第四十七話 ただ自業自得ってだけの話(メグとご陰キャさまの冒険譚 六)
「うーん。龍の石像がそのソードで切れないってのはわかるんだけどさ、じゃあ龍がめざめたときにそのソードでちゃんと龍は切れんの、って話になるわけだけど」
ご陰キャさまがそう言うと、メグは顔を伏せたまま、またぐりぐりとテーブルに額を押しつけながら言った。
「硬さが違うっぺな。龍が石化している状態と、生身の肉体に戻った状態とじゃ、肉体の硬度が違うってことになってるはず。そうだよね、ミキちゃん」
「はい。たぶんそのロジックでビンゴのはずでーす」
「‥‥あのさミキちゃん、そういう軽いノリの言葉つかうのやめてくんない?」
ご陰キャさまがまだ引っかかっているように首を傾げながら言った。
「でもさ、石になってる龍の身体の一部をソードの柄にするためには、龍を切り刻まないとダメなわけじゃない。それで龍をめざめさせてしまうってことにはなんないの。悪漢たちが身体を切り刻むことで龍はめざめてしまうんっしょ?」
「もしかしたらそうなるかもしれないんっすけどぉ、ソードの柄になりそうなほど硬いものって、やっぱ龍の身体しか思い浮かばないっんすよねえ」
やはり憎たらしげな口調でミキが言った。メグがテーブルに突っ伏していた顔を横に向け、魂の抜けたような虚ろな表情で言った。
「うちらだからこういう無理難題ふっかけてんだろか。龍の向こう側でも同じような柄なしの万能ソードが用意されてるとしても、瑞生クンのほうは『今回にかぎりましては、なんでも切れちゃうソードに、このまったく切れない柄をとくべつにおまけして‥‥』とかやってんじゃないだろうな」
「なんでそんなテレビの通販番組みたいなノリなんよ。‥‥でもどうやってソードを木の板から持ちあげるわけ。話聞いてると、ソードに触れるだけで指がすぱっと裂けちゃうような代物なわけっしょ」
「あたしがどうにかすっぺな」
メグはふたたび顔をテーブルに伏せ、くぐもった元気のない声で言った。
「どうにかするって、どうすんの」
メグは深い溜め息をついた。
「はー。あんたに説明すんのがめんどくさいわ」
「いや、メグちんまでそういうこと言わんでくれる」
上半身をゆっくりと起こしながらメグが言う。
「いいからあたしに任せといて。ちゃんと考えがあるから‥‥つーわけでわるいけど由香っち、あたしたちを神社まで案内してくりん?」
「え、あたしがですか?」
由香が丸い瞳をさらに丸くさせて言う。
「うん。ミキちゃんに神社に石板を取りに行ってもらってきたばっかだしさ。そう何度も往復してもらうのもわるいでしょ」
ミキがまっすぐ右腕を伸ばして手を挙げ、やたら元気な声で言った。
「あ、そういうのお気になさらずにっ。わたし、体力ありあまってますんでっ」
「でもミキちゃん、あたしたちと絡むの嫌なんだよね?」
「はい。嫌ですっ」
メグが顔だけあげて、引きつった笑顔を浮かべながら言った。
「んー。けっこうはっきり言ったね。ミキちゃんて、はっきり言い言い子ちゃんだよね。はは」
「嫌は嫌なんっすけどぉ、だからって姉に英雄のあなたがたを案内させるってのもぉ、なんかちがうよなあって思うんっすよねえ」
そう言ったミキの顔を、メグが険しい表情で見据える。
「なんで? 不都合でもあんの?」
ミキは真剣な表情に戻って言った。
「姉はこのとおり、石板に刻まれた伝説にあまり関心を持っていません。だから英雄であるあなたがたを案内するのに適任ではないと思うんです」
「ただ神社まで案内してほしいだけだから、ミキちゃんまでいっしょに来てもらう必要はないよ」
「英雄のかたがたの対応をするのはわたしということになってますから」
挑むような目つきでミキがメグの顔をじっと見た。メグが負けじとミキを睨みかえしながら言った。
