21 トローリ半熟親子丼
16パックのうちの1つを刺身に使い、1つをアランに渡して残りの醤油は14パック。5人に2つずつ分けて、端数は全てケイが保管することになった。ケイの醤油への貢献度と、ケイならば誘惑に負けて醤油を無計画に使うことはないだろうとの信頼からだ。それに他のメンバーに保管を任せると、毎朝ケイが増やした醤油パックを渡す手間がかかる。それならば一括でケイにお任せしようと、全員の意見の一致をみたのだった。
異世界で和食を食べる会で使う分はともかく、自分で好きに使っていい2パックの使い道について、ルカは悩んでいた。たった10mlの醤油で作れる物は限られる。卵かけご飯か、コロッケにでも付けて食べるか。バニラアイスに掛けるのも、個人的には有りだと思う。目玉焼きは塩コショウ派なので除外だ。
ユウキ達と相談しようにも、皆は休むこと無く隣国にUターンしてしまった。ユウキの強い希望で、エリクサーを落とすエンシェントスライムを狩りに行ったのだ。ユウキはケイにまたエリクサーをガブ飲みさせる魂胆だ。こうと決めたユウキに逆らうのは至難の業で、ソウマとマリナの控え目な後押しもあり、ケイはぶつくさ文句を言いながら引き摺られていった。
ルカが独り悩んでいるうちに数日が過ぎてゆき、アランに護身術を習う日になった。アランと会うのは刺身を醤油で食べた日以来だ。
護身術といっても非力なルカに出来ることは限られている。だからアランが教えてくれるのは人体の急所や、身近にある物を武器にする方法、そして相手が怯んだ隙に逃げることだったりする。逃げ足の速さは立派な武器だ。ルカはそれすら装備していないので、ひたすら走らされることもある。今日がその日だった。
夏に向かって少しずつ日が長くなっていて、仕事が終わってからの特訓が1時間を超えてもまだ空は茜色だ。長い影を引き摺ってルカはヨタヨタと走った。アランに指導を受ける前よりはマシになっている、だが運動音痴が少々努力したところで、アスリートになるには程遠い。終了する頃には疲れてヨレヨレ、ヘトヘトの汗まみれになっていた。
「よく頑張りましたね。初めの頃より格段に動けるようになっていますよ。そんなルカさんに、私からご褒美をあげましょう!」
地べたでへしゃげていたルカの目の前に、アランの手が差し出される。その手のひらには最近の悩みの種、醤油パックが──5つ!?
「え、これ、何で?」
「実は仲間の賢者が複製魔法を使えるようになりまして。私が貰ったのを増やしてもらったんですよ」
「アラン先生の仲間って、賢者ヒューバート!」
偉大なる賢者の名前に興奮するルカに、アランが苦笑する。何でも賢者ヒューバートは複製魔法の魔法書を手に入れたものの、魔法契約をせず放置していたらしい。姿が変わったら嫌だから、というのがその理由だった。人としての尊厳を失うと言わしめる複製魔法の、ある意味風評被害だ。
それがこの度ケイが契約に成功したことを知らせると、外見に変化が無いのならとあっさり契約したのだそうだ。どれだけ自分の見た目が好きなのか。
いや、今大事なのはそこじゃない。
「これだけあれば、何か作れませんか?」
「出来ます!」
ちょうどお腹も減っていることだし、作るならガッツリ食べられる物が良い。疲れているので調理時間は短く簡単なもの。それならば丼物が最適だ。
「親子丼を作ります!アラン先生も食べますよね?」
「もちろんご相伴に預かりたいですねえ」
材料はシンプルに、鶏肉と鶏卵、玉ねぎだ。ご飯は炊くのに時間が掛かるので食事処で調達し、三つ葉は無いので割愛する。調味料も最低限、醤油と砂糖、マリナに分けてもらった昆布出汁もどきのストックを使う。異空間収納が時間停止機能付きだと本当に便利だ。異世界転移チートスキル様々である。
鶏肉は削ぎ切り、玉ねぎは薄切り。鶏卵は軽く、切るように混ぜておく。鍋に調味料を入れて沸騰させてから、鶏肉と玉ねぎを加えて火を通す。鶏肉に火が通ったら、溶き卵を2度に分けて入れる。
「あ、アラン先生は生卵食べられますか?」
「はい、平気ですよ」
「じゃあ、たまごが半熟になるようにしますね」
溶き卵を2度に分けて入れるのは、初めに入れたたまごは火を通してふんわり、2度目に入れたたまごはトロリと半熟にするためだ。ただ、こちらの世界ではたまごにはキッチリ火を通すのが普通なので、確認が必要なのだ。
ちなみに生卵を食べる時には買物する時点でも注意が必要だ。生食出来るよう生産日を書いている店もあるが、日本のように洗浄殺菌までしているところは滅多にない。なのでルカは、必ず鑑定して新鮮な卵を選んだ上で、浄化魔法を掛けてもらっている。サルモネラ菌が怖いので。
今日使うのは以前マリナに浄化してもらった鶏卵だ。これも目玉焼き用にストックしていたのを、アイテムボックスから出してきた。ルカは目玉焼きも半熟派だ。
2度目の溶き卵を入れたら火を止めて、蓋をしてしばらく置く。その間に器にご飯をよそっておき、余熱でトローリ半熟に仕上がった親子丼の具を乗せて出来上がりだ。
「うん、美味しい!」
「美味しいです、ルカさん!ご飯にタレとたまごが絡まって、素晴らしいハーモニーを奏でていますよ!」
アランの口にも合ったようで何よりだ。ルカは大口を開けてもりもり食べた。女子力とは無縁だし、何よりお腹が空いて目が回りそうだったので。




