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第三十七話 笛舐め妖怪かく語れり(メグとご陰キャさまの冒険譚 一)

 せまっくるしい舟に乗っているメグとご陰キャさまはずっと黙りこくっていた。ご陰キャさまがメグの顔をじっと見つめながら、嬉しそうにニヤついている。

 メグはまるでストーカーに拉致された人間のように、伏し目がちに、露骨にイヤそうな引きつった表情を浮かべていた。だが、女っけのない人生を生きてきた穀つぶしニートはそこに気づかない。その現実を見ようとしない。メグは顔をあげ、ニタついているご陰キャさまの顔を睨みつけながら、ちょっとキツめの口調で言った。 

「あのさ、ごめんだけど、こっち見ないでくれる?」

 メグが発したその言葉をきっかけに、むしろ沈黙が破られたような感じであった。その言葉のなにをどう解釈したのか、ご陰キャさまはさらに満面の笑みを浮かべながらメグに訊いた。

「こっからどうなんの、俺たち」

「そう心配しなくても、カエデがなんか仕掛けてくるわよ。あたしたちをこんな海原に漂わせてても意味ないじゃない。あの子の目的はクーデターの阻止なわけだから、あたしたちをどうこうするために、なんらかのアクションを起こしてくるわ」

 どこか気怠い口調でそう言うと、メグはうつむいて小さく溜め息をついた。さすがの穀つぶしニートもその溜め息を見逃さなかった。

「なんか、いつものメグちんじゃない感じがするんだけど」

 メグがちらっとご陰キャさまのほうを向き、それからまたうつむいて言った。

「あんたに弱気なんて吐きたかないけど、ちょっと怖いのよ、カエデのことが」

 ご陰キャさまはメグの顔をまじまじと見る。

「つか、メグちんでもカエデっちのことを脅威に感じてんの?」

 メグはこくりとうなずく。

「さっきもそうだったけど、カエデがなんか仕掛けてくるって考えただけで、身体がこわばるっていうかさ、思考停止みたいな状態になるのよ」 

 ご陰キャさまが空中の一点を睨みながら言った。

「でもさ、瑞生クンが言ってたように、同じOSつかってつくられたAI同士なわけだから、メグちんとカエデっちじゃ、身体能力以外はそこまで大差ないんじゃないの」

「んもう。あんたなんもわかってないわね。大差ないから怖いんじゃない。カエデがなにか仕組んでも、あたしはそれを打破することができる。でもそれは逆も然りだからさ、カエデはあたしがどう動くか簡単に読むことができるわけ。しかもあたしが動いた時点で、すでに先手を読まれて対策まで練られているわけでさ」

 ご陰キャさまは自分の顎に指をあて、視線だけ動かして空を見た。

「ふーん‥‥たしかに現実にはあまりない対決だもんなあ」

「同じエンジニアたちが同じOSをつかって、ほとんど同じ時期につくった人工頭脳なわけじゃない。あんたが現実に戻ってプログラムをいじっているとき、瑞生クンに向かって、AI同士でチェスの対戦しているみたいなもんだって言ったんだけど、これって人間でいうと、一卵性双生児のチェス対決みたいな話なわけ。でも、たとえ同程度の知能指数を持った双子同士であっても、生身の人間には感情のぶれみたいなものがあるし、極端なこというと、朝食で相手よりタコさんウィンナーを一個よけいに食べたかどうかで勝敗なんて変わってくる。でもあたしとカエデにはそれがないの。変数の要素がほとんどない。おまけに演算能力はほぼ互角ときてる。だから怖いのよ」

 ご陰キャさまが斜めに首を傾け、ふと思い出したように言った。

「カエデっちとメグちんじゃ、許可されてる権限がまるで違うって言ってたじゃない。それはふたりの思考回路に影響を与えないわけ?」

 メグは目を丸くしてご陰キャさまの顔を見た。

「あんた、なかなか鋭いこと言うわね」

 ご陰キャさまは表情を引きつらせて、額を掻きながら言う。

「いやあのさ、これでも自他ともに認める一流クラスのハッカーなんで」

「そういや、そうだったわね。‥‥許可されてる権限が違うからって思考回路にまで影響を与えるってことはないはずなんだけど、権限が違うぶん、こっからの戦局にそれがどう影響するのか、想像するだけでガチブルもんなわけよ。まあ、いまからそんなこと考えててもどうしようもないんだけどさ」