「でもそれって、あなたたち姉妹のあいだの取り決めってだけだよね」
「ミキミキさ、英雄って言うとき目が笑ってんだけど」
ご陰キャさまがふたりのあいだに割って入ってそう言うと、ミキはまた両目をむきながら憎たらしげに言った。
「気のせいですっ」
「いちいち目をむいて言わんでくれる。なんか顔芸みたいになってるから」
ミキに向かってそう言ったあと、ご陰キャさまはしばし黙りこんでからメグに言った。
「‥‥ねえメグちん、由香りんに連れてってもらうのはやめておこうよ」
「なんでよ」
「俺、なんか気まずいのよ。由香りんと絡むの」
メグは不思議そうな表情を浮かべてご陰キャさまを見る。
「べつにいいっぺな。こっちの世界の由香っちはあんたに笛舐められてないんだから、普通に話してりゃいいじゃない。なに気にすることあんの」
「うーん。そういう問題じゃなくてさ‥‥」
せわしなく後頭部を掻きながら、ご陰キャさまはなにやら奥歯にものが挟まったような言い方をした。
「フェイクとはいえ、せっかく由香っちと再会できて、あんたのことなんか知らないって設定になってるわけだから、あんたも昔この子にしたことなんか忘れて、さっきみたいに会話を楽しんだらいいじゃない」
ご陰キャさまは目を伏せて何度も首を振り、とつぜん怒ったような口調で言った。
「だからさ、こういうのに由香りんを巻きこむのやめてほしいって言ってるわけ」
メグは冷ややかな目で、ちらとだけご陰キャさまの顔を見た。
「なにムキになってんの。ばっかじゃない」
「つか、あんま俺のこと馬鹿にしないでくれる」
ご陰キャさまは目を伏せたまま、人さし指でテーブルになにやら模様を描きながら言った。
「俺、わかってるんよ。メグちんさ、ミキミキよりも由香りんのほうが与しやすいから、神社まで由香りんを連れてこうとしてるだけっしょ」
ばれちゃしようがねえな、という表情でメグはご陰キャさまの顔を見た。
「あんたみたいなアホにもそういうのはわかんだね。‥‥で、それがなんかわるいわけ。あのさ、由香っちはカエデの操り人形なんだよ。しかもあんたを引っかけるためなのか、きちんと本物っぽくゆるい性格でつくられてる。そんな由香っちから少しでもこっちが有利になるような情報を引き出せたら、めっけもんじゃないよ。そこはあんたみたいなアホにもちゃんと理解できてるよね」
ご陰キャさまはまた頭をぶんぶん振る。そしてながいこと黙りこんだあとで口を開いた。
「‥‥AIの女の子にこういうこと訊くのもなんだけど、メグちんさ、本気で誰かのこと好きになったこととかあんの」
メグはまさに論点をすり替えようとする人間に向けるような鋭い視線で、ご陰キャさまを睨みつけてぴしゃりと言った。
「感情論に持ってくな。‥‥あんた、こういう状況をきちんと分析できてるわけ。きちんと分析できてて、なにかが起こったとき、これっていう対策を打つことができるわけ。できないよね? あんたってさ、瑞生クンとは違って、感情まかせでひた走るようなとこあるから、そこんとこ気をつけなよ。あんたがそんな感じだと、すぐ足をすくわれるからね。しかもこれ、あんただけの話じゃないんだし」
ご陰キャさまはなにも言い返せなかった。頭のなかでさまざまな思いが入り乱れているように、ただテーブルの一点だけをじっと見つめていた。メグはその様子をしばらく眺めていたが、表情を取りつくろって由香のほうを向いて言った。
「じゃあ、ごめんだけど由香っち、あたしたちを神社まで案内してもらえるかな?」
「あ、はい」
由香はテーブルに置いたグレーのポーチを手に取り、椅子から立ちあがった。メグとご陰キャさまも椅子を引いて立ちあがった。やや遅れて、ミキも椅子から立ちあがりながら言った。
「わたしも行きます」
「ん。その必要はないって、さっき言ったよね?」
