22 おひたしにするなら
この国では5日仕事をして1日休むのが基本で、暦も5日の平日と1日の安息日で1週間となっている。そのため役所や商店等は暦に沿って休みを取り、逆に店の開いていない安息日には市場が立つ。市場は申請すれば誰でも露店を出せるので、近隣の農家の野菜が並ぶ横に他国の工芸品が売っていたりする。珍しい品や掘り出し物が見つかる事もあり、ルカは安息日に仕事が休みだと、よく覗きに行っていた。
しかし冒険者ギルドは年中無休だ。そのため仕事はいわゆるシフト制で、安息日も半数は出勤日に当たる。皆が休みの日に働いていると、何となく損をしている気になるルカだったが、今日は朝からとてもついていた。朝一番で冒険者ギルドに来たハオランが、市場で大量に買ったからとお裾分けをくれたのだ。
ルカにとって、食べ物をくれる人は良い人である。それが瑞々しい朝採り野菜の数々なら、尚更良い人だ。この世界では新鮮な野菜はとてもお高いのだ。鑑定士として一般職員よりも高額な給料を貰っていても、貰えるものは喜んで貰うルカだった。
さて、頂き物の中にほうれん草に似た葉野菜を見つけ、ルカは思った。ほうれん草のおひたしが食べたいと。
幸いおひたしに使う醤油の量はそう多くない。1人分の分量で作れば、ルカの手持ちの醤油2パックで足りるはずだ。あとは砂糖と出汁と、カツオ節が欲しいところだが発見出来ていないので諦めて……きのこも入れよう。アイテムボックスにシメジっぽい味のきのこが入ってたはず……。
そんな事をあれこれ考えているうちに、昼休憩になった。今日は安息日だからか、冒険者ギルドものんびりしている。冒険に安息日とか関係ないようなものだが、意外と安息日は休みとしている冒険者は多いのだ。皆ルカのように、他の人が休みの日に働くのは損な気分になるのかもしれない。
ルカは昼休憩中に、ほうれん草のおひたしを作ることにした。最近冒険者ギルドの厨房は、ルカのための台所のようになっている。ルカが来る前は殆ど使われていなかったようなので、ルカや仲間達が占拠していても誰にも文句は言われない。作った料理の試食が賄賂の役割を果たしているせいかもしれないが。
まずは鍋に湯を沸かしつつ、アイテムボックスから食材を取り出す。ほうれん草ときのこ以外にも、トマトやサニーレタスなどの生で食べられる野菜を取り出した。これらはサラダにする予定だ。生野菜のサラダも滅多に食べられないので、誰かが来たらこちらを差し出すつもりだった。貴重な醤油を使うおひたしは、出来れば独り占めしたいので。
湯が沸くまでの間に生野菜でサラダを作っておく。何故かアイテムボックスにゆで卵もあったので、花の形に飾り切りして添えてみた。サラダはすぐに出来上がり、ほうれん草に手を延ばす。根元に土が入っていることがあるので、丁寧に洗った。きのこも味はシメジっぽいのに巨大なので、一口大に切っておく。そうするうちにお湯が沸いたので、いよいよメインの調理開始だ。
といっても、おひたしの作業工程は少ない。沸騰したお湯にきのこを入れて茹で、引き上げる。別に湯を沸かすのは面倒なので、きのこを茹でたお湯にほうれん草を根元から入れる。色が鮮やかに変わったら引き上げて、水にさらす。しっかり絞って5cmくらいに切り分ける。
ここで醤油洗いすれば水っぽくならないのだが、醤油がもったいないから今回は止めた。水を絞ったほうれん草に醤油を垂らしてもう一度絞るのだが、希少な醤油の成分が流れ出てしまいそうで耐えられなかった。
醤油洗いはまた今度にして、大きめの器を用意する。そこに昆布もどき出汁と醤油、砂糖を加えて混ぜ、ほうれん草ときのこを入れて更に混ぜる。これで完成だ。
「出来た?」
おひたしが出来上がった途端、声を掛けられて、ルカはびっくりして振り返った。厨房を覗き込んでいたのは受付嬢達で、目をキラキラさせてルカの手元を見ている。狙われている。
「あー、出来たけど、これは駄目」
「如何して?」
「1人分しかないの。その代わり、こっちのサラダをあげるから」
見た目に地味なおひたしよりも、色鮮やかな新鮮サラダの方が、女性受けが良かったようだ。ゆで卵を飾り切りしたのも功を奏した。可愛いとニコニコ笑顔で連れ去られるサラダを見送り、ルカは独り、おひたしに向き直る。
「サラダ作っといて正解だった……」
いつも厨房を覗きに来るのは男性職員が多いのだが、今日は野菜料理だったため男性より女性の興味を引いたらしい。女性陣の方が試食を断るのに気を遣う。我ながらサラダを用意しておいたのはファインプレーだったと、自画自賛したルカだった。
「よし、今のうちに食べちゃおう」
サラダの集客効果がなくならないうちにと、ルカはほうれん草ときのこのおひたしを頬張った。ひたすら美味しい。無限に食べられる。やっぱりおひたしは、ほうれん草が一番だ。だが思いつきで入れてみた、きのこのコリコリした食感もなかなか。
ルカが味わっていると、廊下を女性の声が近づいてきた。慌てて最後の一口を口に放り込んだルカ。ケチと言われようと、これだけは誰にも譲れなかった。




