第五話 ケモノとケモノ
ケモノは仲間を見捨てられなかった。
「……なあ、管理官」
「なんだ、三号」
三号と少尉の会話から数分後、事件は起こる。
というか、二人の会話より数分前に事件は起こり始めていた。二人がその事件を知るのが事件発生から数分後であったという話であった。
「オレの見間違いじゃなければさ、今、そこに二号いなかった?」
二人がいる空軍中央支部航空機整備場──から少し離れた場所にある飛行場。歩いても一分もかからない場所にある飛行場。
二人の視線はそこに向けられていた。同じ場所を見ていた。
「…………いたな、というか今もいるな」
「だよな。でも、二号管理官いないよな?」
全開とまではいかずとも、半開ほどまで開かれた整備場と飛行場を仕切る巨大な扉。その間から外は巨大な飛行場が広がっていた。そして、飛行場には幾人もの整備士や軍人達の姿があった。
そして、何故か、──灰色のオオカミ──二号の姿が飛行場にあった。
「いないな」
「……あー、オレ、一号のおっさん呼んでくるわ」
「頼む」
明らかに迷子の様子で飛行場を闊歩する二号。
三号は数秒考えた後、現実逃避を止めた。現実逃避をしたところで目の前で二号が飛行場を闊歩している事実は変わらなかった。
本来であれば陸軍中央支部、あっても軍部中央合同庁舎や各地の陸軍基地にしか出入りをしない二号が「空軍」にいることは非常事態であった。陸軍中央支部と空軍中央支部が如何に徒歩で行ける距離にあろうとも、有り得ない事態であった。
「おっさん、二号管理官に通信入れとけよ。あと、二号の足止めするように部隊の奴らに言っとけ」
三号は羽根を広げ、空中に浮かぶ。そして、陸軍中央支部に行くための一番の近道である窓に向かう。
不意に彼は少尉の方に身体を向けた。
「六号管理官ではなく?」
三号の口から発された言葉に少尉は眉を潜めた。
二号を制御する役目を担うことが可能であるのは一号、二号管理官、六号管理官の三人のみだ。一号管理官である中佐、三号、少尉が二号の制御ができないというわけではなかった。
一号、二号管理官、六号管理官が二号の意思を正確に読み取り、彼と確実な意思疎通を図れるために二号を制御できる役目を担うことができると判断された、という意味であった。
「はっ、あのクソが出る幕ないだろ」
「クソ言うな」
「あんたの部下どもにも二号慣らせとけよ。一号のおっさんやら二号管理官やら、他の奴らがいねぇときにあいつを止めるお役目が回ってくるの、オレらだろ。オレらは慣れてっけど、部隊員は慣れてねぇだろ。だからだよ」
「なるほどな。分かった」
そして、今、少尉の言葉に頭を掻きながら面倒臭げに言い返す三号は二号管理の現状を把握したうえで、二号の足止めを少尉が所属する部隊の隊員にさせろと口にしていた。
言いたいことを言い終えた後、すぐさま、その場を飛び去った三号の姿に少尉は成長する子どもを見るかのような眼差しを向けた。
「少尉、二号を……」
三号が飛び立ってから数分後。
少尉は背後から掛かった声に振り返る。所属違いの上官の声。その声が中佐の声であることを少尉はすぐに察した。
「中佐、おいででしたか」
少尉は中途半端なところで止まった中佐の発言は気にも留めず、中佐に言葉を掛ける。言葉を言い終えて中佐のいる方向に視線を送る。
そこには怒りとも呆れとも言い難い表情を浮かべている中佐の姿があった。
そして、中佐の視線が飛行場で二号の前でワタワタと、バタバタと騒ぎながらも二号の気を引こうとしている少尉の所属する部隊員達に向けられていることを少尉は察した。
「……事が早く済んだな。礼を言う」
「こちらこそ。先程、三号が一号のもとに行きました。もうじき、二人で来るでしょう」
中佐の口から絞り出された言葉に少尉は表情を変えず、反応する。少尉が内心、中佐の口から何が発されるのはヒヤヒヤしていたのは彼のみぞ知ることだ。
「そうだな。二号管理官も走ってくるだろう。いつの間にか、いなくなったことに気付いた際は血の気が引いたような顔をしていた」
「二号の制御が効かないのも中々ですね」
自分のことを棚に上げて、と少尉は思いながらも中佐と話す。
中佐が自己判断で一号が作戦を無視して行動をして上層部の怒りを買ったときは中佐の顔から血の気が引いていた姿を少尉は思い出した。
そして、自分も三号が上層部に対して暴言を吐く度に血の気が引く思いをしているのは口にしなかった。
全員が全員、違うようで同じような立場に立ち、兵器達に立ち向かってるのだと知っていた。
「お前も大して状況は変わらないだろう、少尉。いや、二号管理官よりも背水か」
「ノーコメントで。あなたも私達といる場所は変わらないでしょう」
「はっ、これは少尉に一本取られたな」
中佐の言葉に少尉は何とも言えない笑みを返した。
人でありながら、人でなくなった者達の管理をする人間が人であるのか。
少尉はいつまでもその問いに答えられない。
ケモノを管理する人間は真に人なのであろうか。




