第八話 平和で優しい地獄
平和で優しい地獄を生きる。
「二号!!」
「おい、一号のおっさんっ、そのスピードのまま突っ込んだら!!」
管理官三人が何とも言えない雰囲気で話をしていれば、彼らの耳に一号と三号の声が聞こえる。三号の言葉は途中で途切れていた。
そして、その瞬間、三人の側を何かが走り抜けていく。
「二号っ、勝手に逃げ出すなと『俺』は何度お前に言ったと思っている?!」
中佐は少尉と二号管理官に向けていた視線を急いで、二号がいる方向に向ける。
いつの間にか、二号を抱きかかえている、というよりは受け止めている姿勢の一号の姿がそこにはあった。
視線を空中に向ければ、三号が困惑した表情を浮かべながらも一人と一匹の様子を見ている姿が目に入ってきた。
「……え~、あのスピードで止まれんのかよ。つか、あのスピードだから二号の勢いを相殺できたってわけかよ。生粋の軍人って……」
三号は信じられないものを見たかのように頭を押さえる。
まさか、先程まで時速四十㎞で走っていた一号がその存在に気付き、自分に向かって走って行くためにスタートダッシュを切った二号を自身のスピードをぶつけてお互いの力を相殺して、受け止めるなど考えていなかったのだ。
三号の言葉に管理官三人は何も言わなかった。何も否定できなかった。いや、したくてもできなかった。
特に中佐と少尉は文句を言おうとはしたが、口を閉ざした。自分達も一号の立場にいたら同じように行動するなと気付いたのだから。
「今月だけでも七回だぞ!」
一号はそんな管理官三人と三号には目もくれず、自分が受け止めた二号に怒号を飛ばす。当の二号は一号が怒っていることは分かるのか、キュウンキュウンと弱々しい鳴き声を発していた。
「何故、逃げ出す? というか、今回はどうしてここに来た?」
一号の問いに二号はチラリと視線を三号に向けた。
「……え、オレ?」
三号は途端に自身に集まってきた視線に戸惑う。予想外の視線だった。
まさか、自分が関わってくるなんて露ほどにも想っていなかった。
「三号を探しに来たのか」
「え、もしかして陸軍中央支部からオレの臭い辿ってきたってわけ? ……野生動物こわぁ」
「もしかして、偶に二号と話していたのを思い出して、話したくなったのか」
一号の言葉に二号が遠慮がちに首を縦に振る。目は一号に怒られないかと心配しているようで、控えめに一号のことを見ていた。
そして、三号は思い出した。
二号とは陸空合同訓練の度に数分だけだが会っていた。二号が話せないために自身が軽く最近あったことを話して終わるだけの会話を何度も繰り返していた。
そこで彼は気付く。
二号にはそんな毎回の数分だけのやり取りが必要な時間であったのだと。自分を探すくらいには大切な時間になっていたのだと。
「頭が痛い」
全てを察した一号は二号も三号も責める気にはなれなかった。
ただ話をしたかっただけのオオカミに、いつも会う度に他愛ない話をしていた青年。たったそれだけのことだった。
何も言葉が出てこず、頭を押さえる。
「二号、おいで」
二号管理官も一号と同じく、一人と一匹を責める気にはなれなかった。怒る気にもなれなかった。ただただ、呆れてしまった。安心してしまった。
二号が会話を出来ずとも、穏やかな時間を一緒に送れる人物が増えていっていることに。
「ありがとう、一号、三号。それに三号部隊の方達もありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
「……礼を言われるようなこと、してねぇし」
対照的な二人の反応に二号管理官は小さく、頬を緩ませた。
「一号、よく二号の力を殺せたな」
「以前、先輩、いえ、九号がああいう方法でからかってきたことがありまして」
「大人気ないな」
中佐は自身の言葉に帰ってきた言葉に苦笑いを浮かべた。
一号に多大な影響を与えた九号の存在に呆れていた。ただ、彼の、九号の存在が今の一号の人格を作り出していることは否定できない事実だった。
「三号、よくやった」
「褒められる筋合いはねぇよ」
少尉は戸惑いながら三号に近付き、彼の頭に手を伸ばす。だが、その手は三号の手に弾かれた。三号の顔を覗き見れば、三号は彼から顔を逸らす。その顔は褒められ慣れていない子どものような顔をしていた。
「こういうときくらい素直に褒められろ」
「やだ」
「それに部隊員に二号の対応を任せる判断、良かったぞ。中佐と二号管理官も褒めていた。それは素直に受け取れ」
あまり直接は口にしない褒める言葉。
自分の性格上、中佐や女性研究員のように甘やかすことが苦手なことを少尉は分かっていた。
それでも、それでも、可能な限り、未だ成長途中の青年には「それ」が必要であることは知っていた。
だから、いくら苦手であっても、彼は口に出す。
「はいはい、分かりましたよーだ! いちいち、うるせぇんだよ、おっさん!」
褒められた三号は少尉を威嚇する。だが、その顔は褒められ、恥ずかしがっている子どもの顔そのものだった。
役に立たない人体兵器一体、制御困難の人外兵器一匹、問題児の人外兵器一体、そして、そんな彼らの管理官三人。
彼ら/彼女達は今までも、今日も、これからも、平和で、優しい、地獄を歩む。
彼ろ/彼女達は自ら選んだ道を歩む。




