41話 女子高生、いろいろな友達関係があるのだと知る
「日直だるい」
翌日の授業間の小休憩時間。
気怠げな様子で言ったのは媛岸瑛美だ。
ちょうど後ろにあるロッカーの中に入っている次の授業の教科書類を取りにいき終わった陽菜が麻衣たちのいる前の席に行くとそんな愚痴めいたものが聞こえてしまう。
「あーそれね。日誌とかどうでもいいよね」
「てかこんなの全部学級委員がやればいいのにねー」
同意の声を上げるのは相内里衣佳と瀬戸内朱美だ。
ふたりとも濃い目の化粧をしており、制服を着崩している派手な生徒である。
一目見てそれがギャル、という部類に属する子であることがわかる。
瑛美以上にヤバげなふたりは髪の毛も茶色と金髪に染め、スカート丈も膝よりもかなり上だ。規則では膝丈ということになってはいるがほとんどの生徒は守っていない。結構緩い感じなのである……が、ふたりは異常なほど上げているが。
「わたしいっつも日誌、よかったしか書いてないよ」
長い髪の毛をくるくると巻きながらけらけら笑う里衣佳。
「さすがにやばいでしょ、それ。なんも言われないわけ?」
「言われないよ。担任だってそんな真面目に見ないって」
「まじそれ? じゃあ今度からわたしもそうしよー」
不真面目すぎる宣言を堂々とする朱美だった。
(すごいなあ)
肝の据わりように感心してしまう。
こんなこと陽菜には勇気がなくてできっこない。というか担任が許しているのは里衣佳だからなんじゃないだろうか。だって指摘したら怒られそうだし。
「だめだよー。ちゃんと今日一日あったこと書かないと」
恐れを知らないのか、真面目に注意する声が割って入る。
「いやいや真面目か」
「うんうん。てか、なんか特別なことでもない限り書けないから」
奈羅野那遊だ。
しかし里衣佳と朱美から即、反撃を食らう。
「じゃー今日、なにがあったん?」
「ええっとそれは……」
「答えられないんじゃん!」
矛盾する那遊に里衣佳が素早く突っ込む。
「待って待って。まだ早いから」とか言って那遊は無理矢理捻り出そうとしている。
けれどふたりは待つ気はないらしく、「よかったって書いときな」と日直である瑛美にそそのかすように言う。
「というかまだ一日終わってないからー」
「どうせなにも起きないし」
「それなー」
那遊の発言はなにを言っても却下されるらしい。
……ただふたりが面倒ごとをしたくないだけなのだろうが。
「ほい、終わりー」
日誌を書き終えたらしい瑛美が伸びをする。
「これならいいでしょ」
ドヤ顔をかます瑛美に三人はどれどれと日誌を覗き込む。
「『みんな元気だった』って変わんな!」
「むしろ『よかった』よりもちょっと頑張った感出してて逆にうけるわ」
「はあ? ふたりより超いいこと書いてんじゃん」
「「いやいや」」
笑われる瑛美だった。
これには那遊も堪えられなかったのか、笑ってしまっていた。
(なんだ、すごい仲いいんじゃん)
この前のことで少し疑ってしまっていたが、どうやら陽菜の勘違いらしかった。
追試のあとだったし、瑛美もお疲れだったのだろう。それは那遊も同様で、運動したあとだったので普段のふたりのそれは出せなかったのかもしれない。
「ねー、陽菜ちゃんって聞いている?」
「あ、ごめん。なんだっけ?」
ぼんやりと眺めてしまっていた陽菜はふたりに謝って彼女らから意識を戻そうとするが、やはり気になってしまう。
「あっ、瑛美ちゃん。黒板消さなきゃだよ」
「あー、そんなのもやんなきゃなんだっけ。だるー」
まるで動く気のないようで、瑛美はそのまま机に突っ伏してしまう。
「ほらほら、そんなこと言わないでー」
「えー、めんどい。やだー」
子供みたいに駄々をこねる瑛美に那遊は必死に動かそうとする。
「じゃあ那遊が代わりにやってきて」
「……もうしょうがないなあ」
こういうことは慣れているのか、無理に行かせることはせず、頼まれた那遊はすぐに承諾して黒板を消しに向かう。
優しいなと思う反面、ああいうのを相手にしていると大変だなと思ってしまった。
