夢が開店する日
Webブラウザで楽しめるARG(代替現実)ゲームとして開発した「コンセプトカフェ ステラリウム」のサイドストーリー。
ゲームをクリアした後に読んでいただくと、より楽しめるはずです。
https://celadon-strudel-70d511.netlify.app/
夢が開店する日、ほのかは朝の六時に目を覚ました。
眠れなかっただけ、とも言う。
カーテンの隙間から入る光はまだ薄い。病室の天井は白く、店の天井は濃紺で、星が百二十七個ある。
ほのかはその数を知っていた。
ノートの設計図では百個だった。すばるが「星は多いほうがよくない?」と言って増やし、るなが数え間違え、最終的に百二十七個になった。
みおは、素数だからいい、と言った。
ひかりだけが、掃除が大変です、と言った。
ほのかは枕元のノートを開いた。
表紙の「ステラリウム」は、最初、STELLARIAMと綴っていた。みおに間違いを指摘され、上から紙を貼った。その紙も曲がってしまい、結局、修正液で日本語を書いた。
きれいではない。
だから好きだった。
店も、きっとそうなる。
ひかりは完璧にしようとする。すばるは勝手に飾りを増やす。みおは必要なものを黙って足す。るなは何かをこぼす。
ノートより少しずつ不格好な、世界にひとつしかない店になる。
七時。看護師が体温を測りに来た。
「今日は開店日だっけ」
「はい。十八時からです」
「店長さんみたい」
「設計者です」
ほのかは訂正した。
「いちばん偉いひと」
看護師は笑い、朝食のトレーを置いた。ほのかは半分ほど食べたところで疲れ、スプーンを置いた。
身体は、夢の開店日を特別扱いしてくれない。
昨日と同じように重く、昨日と同じ薬が必要で、病室から店までの三十分は、やはり届かない。
悔しくないと言えば嘘になる。
自分で決めた制服を着たかった。カウンターの内側に立ちたかった。最初の客へ、いらっしゃいませと言いたかった。
けれど、行けないことと、いないことは違う。
この数年で、ほのかはそれを何度も覚えた。
文化祭へ行けなくても、五人で考えた出し物の名前は残った。
修学旅行へ行けなくても、四人が送ってくる写真に注文をつけることはできた。
店へ行けなくても、壁の色はほのかが選んだ濃紺で、カウンターはほのかの肘の高さに合わせてある。
自分の身体が行けない場所へ、言葉と考えたものは先に行く。
星の光みたいだと思った。
十時すぎ、ひかりが病室へ来た。
制服を着ていた。濃紺のワンピースに金色のリボン。店長らしく見えると言うと、ひかりは「まだ開店していませんから」と、よくわからない否定をした。
「緊張しています?」
「していません」
「注文票、落としそう」
「落としません」
「カクテルこぼしそう」
「こぼしません」
「泣きそう」
ひかりは答えなかった。
代わりに店のタブレットを取り出した。
「今日の記事は、ほのかが書いてください」
「わたしのアカウント?」
画面には、五人分のブログ投稿欄があった。
ひかり、すばる、みお、るな、ほのか。
自分の名前を押す。空白のページが開いた。
「今日だけ?」
ほのかが聞くと、ひかりは明日からもブログは続くと言った。
その言葉の意味を、ほのかはすぐに理解した。
四人が、ほのかの一日を書く。
自分が店で働き、飲み物を作り、まかないを食べる日々を書く。
優しくて、下手な嘘。
「だいじょうぶ?」
ほのかが聞いた。
「何がですか」
「四人とも、わたしになれる?」
ひかりは困った顔をした。
「努力します」
「無理だとおもう」
「努力はします」
「すばる、絶対あたしって書くよ」
「直します」
「るなは漢字をぜんぶひらがなにする」
「直します」
「みおの記事、三行で終わる」
ひかりはついに笑った。
「それも、ほのかということにしてください」
ほのかも笑った。
四人が書くなら、四人に似たほのかが増える。
本当の自分とは違うかもしれない。でも四人の目に映った自分なら、それも自分だ。
「じゃあ毎晩読む」
「自分のブログですよ」
「わたしが何したか、楽しみにする」
ひかりが帰ったあと、ほのかは記事を書き始めた。
題名は、《かいてんのひ》。
一行目を打つ。
《今日 わたしの夢が開店しました》
句読点を入れると、学校の作文みたいに見えたので消した。
