6.
私がどんなに冷たくしても、夕方、先輩は現れた。
私はどんなに苦しくても、夕方、丘へ通い続けた。
先輩がぼんやりした光と共に浮かび上がると、私はほっとする。と同時に、わけのわからない苛立ちが込み上げてきて、感情をなだめるのに苦労した。
ある日、小さなトカゲがぴょこんと土から顔を出した。
幽霊しかいないとでも思っていたのだろうか。私の姿に気が付くと、慌てたように草むらの中に身を翻す。
「ああ、ほら。先輩が無駄に発光したり発熱なんかしたりするから、春だと思って出てきちゃったじゃないですか」
田舎の三月はまだまだ冬だ。今年は雪が少なくて地面が見えているが、朝夕の気温は普通にマイナスになる。
先輩の放つ温かい光がなければ、私も凍えているところだ。枯れ木は冷たい風を防いではくれず、それどころか、寒々しい印象を胸の隙間に刻み付けてくる。
「おお……、なんて罪作りな俺! このほとばしる情熱と愛情が、冬の間に凍てついた土さえ溶かしてしまったってわけだな!」
オーバーアクションで悦に入る先輩のおめでたい頭にピントを合わせる。
「みんな、勘違いさせられて迷惑だと思います」
「……常々思ってたんだけど、おまえ、なんでそんなに俺に冷たいの? ――いや、それよりさ、今とか、シャッターチャンスだったんじゃねえか? なんで撮らなかったんだよ。俺だったらなんかこう、あれを色々変えて夕方っぽくしてだなあ――」
「……だから、もう写真は撮りません」
私はそれだけ言うと、先輩の顔からカメラを離した。
木々の間から空を伺う。
橙色、黄赤、赤橙、茜色。丘一帯を、斜めから差し込む夕方の光が染め上げている。やがてはその色さえ奪われて、ほどなく一日の終焉を迎えるのだろう。
そろそろ、先輩も消える時間だ。
「……いつも言ってるだろ。俺、おまえの撮る写真好きだって」
夕陽を瞳に映し込み、先輩がぽつりとつぶやいた。
静かな声に違和感を覚える。カメラを向けると、こころなしか、顔色がやけに白く見えた。
「……嘘です」
「嘘じゃねえよ」
「嘘です」
「嘘じゃねえって!」
「嘘です」
「――……っ」
自分に向けられる負の感情に怯え、人との間に壁をつくり、安全地帯に逃げ込んで胸をなでおろす。
そんな私に撮れるのは、建物や風景、空の模様や動植物くらいだった。私に対して何も思わない、好悪の情を抱かない、そんなものしか撮ることができない。
だから、先輩の撮るようなあたたかい写真は撮れないのだ。感情がにじみ出るような一瞬は切り取れない。
でも、それでもいいと、先輩は言ってくれる。それでも、私の撮る写真が好きだと。
臆病な私が見つける小さな奇跡が面白いと。
……嘘じゃない、のだろう。
わかっている。わかってはいるのだ。
だけど……。
「……木の芽?」
怪訝な顔をして覗き込んでくる先輩を、殴りたくなってくる。
適当なことばかり言う斎己先輩。
いい加減で、調子ばかりよくて、いつも振り回されていた。
けれど、先輩の言葉は、すべて本音だった。
言葉と同じことを、目が物語っていた。
怖くて怖くてたまらない他人の目。けれど、先輩の目は――、先輩だけは、怖くなかった。
――それなのに、今は。
「……こっち、見ないで下さい」
私の本心を暴かれるのが、怖かった。