「はは、よくやるよね、那遊も」
「まあ、那遊だし。仕方ないんじゃん?」
背の低い那遊が一生懸命黒板を消している中、里衣佳と朱美はそんなふうに笑う。
(友達のために頑張っているのに、あれはないでしょ)
若干怒りが込み上げてくる陽菜。
ここでなにか瑛美が言うのかと思いきや、彼女はなにもそのことについて言及せず。
「次、もう始まるから戻んなよ」
「そだね」「ばーい」
どこかモヤモヤとした気分になった陽菜は夕莉と麻衣から何度声をかけられても返事をすることができなかった。
――――
昼休みとなり、がやがやと教室が騒がしくなる。
「奈羅野さんとあの三人の関係?」
「うん。なんかタイプ違うじゃない? だからちょっと気になって」
先ほどの出来事を目にし、陽菜は麻衣と夕莉に思い切って投げかける。
「なに、さっきあっち向いてたのはそういうこと?」
「あー、まあ」
曖昧に答える。
「普通に友達なんじゃないの?」
「や、そうなんだけどさ」
「でもほら、すごく和気あいあいみたいだよ」
夕莉に言われ、ちらりと見やると四人は席を囲んで楽しそうに食事していた。
第三者から見て、あれを仲悪そうだなどと思う人はいないだろう。
「……だね」
だから陽菜はすぐに自分が間違っていたのだと認めざるを得なかった。
(や、うん。そうなんだよ。普通に仲いいと思うんだけどさあ)
なんと言ったらいいのか悩む陽菜に麻衣が口を開く。
「確かに陽菜の言うように奈羅野さんだけちょっと三人とは感じ違うわね」
「でしょ」
「うん。那遊ちゃんは喋りやすいけど、あとの三人はちょっと怖い感じがして私も声かけづらい」
「でしょ」
しかし麻衣も夕莉も陽菜と同じように感じているらしい。
やはり彼女たちを見て、どこか違和感を覚えてしまうのは無理からぬことだろう。
「けど四人は仲良くやってんだし、いいんじゃない?」
「そう言われたらそうなんだけどさ」
もっともなことを言われ、陽菜は押し黙る。
「里衣佳ちゃんと朱美ちゃんはわかんないけどさ、那遊ちゃんと瑛美ちゃんはもともとバレー部で一緒だったんだよね? だったら仲いいのも頷けると思うけど」
「そうね。……まあ、媛岸さんのほうはすぐに辞めちゃったみたいだけどね」
「それ」
ふたりの会話で気にしていたことが発せられ、思わず声を上げた。
「媛岸さんバレー部辞めちゃったんだよね。なんか練習時間外に無断で練習したとかで」
「らしいね」
「でもさ、一緒にいた那遊はバレー部戻ってどうして媛岸さんは戻らなかったんだろ」
疑問をぶつけると麻衣と夕莉は互いに顔を合わせる。
「「知らない」」
思ったとおりふたりとも詳細はわからないらしかった。
那遊は那遊で知っているような感じをしなくもなかったが、それもわからない。あまり聞ける雰囲気でもなかったというのもあるし。
「ま、私たちが気にしてもしょうがないでしょ」
麻衣はそう言って、止まっていた箸を動かし始める。
「ほら、媛岸さんも陽菜と同じように補習受けているんでしょ?」
「そうだけど」
「だったら単純に勉学に支障が出るから辞めたとかなんじゃないの?」
「そういうのもあるのか」
あの数学の不出来さは陽菜の比ではなかったのを思い出される。
あれで部活動と両立などできたものではないだろう。
「案外なんてことない理由なのかもねえ――もーらい」
「あっ夕莉!」
陽菜の卵焼きが奪われる。
油断も隙もありゃしない。
「とにかくいまは追試でちゃんと点数取る努力をしなさいよ。陽菜は変に突っ込んで他にすべきことを疎かにしちゃいがちだから」
「……うん、頑張ります」
言いくるめられるようにして陽菜は食事を再開させる。
(麻衣の言うとおりだな。わたしも自分のことをやらなきゃ)
そう切り替え、夕莉から取られた卵焼きの借りを返すようにハンバーグをぱくりと口に運んでいた。
「ああ、私のメインディッシュぅううう」
などと聞こえるが無視した。
先にやったほうが悪い。
 