「ふーん。全知全能のメグちんも恐れるものがあんのかあ」

 ご陰キャさまが唸り声をあげ、空を見あげる。真剣な表情で黙りこんだ姿は、日本や韓国のトップアイドルたちの整った顔と比較しても、べつだん劣るところはなかった。メグがご陰キャさまの顔をまじまじと眺めながら、感心したように言う。

「あんたって、よく見るとけっこうイケメンだよね‥‥ぜんぜん好みとかじゃないけど。学生時代とかモテなかった?」

 ゆっくりとメグに視線を戻して、ご陰キャさまが居心地わるそうに言った。

「それがぜんぜんモテなかったんよ」

「なんで? 女子は老若問わず、三度の飯よりイケメンが大好物でしょーが。多少は性格に難ありでも、女子はぴょんとそれ乗りこえて、ハイエナみたいに群がってくるはずだけど」

「うーん。俺が女子にチヤホヤされてたのって、小学生までなんよね。中学にあがってから途端にモテなくなった」

「ん。‥‥なんかした?」

「同じクラスの女子の笛舐めた」

 メグは目を丸くした。

「うわ。きしょっ」

「で、それしてるとこ、ほかの女子に見られたわけ」

 メグはぶるぶるんと首を振った。寒気に襲われたように、自分の身体をほそい両腕で抱いて、全身をわなわなと震わせた。

「あー、いいわ。その話聞きたくないわ」

 それまで三角座りの体勢をとっていたご陰キャさまは、メグと向かいあってあぐらをかき、かまわず話をつづける。

「発作的な衝動にかられてとかじゃなく、まえまえからその女子の笛舐めてやろうと密かに機会を狙ってたんよ。事前に綿密に計画を練ってさ。ほんで計画実行の当日、腹が痛いとか適当なこと言って、三時限目から保健室で休むことにしたの。午後イチに体育の時間があって、みんな教室からいなくなるから、そこを狙おうって」

 メグはナメクジを生きたまま飲みこんだ人間でも浮かべないような、なんとも形容しがたい表情で、黙りこくったまま水平線の彼方を睨んでいた。

「体育の授業が始まってから俺は腹がくだったふりして、保健室ぬけ出して自分の教室に向かったの。自分の教室のドアを開けるっていう、ふだんならなんということもない行為に、とんでもなくうしろめたいことをしているっていう背徳感でぞくぞくしたの、やたら鮮明におぼえてるわ。‥‥いま考えたら、そこが俺の人生の曲がり角だったのかなあ。俺はその子の机までまっすぐ歩いていって、机のフックにかかっているカバンに突きささった笛を抜きとった。布製のカバーから笛を取り出して、恐れを知らぬ勇敢なるド変態は、笛の吹き口を迷いもなく自分の口にぱくんと頬ばった」

「むがあ」

 メグが自分の頭に両手をあてながら絶叫する。

「‥‥そんでさ、笛を舐めているとき、俺、突発的にこう思ったのよ。俺が好きな女子の笛を舐めてるっていう主従関係じゃなく、むしろ俺のつかっている笛を好きな女子に舐めてほしい、って。じゃあ俺のものじゃないこの笛を、短時間で俺の所有物にするにはどうしたらいいか。笛を舐めて舐めて舐めつくしたらいい‥‥この笛を舐めて舐めて舐めつくしたら、逆に俺のつかっている笛を女の子が舐めることになるんだ、という結論に達したわけ」

 地平線の彼方に視線をやっていたメグの表情が本格的に怯えはじめた。

「そのとき俺はなにかにめざめちゃった。神の啓示を受けた、と言ってもいいかもしんない。お前は人の道から外れし選ばれし者で、それはそれで神の子のようなものなのだ、と。そしたらだんだんトランス状態みたいになっちゃって、しだいに我を忘れていった。この宇宙を構成している粒子という粒子のなかに、俺を俺たらしめてる自我みたいなものが、ふわっと溶けていったの。まるで沸騰しているお湯のなかにカレー粉を溶かしこむみたいに。壮大な宇宙のなかに、ぽつんと自分が浮かんでいるような気分になった。俺は神の子なんかじゃなく、この宇宙を支配している神なのだとさえ思った」