メグが年上のお姉さんらしく、ミキの顔を睨みつけながら厳しい声でそう言うと、ミキも負けん気たっぷりにメグを睨みかえしてきた。しばらくのあいだ、ふたりはそうやって一歩も引かずにただ睨みあっていた。だが、やがて根負けしたように、ミキはふたたび椅子に腰をおろした。ふてくされたようにテーブルに頬杖をついてそっぽを向くと、指でトントンとテーブルを鳴らしはじめたのだった。
「じゃあ、あたしたち行ってくるから」
台所を出る際にメグがミキに声をかけたが、ミキはそっぽを向いたままなにも言わなかった。由香がご陰キャさまと顔を見あわせて気まずそうに笑った。
「なんか、あたしよりほんとうの姉妹みたい」
「ん‥‥当たらずとも遠からずってとこかな」
「え?」
「いや、こっちのこと‥‥」
ヴィンテージな外階段を由香は軽やかな足どりでくだっていき、メグとご陰キャさまは錆びた手すりを握りながら、一歩ずつ慎重におりていった。由香はまだ階段をおりているふたりを置いてけぼりにして、自分だけすたすたと道を歩いていった。階段を並んでおりていたメグとご陰キャさまは顔を見あわせて苦笑いを浮かべた。だが、由香が振りかえりもせずに通りの角を曲がったのを目にすると、ふたりは慌てて階段をくだって通りを走っていったのだった。
由香は通りの角を曲がってすぐのところで立ちどまっていた。振りかえってにっこり微笑むとまた歩き出し、深呼吸するように空気を吸いこんで言った。
「初夏の匂いって、なんかいいですよね」
メグとご陰キャさまも歩き出しながら同じように空気を吸いこんだ。
「なんか、この匂いを嗅ぐと高校の頃を思い出すんです。あ、メグちゃんはまだ現役だよね」
「いちおう高校に通っている設定にはなってんだけど」
「設定?」
「ううん、こっちのこと。なに、由香っちはなんかいい思い出とかあんの」
由香はメグの言いかたに笑い出しそうになりながら答えた。
「はい、人並みにありますよ」
「俺もなんか高校の頃を思い出すわ。とくに二年のとき。毎日この甘酸っぱい初夏の空気に押しつぶされそうになりながら、重い足引きずって学校行ってたな」
「なにかあったんですか」
「由香っち聞きたい?」
ご陰キャさまが凄まじい表情でメグの顔を睨みつけ、メグは肩をすくめた。そんなふたりのやりとりとは関係なく、由香はあくまで自分のペースで話しはじめる。
「あたし、吹奏楽部に入ってたんですよ。コンクールの地区大会が七月なんで、この時期は土日も学校に通いづめてひたすら練習してました」
「ふーん。そんな大事な時期にこのアホはあんなことしやがったんだねえ」
「はい?」
「あ、いいのいいの。で、由香っちは全国大会まで行ったの?」
「いいえ。あたしが在籍していた三年間、ずっと地区大会どまりでした」
「地区大会ってこの島でやるんじゃないよね」
「もちろん」
「どうやって地区大会の会場まで行ったわけ?」
「港から出ているフェリーで行きました」
「地区大会の会場の名前とかおぼえてる?」
「それがまったくおぼえてないんですよ。高校を卒業してからもう十年くらい経ってるし、そもそも本番のことで頭がぱんぱんだったから、そんなことまでいちいち気に留めてなかったし」
ご陰キャさまが咎めるような口調でメグに言った。
「こういうとこ突ついてもなんの意味もないと思うんだけど」
「ま、そうなんだけどさ。‥‥ところで由香っち、当時誰か好きな男の子いた?」
とたんにご陰キャさまが顔を赤くしてうつむいた。
「はい。いました」
「それってどんなタイプ?」
由香はご陰キャさまのほうを向き、微笑んでから言った。
「陰キャさんによく似た男の子です。背が高くて、面白くて、何度か放課後デートもしたんです」
「由香っち、そいつになんか変なことされてない?」
