準備に取りかかろうとしている時だった。
隣にずっと座っていた楠木凛太郎が「あの」と声を発した。
「ごめん、うるさかった?」
「あーいや違う、べつにうるさくはなかったよ」
「そう? ならよかったけど」
これだけ近くにいたのだからいまのやり取りは凛太郎には聞かれていただろう。
正直言って、少し恥ずかしい。
あんな幼稚な人間と一緒にされたくはない。
「補習、ほんとに難しくて苦しんでいたりしないの?」
「うん。って言っても昨日初めてやっただけだし。え、楠木くんまでどうしたの?」
「なんでもない。だよね、昨日一日じゃあわかんないよね」
凛太郎は頬をぽりぽりと掻く。
「まあ、その……特にいまは苦戦していないみたいだけどさ、行き詰まったりしたらさ」
「うん」
相槌を打つ。
「だれかの助けが必要になったらさ……頼ってみるのもいいと思うよ」
「んっと……だれを?」
「牛島くん」
「え?」
まさか凛太郎の口から彼の名前が出るとは思わず、驚いてしまう。
「なんで牛島くん?」
「牛島くんって頭いいでしょ。だからきっと頼りになると思うから」
なるほど、凛太郎は自身では勉強の面で助けにならないから妥協案で牛島陸也の名前を出したというわけか、と陽菜は推察する。
おそらく知らず補習が迫っていることに嫌な顔を作ってしまっていたのだろう。
凛太郎は陽菜の表情を読み取るのが上手だ。
きっと彼は陽菜のためにそんなふうに言ってくれたのであろう。
「大丈夫だよ」
陽菜は言う。
「勉強ならわたしの友達の麻衣が得意だから。そういう時は彼女に頼むもの」
心配ご無用とばかりに言い放つと凛太郎はなんとも言えない表情となった。
(なんか『まじか……』みたいな顔しているけど、なんでだろ)
まだ陽菜には凛太郎の表情から彼の心の中を読み取ることはできなかった。
たぶん勘違いだろうとかぶりを振る。
「えっと、うん。……なら大丈夫そう、だね」
「そうだよ。心配してくれてありがと」
「いやいいんだ。でも…………牛島くんのことも忘れないであげてくれると助かる」
「あんな強烈キャラ忘れるわけないよ。なに言ってんの?」
「……そうじゃないんだけど、うん。お願い」
意味のわからない言動は伝染でもするのだろうか。凛太郎までよくわからないことを口走っている。
「じゃ、僕は帰るね。補習頑張って」
「うん。じゃあね」
最後に言葉を交わすと凛太郎は「ごめん、牛島くん。無理だった」となぜか陸也に謝っていた。だからどうしたというのだろうか、陽菜は不思議でならなかった。