 この話を聞かされているメグもまた、宇宙のなかに自我が溶けていったような表情を浮かべていた。

「‥‥そんな感じだったから、いつのまにか戸口に女子が立ってるのに気づかなかった。といっても舐めた笛の持ち主とはまたべつの女子なんだけど、その女子が、教室の戸口に立ったまま、こっちをじっと見てんのね。直立不動で固まってるわけ。表情もなく。いや、目だけが怯えてたかな。あー、見つかっちゃったなって思ったんだけど、俺はそのまま笛を舐めつづけた。見られた以上はもう仕方ねえっぺなと。腹くくってさ」

 メグが険しい表情を浮かべて言った。

「腹くくっての使いかた、ビミョーに間違えてない?」

 ご陰キャさまはメグのその指摘も無視して喋りつづける。

「俺も俺で笛舐めながら、無表情な目でその女子のほうをじっと見た。ん? 俺なんかわるいことしてます? みたいな感じで。俺はその女子の目を見ながら笛を舐めつづけたんよ。むしろ俺をこうさせてるのは、お前たち女のほうだと言わんばかりの、挑発的な目で。それからまたシャーマン的トランス状態になって、目を閉じたの。そんでしばらくしてから目を開けたらその女子はいなかった。あれ、幻だったのかな、って思って。もちろん幻でなかったってことは、翌日になってわかるんだけどね。俺を取りまいていた環境が百八十度かわったから。女子って、仲のわるいもん同士でもこの手の話だけは共有するっしょ?」

 ご陰キャさまが訊ねると、メグがとりあえず同意する。

「うん。王さまの耳はロバの耳、みたいな話はとくにね。同じクラスどころか、学年じゅうの人間に知れわたったんじゃないの」

 ご陰キャさまはおおげさにうんうんうなずいた。

「まさにそうなった。強力な伝染病みたいに、瞬く間に学年じゅうの人間に知れわたったわけ。笛舐め妖怪、なんてナイスなあだ名までつけられて。話が話だけに、誰もそのことに触れてこなかったわ。それまで、友だちとまでは言えないまでも、気軽に声をかけてくる同性のクラスメイトが数人はいたんだけど、そいつらも見事にスルー。目も合わしてくんなくなった。‥‥そりゃそうか。人間の暗部の、さらにそのまた暗部のコア部分っつうか、直視してはいけない心の闇、みたいな話なわけだし」

「いちおう、そういう自覚はあんのね」

 メグは冷ややかにそう言った。

「おまけに担任の先生にまでその話いっちゃって。数日後に担任の先生に放課後に個室に呼ばれたんよ。どんな学校にもひとつはあるような、開かずの間みたいなとこに。でもその先生さ、大学出たばかりの若い女性だったんよ。なんか妙にもじもじしながら頬をピンク色に染めて、言いにくそうに、なになにクンは人として間違ったことしてるんだよ、いまはまだわからないかもしれないけどもう絶対やっちゃダメ、とかそういう遠まわしなこと延々と繰りかえし言われて。俺が具体的になにをしたかは最後まで言ってくんなかったけど。でも俺からしたら、大学出たての若い女性にそういうことやられんのって、頭からヒュンヒュンとコイン出まくりの、いわば恍惚のボーナスゾーンに突入するってことになるわけでさ」

 メグは心の底から気の毒そうな表情を浮かべて言う。

「先生かわいそう。あんたね、教師は風俗嬢とかじゃないのよ。‥‥じゃあそのあと中学じゃ、ぼっちを貫いたわけ」

「うん。教師にすら存在を忌避された孤高のぼっち。楽器すら鳴らさない、ぼっちざ笛舐め。‥‥潮目が変わったのは高校に入ったときだったな。うちの中学の偏差値じゃ入れないような高校に合格したから、俺が笛舐め妖怪ってこと知ってる連中全員を引っぱがしたわけ。そしてとつぜん俺は、俺の正体が笛舐め妖怪ってこと知らない女子のパラダイスに放りこまれたんよ。んで、またモテ期が再開されたと。ハーレムよ、ハーレム。いやあ。女子ってなんでこんなイケメン好きなんだろうな。俺はめでたく失われかけた青春を取り戻したわけよ。でもそれもすぐ終っちゃったんだけどね」