「変なこと? いいえ、されてませんよ。とても優しい男の子でした。ただ、あたしになにも告げないまま、とつぜん転校してしまったんです」
メグはご陰キャさまと顔を見あわせると、由香に向かって訊ねた。
「踏みこんだこと訊くようだけど、由香っちはその男の子のこと、いまでも好き?」
由香は少し驚いたような表情をしたが、すぐに昔話をしているときのフラットな表情に戻った。
「え。まあ‥‥好きっちゃ、好きかも。ほんとにその男の子、あたしになんにも言わずにとつぜんこの島から引っ越してしまったんです。理由はわかりません。クラスのみんなに訊いても、誰もその男の子が引っ越すのを事前に知らなかった感じでした。ふだんあれだけ話してて、あれだけあたしにたいして好き好きオーラ出してたのに、なにも告げないまま、とつぜん引っ越してしまったんです。だからなんていうか、あたしのなかで感情がまだ宙ぶらりんっていうか、ちゃんと決着がついてない感じなんです」
ご陰キャさまが両手で自分の頭をかきむしり、メグはその様子を冷ややかな目でちらっとだけ見た。
「といっても、その男の子のことをしょっちゅう思い出すわけじゃないんですよ。でもたまにふっとその男の子のことを思い出しては、ただただせつなくなるんです。‥‥もう十年も経ってるのに、こういう感情をどう扱っていいのかわからないんですよ。可笑しいですよね、本人はもうとっくにあたしのことなんか忘れてしまったかもしれないっていうのに」
由香はそう言って力なく笑った。ご陰キャさまは顔を赤くしたまま、胸のあたりを手で押さえて、息もたえだえな感じでメグに小声で言う。
「やべえ。胸が痛いわ。なんか息苦しいくらい」
「あんたがくだらないことしなかったら味わずに済んだ種類の痛みだよ」
メグが正面を向いたままそう言うと、ご陰キャさまはどこか恨めしげな表情でメグの横顔を見ながら、拗ねたような声で言った。
「俺だってちゃんと罰は受けてんのよ。メグちんまで責めんでくれる」
「なーにが、ちゃんと罰は受けてる、だよ。あんたがひとりで勝手に落とし穴掘って、あんたがひとりで勝手にそこに落ちたってだけだろが。しかも自分の力で這いあがってその穴から出ていこうともしない。そういうのを罰を受けたとは言わないの。ただ自業自得ってだけの話」
ご陰キャさまは反論もせず、またうつむいて、深く深く溜め息をついたのだった。
住宅地はやがて田舎らしい広大な田園地帯へと変わり、それからまた川に沿ってぽつぽつと家が増えていった。三人は川沿いの散歩道を黙々と歩いていき、風情のある石橋を渡った。道はそのまま商店街につづいており、派手な原色をしたのぼりが通りの両脇を彩っていた。メグがまだとげとげしい声のままで由香に言った。
「ん。なんかお祭りやってるっぽいけど」
「毎年、五月十五日と十六日にお祭りがあるんです」
メグはのぼりに描かれている龍に目をとめた。
「例の伝説と関係あるわけね」
「はい。今日が宵宮で、明日に本宮があります。想像できないかもしれませんが、宵宮では巫女であるあたしとミキが、神妙な面持ちをして祈祷の儀式を執り行うんです」
「お祭りは龍の伝説のためだよね。二日間やるのはその儀式のためなの?」
由香はわずかに躊躇してから、メグのほうではなく、ご陰キャさまのほうを振りかえって言った。
「いいえ‥‥英雄の方たちが現れた翌日に、悪漢たちが龍をめざめさせると石板に書かれてあるからです」
メグが血相をかえて立ちどまる。
「ちょっと待った。それってつまり、龍がめざめるのが明日ってこと?」
「はい」
「なんでミキちゃんはそんな大事な部分をすっとばしたの」
「すっとばしたというか‥‥じつはあの子は石板に刻まれた古文をじかに読みあげたわけじゃないんです」
「え。なに、どーゆーこと?」