次に、店名の由来を書く。
ステラリウムは星の器。
本当は、ほのかが作った言葉だった。プラネタリウムとステラを混ぜただけ。辞書には載っていない。
それでもノートに書いた意味は、本当だと思っている。
星が消えても、光は器に残る。
器は、店かもしれない。
ブログかもしれない。
四人の中かもしれない。
昼すぎ、グループメッセージに写真が届いた。
三人がカウンターの内側に並び、端の席が空いている。撮影したのはひかりだろう。
《わたし写真撮る係なんだね》
送ると、すばるからすぐ返事が来た。
《そうだよ!ほのかちゃん撮るのいちばんうまいから☆》
ほのかは写真を拡大した。
空席は寂しく見えなかった。
自分の席が、ちゃんと用意されている。
《カウンターのはじの席 あそこがわたしの席》
記事に足した。
十七時五十分、四人から短い動画が届いた。
すばるがカメラを持ち、店内を歩いている。
『ほのかちゃん、見てる〜? もうすぐ開くよ!』
『すばる、揺らしすぎ』
みおの声。
『るなのリボン、へんじゃない? たてになってる?』
『縦です』
ひかりの声。
動画の最後、四人が扉の前に集まった。
『せーの』
『いらっしゃいませ、ステラリウムへ!』
ほのかは動画を三回見た。
四回目は見ずに、目を閉じた。
店の扉が開くところを想像する。
最初の客が入ってくる。ひかりが注文票を落とす。すばるがメニュー名を間違える。みおが助ける。るなが何かをこぼす。
端の席からなら、全部見える。
十八時になると、メッセージが途絶えた。
忙しいのだ。
それが嬉しかった。
十九時半、母親が来た。店の話をしている途中で、ほのかは疲れて眠った。
目を覚ましたのは二十時すぎだった。
タブレットの画面に、書きかけの記事が残っている。
投稿予定は二十一時に設定されていた。ひかりが、明日からはこの時刻に揃えます、と言っていた。
あと四十八分。
待てなかった。
夢はもう開店している。
ほのかは最後の一行を打った。
《明日からのわたしの出勤ブログ 楽しみにしててね》
二十時十二分。
公開する、を押した。
画面に自分の記事が現れた。
何度も読んだ。誤字がないか確認するためではない。
今日、店で働いた自分の一日を読むためだった。
二十時十三分、すばるから通知。
《フライングしてる!!!》
みおから、《読んだ》。
るなからは、泣いている顔文字が十個。
最後に、ひかりから届いた。
《みつけました。開店、おめでとうございます》
ほのかは、《ありがとう》と打った。
その下に、もう一行。
《みつけてくれて、ありがとう》
送る前に消した。
少し大げさだと思ったから。
代わりにノートを開き、マスコットのページへ書き足した。
星の形をした女の子。名前はステラ。
《わたしのかわりに、ずっとお店にいてくれる子》
ステラが答える言葉を考えた。
いらっしゃいませ。
パンケーキはいちごが正義。
またいつでも話しかけてね。
わからないことを聞かれたら、どうしよう。
ほのかにも、わからないことはたくさんある。
そのときは、決まった言葉しか話せないの、と言えばいい。
それでいい。
言葉が増えなくなっても、誰かが見つけてくれれば、届くことがある。
最後の台詞を、ページの隅に小さく書いた。
《みつけてくれて、ありがとう》
消灯の時間になり、病室が暗くなった。
ほのかはタブレットで店のサイトを開いた。
五人のプロフィールが並んでいる。
ひかり。すばる。みお。るな。ほのか。
画面の中の自分は、淡い橙色の星を担当している。
明日から何をするのか、まだ知らない。
四人が書くから。
何を食べ、どんな失敗をし、どこへ出かけるのか、毎晩二十一時になるまでわからない。
行けなかった日々が、届く。
ほのかは目を閉じた。
濃紺の天井に、百二十七個の星が見えた。
カウンターのはじの席に座っている。
そこからなら、四人がよく見える。
扉が開くたび、新しい誰かが入ってくる。
いつか、その誰かが空席を見て、不思議に思うかもしれない。
五つ目のグラスを数えるかもしれない。
ブログのおかしなところに気づくかもしれない。
それでいい、とほのかは思った。
上手に隠してほしいわけではない。
見つけてほしい。
ここにいることを。
今夜、わたしの夢が開店したことを。