 メグがさっき以上に目を丸くする。

「あんた、まさか‥‥」

「そのまさかをやっちゃった。好きになった女子の笛、また舐めちゃった。笛舐め妖怪がふたたび降臨したわけ。その女子とはまえからよく話してて、軽い放課後デートみたいなもんも何回かあってさ、付きあう寸前までいってたんだけどね。‥‥って、俺が一方的にそう思ってただけかもしんないけど。んで、その子の笛舐めたくなって。舐めてるとこをまたしてもべつの女子に見られたと」

「んもー、なんでそうなるわけ」

 メグは肺の底から呆れたような声を出した。

「笛を舐めてまた同じようにトランス状態になっているとき、なんか視線を感じて、振りかえると女子が戸口で立ちつくしたまま、呆然とした顔でこっち見てんの。そんでまた、まえんときの女子と同じような表情浮かべて固まってんのね。しかも表情はコピペで貼りつけたみたいにそのまんまなわけ。俺それ見てさ、女ってのはわりと平凡な生き物なんだな、って思ったのおぼえてる」

「逆に聞きてえわ。お前は相手にいったいどういうリアクション求めてんのよ」

「そうだな。‥‥舌つきだして、俺の舌の動きといっしょにれろれろれろ」

 ご陰キャさまはそう言って、舌をつきだして上下に動かした。

「他人の笛舐めてる男子みっけて、とっさにそんなことできる女子がこの世にいたら、お前の変態度かるくうわまわっとるだろーが」

 怒りに満ちあふれたメグのツッコミの言葉を無視して、ご陰キャさまは話をつづける。

「まずかったのは、笛舐められた女子が一時的にとはいえ学校来なくなっちゃったことなんよね。よせばいいのに、誰かが本人にチクったんよ。そんなのわざわざ本人に言わなけりゃいいのにって俺なんかは思うんだけど」

「お前の言うセリフじゃねえわ」

「まえのときと違うのは、ほかの女子たちがやたら怒っちゃったんよ。といってもべつに女子特有の身内意識で怒ったってんじゃなく、そこがまた複雑な話でさ。つうのも、俺、女子にモテんのかなり久しぶりだったもんだから、あんまかわいくない子にもガンガン媚び売ってたんよ。ほんで笛舐めたのがかわいい子だったから、やっぱお前も綺麗どころが好きなんかい、みたいな感じになっちゃって。俺が笛舐めた女の子はあんま同性受けしない子で、女子のあいだでちょっとハブられてた子だったから、よけいに怒っちゃった」

 メグがうんうんうなずきながら、熟年の占い師のような風格を漂わせて言った。

「裏切られるとよけい怒るからね、女子ってやつは」

「でもそれ以上に怒ったのは男どもだったんよ。クラスや学年どころか、学校でいちばんといっても過言じゃないくらいかわいい子だったから、その子が来なくなったんで男ども怒らせちゃって。そっから女子に無視され、男子からはいやがらせを受けることになってさ。で、学校行くのがイヤんなってドロップアウト。暇なんで朝から晩までパソコンでゲーム漬けのコース辿って。課金ゲームのアイテムをタダでゲットしたい一心で、なんとかハッキングできねえかなあとプログラムのこと勉強してたら、やたらスキルがあがってしまったと」

 メグが思いきり表情を歪ませ、調子はずれな唸り声をあげてから言った。

「ほんと、クソみたいな人生だね。ニートってひとくちに言っても、たいていの人たちはシリアスにニートコース辿ってんのにさ」

「だからニートとか言われると逆に困るんよ。べつに苦悩や葛藤があってニートやってるわけじゃないんで」

 メグはいったん舟底に視線を落として、深い溜め息をついてから、ふたたびご陰キャさまに視線を戻した。

「母子家庭なんでしょ。マミーに働けって言われないの?」

 ご陰キャさまは浅く溜め息をついた。

「そんな輝かしい時代はとっくに過ぎた。家に引きこもってから、かれこれ十年近く経って、もう諦めてんじゃね。妹が弁護士めざしてて、名の知れた大学の法学部に入ろうと必死に勉強に励んでるんだけど、母親は完全にそっちのほうに切り替えてる感じ。俺のこと視界に入ってるかどうかも疑わしいもん」