メグは由香に詰め寄るように顔を近づけ、ご陰キャさまは理解が追いつかない感じで首をひねりながら言った。
「ん? 由香りんは石板に書かれてる文字が読めんの?」
由香はうなずいた。
「はい。読めます。ていうか、ミキに石板に書かれている内容を教えたのはあたしなんです」
メグが少し疑っているような表情で由香の顔を見る。
「うーん。あんな古文を読めるようになるには、まあまあな努力と忍耐が必要だったと思うんだけど」
由香はくすっと笑って言った。
「ええ、独学であんな古文を翻訳できるようになるには、まあまあな努力と忍耐が必要でした」
「伝説にまったく興味がないのに?」
「興味がないのと、自分に与えられた役割とはまたべつのものですから」
「ふーん。由香っち、そこはやっぱマジメなんだね。でもなんでミキちゃんはそこを伏せたわけ?」
「ミキが伏せたというより、あたしがミキに石板に刻まれている伝説を教えたとき、その部分をまだ翻訳できていなかったんです」
メグは由香の顔を見つめたまま首を傾げた。
「うん? ミキちゃんはあの石板に書かれてる文章を読むことができるんだよね?」
由香は静かに首を横に振った。
「ミキはあの石板に書かれてある言語を読めるわけじゃないんです。あの子はあなたがたにたいして、石板に刻まれた文字を直接読んでいるように振る舞ってましたが、実際はあたしが教えた内容をただ喋っていただけなんです」
ご陰キャさまと顔を見あわせてから、メグはつとめて優しい声音をつくって由香に訊ねた。
「どうしてミキちゃんは石板に刻まれてる古文を読めるフリなんかしたの?」
「あのとおり気のつよい子ですから、あなたがたに古文を読めないことを知られたくなかったんだと思います」
「‥‥うーん。なんかやけに説得力のある答えだな」
メグは顎に手を当てながら、感心したように何度もうなずいた。そしてさらに由香に訊ねた。
「つまり、ミキちゃんに石板に刻まれてる内容を教えた時点で翻訳できていなかった部分が、たまたま龍のめざめる日付けだったっていうこと?」
「はい」
「でもいまはその部分が翻訳できたんだよね。どうしてミキちゃんにそのことを教えてあげないの?」
由香はどこかうしろめたそうな顔つきをしてメグから目を逸らして言った。
「わざわざあの子に教えるほどのことでもないと思ったんです」
メグは由香の返答に納得のいかない表情を浮かべた。
「じゃあ由香っちは、あたしたち英雄が到着したつぎの日にはもう龍がめざめるってことが、べつに重要なことじゃないと思ってるってわけ?」
少しケンカ腰の口調でそう言ったメグをなだめるように、由香は柔らかく微笑んだ。
「もちろん英雄のかたがたには大事な情報かもしれませんが、ミキにとってはさほど重要なことじゃないと思ったんです」
メグはずっと納得のいかない表情を浮かべたままだった。
「でもお祭りを二日間やるのは、英雄が島に来るのと、龍がめざめてしまうことが二日にわけて起こるからでしょ。そこはミキちゃんにどう説明してるの?」
「そもそもミキはそんなことに疑問を持ったことはありません。大昔から慣習的につづいているお祭り行事に、根本的な疑問を抱く人間なんていませんから」
「‥‥たしかに、言われてみればそうか」
それまで黙っていたご陰キャさまがふたりに割って入った。
「でもさ、俺らって伝説で預言された英雄たちなわけじゃない。由香りんを責めるつもりはまったくないんだけど、ミキミキが石板に書かれてる伝説を話してくれてるとき、なんでその場で補足してくれなかったの。龍がめざめるのが明日だっていうのは、俺らにとってはかなり重要なポイントだと思うんだけど」
由香が不自然なくらいに明るい笑顔を浮かべて言った。
「話している相手が英雄の方たちだからこそ、そんなことは些細なことだと思ったんです。だいいち、あなたがたに石板を読みあげているフリをしているあの子のまえでそのことを指摘なんかしたら、あの子に恥をかかせてしまうことになってしまいますし」