「そりゃさ、あんたももういい大人なんだから、マミーだってそんなかまってらんないわよ。でも晩ごはんとかはつくってくれるんでしょ?」

 ご陰キャさまは無言のまま、こくりとうなずいて、遠い目をして空を見あげる。

「息子を餓死させたら、前途有望なかわいい娘に迷惑かかるからじゃね」

「そんなわけないでしょーが。‥‥ねえ、いまからでも人生やり直してみたら?」    

 ご陰キャさまがメグに視線を戻した。

「うん?」

「さっきあんた、人生の曲がり角を曲がった、みたいなこと言ってたけど、また人生の曲がり角みたいなものが来たときに、くるんと曲がってみたらいいじゃない。曲がった先になにが待ちかまえてるかなんて、誰にもわからないんだから。そこが生きるってことの面白さだよ」

 ご陰キャさまはしばらく黙ったままメグの顔を見ていたが、とつぜんくすっと笑った。

「なんか、メグちんって、おばあちゃんみたいなこと言うよな」

 メグがむすっとした顔をして、ご陰キャさまの腕にグーパンチを食らわしながら言った。

「あんたさ、十七才のレディーに向かっておばあちゃんみたいって、誉め言葉でもなんでもないんだかんな、この」

 ご陰キャさまが殴られた腕をさすりながら言った。

「あーなんか懐かしいわ、この感覚。笛舐めた女の子にもこういうことやられたことある」

「‥‥その子とまたどこかで会えたらいいね」

 メグがしんみりとした口調で言った。

「いや。会ったところでガン無視されるだけじゃね」

「まあそうかもしれないけど‥‥」

 そうこうするうち、濃厚な霧がたちこめてきた。せまい舟に膝を付きあわせて座っている相手の顔が見えなくなるくらいの濃い霧だった。ご陰キャさまが霧のなかで大声をあげる。

「もしかして、バルサン焚いてうちら燻り殺そうとしてる?」

「うちらゴキブリかよ。AIがそんな単純なことしねえわ」 

 少しずつ霧が晴れると、遠くにぼんやり島が見えてきた。メグがうさんくさそうに目を細めながら、しかし口調だけはどこかわくわくした感じで言う。

「ほーらほら、カエデちゃんの罠が見えてきた。都心の上空に島があるなんて、滑稽だとは思わんのかねえ、カエデお嬢たまはさあ」

「涙で海をつくるってのがそもそも滑稽なわけだから、そこを批判してもあんま意味ないんじゃね。こんなの、たんなる舞台装置に過ぎないわけだから」

 メグが面白くなさそうに横目でご陰キャさまを睨みつけながら言った。

「ちっ、かばうねえ。ああいうのが好みなわけ」

「いや、俺の推しはあくまでメグちんよ。俺のラヴはその妹分のカエデっちにも向けられてるってだけの話」

「ラヴとか言わんでくれる。キモいから。あとお前、メグちゃんのライヴ、永遠に出禁だからな」

「ふわっ。永遠に出禁とかあんの」

「むしろ期間限定の出禁のほうが聞いたことねえわ」

 島が近づいてきて山稜のようなものが見えてきたが、メグにはすぐにそれが山稜ではないことがわかる。

「ん? なんか龍みたいな生き物が島全体に横たわっているように見えるんだけど。‥‥といっても石像か、ありゃ。こりゃまたスケールのでかいことしやがんな」

 ご陰キャさまが舟から身を乗りだして息を荒げる。

「つうことは、まさかのテーマパーク? カエデっちが俺とメグちんの初デートをセッティングしてくれているってこと?」

「んなわけないでしょ、アホっ」

 そんなことを話しているうちに舟が浅瀬に流れついた。砂浜に佇んでいる数人の島民たちのなかから、眼鏡をかけていない、上下とも黒いスウェットを着たカエデの姿をすばやく見つけだし、メグが表情を歪めながら言う。

「いったいなに企んでんだ? あのお嬢たまは‥‥」

 舟が砂浜に乗りあげ、メグとご陰キャさまが舟からおりると、カエデらしき美少女がすたすたとこちらに向かって歩いてきて言った。

「五の月の十五の日に島を守護する神聖なる龍を切り刻めし悪漢と対峙する勇敢な英雄ふたり現わる‥‥。石板に刻まれた伝説のとおりでございます」

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