由香が共感を強いるようにメグに向かってぎこちなく微笑んだ。
「ううん、まあ、そこはわからないでもないんだけど‥‥ねえ由香っち、確認しておきたいんだけど、石板に書かれてることで、ほかに伏せてる部分はもうないよね?」
「え、はい‥‥」
「由香っち、それほんとだよね」
しかしそう答えた由香はメグのほうを見ようともせず、どこか思いつめたような表情をしていた。
「じゃあなんでそんな表情してんの」
由香は少しだけメグの顔を見て、また視線を逸らした。
「‥‥あなたがたとこういうことを話していると、あの伝説はほんとだったんだなってあらためて思ったんです」
「由香っち、やっぱ疑ってたんだ」
「疑っていたというか‥‥石板に預言されているようなことは、あたしたち姉妹の代では起こらないと思っていたんです。あたしにとって五月十五日という日は、あくまで遠い未来に存在する日のことだと、心のどこかで思ってたんですよ。でも予言された日にあなたがたがこの島に来て、ああ、やっぱりあの石板に書かれてることってほんとだったんだって‥‥」
「まあ、怖いっちゃ怖いよね。あんなどでかい龍が起きあがってくるってんだもん」
由香は小さく首を振った。
「いいえ、そういうことじゃなく‥‥」
「ん。じゃあどうして由香っちがそんなに恐がるわけ? 龍と戦わないといけないのはあたしたちでしょ?」
由香は一瞬だけなにか言いたそうな表情をしたが、それをぐっと飲みこんでしまった。メグはその様子を見て、また訝しげな顔をする。
「‥‥由香っちさ、やっぱまだなんか隠してるでしょ?」
由香はうつむいたまま黙っていた。メグが優しい表情をして言った。
「無理に聞き出そうとするつもりもないし、そんなことしても由香っちが正直に話してくれるわけでもない。そうだよね? でもまだあたしたちに隠してる部分が、龍と戦ううえで重要なことだと少しでも思うんだったら、いまここであたしたちに打ち明けてほしいんだ。石板には龍がめざめるのが明日って書かれているんでしょ。龍と戦う直前になって大事なこと告げられても、時すでに遅しってことだってあるわけだからさ」
それでも由香がただ黙ってうつむいているため、メグは苛立ったような声でかさねて言った。
「ねえ、由香っち‥‥」
ご陰キャさまがとつぜんメグの腕をぎゅっと掴んで、強引に後ろを振り向かせて言った。
「メグちん、もういいんじゃない」
「なにがよ」
「由香りん、あんまり話したがらない感じじゃない」
メグがご陰キャさまの顔を無表情な目つきで見ながら淡々と言う。
「だけどさ、肝心なカードを隠したまま話を進められても、あたしだって困るわけよ。それはあんたにもわかるよね?」
ご陰キャさまはメグの顔をじっと見据えて、勇気を振り絞るようにして言った。
「メグちんさ、まえにこの由香りんはカエデっちのつくったお人形さまだからって変なことすんな、って俺に言ったよね。この由香りんにもちゃんと独立した人格があるからって。‥‥俺からすると、AIがAIに気を遣わんでどうするって話なわけよ」
メグはしばらく黙ったまま、睨みつけるような目つきでご陰キャさまの顔をじっと見ていた。しかしご陰キャさまの放った言葉が、心の然るべき場所に届いたかのように、メグは目を伏せて鼻を鳴らすと、由香に視線を戻して言った。
「由香っちの判断でいいんだけど、もしそれがとても重要なことだと思うようだったら、あたしかこの陰キャのどっちでもいいから、なるだけ早めに打ち明けてくれるかな。すまんけど、このことだけは頭の隅にちゃんと置いといてね」
由香はやはり思いつめたような表情でうつむいたまま、黙ってうなずいたのだった。




