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20 刺身には醤油

 円卓に置かれた大皿の脇、ちんまりとした小皿に入った念願の醤油。長かった、ここまで本当に長かった。


「皆、準備は良いね?」


 小皿を囲んだルカ達の手には、この日のために特別に作ってもらった箸が握られ、それぞれ好きな刺身が挟まれている。それらの刺身の端っこは小皿の醤油に浸されていて、醤油を吸って赤褐色に色づき、口に入れられるのを今か今かと待っている。


「じゃあ、せーの」

「「「「「いただきます!」」」」」


 一斉に持ち上げられ、慎重に口に運ばれる刺身達。懐かしい香りが鼻腔に届き、舌の上に乗せた刺身からは塩味の奥の旨味と甘味が広がってゆく。約1年振りの故郷の味。日本の伝統の味。


「んー!お醤油、お醤油だよー!」


 早々と飲み込んだらしいユウキが、次に手を延ばそうとしてペチリとマリナに叩かれる。


「駄目ですよ、皆平等にしないと」

「そうだよ、まだルカ達が食べてるから」


 ソウマもごくんと飲み込んで、ユウキを抑えに回る。ルカはもったいなくて、口の中の白身魚をなかなか飲み込めなかった。ケイもゆっくりと咀嚼しながら、感極まった表情で味わっている。


「えー、でも無くなってもケイがまた増やしてくれるよね?」

「お前な、さっきまでの俺の苦労を見てなかったのかよ!クソ、ユウキのせいで飲み込んじゃったじゃないか!」

「何でアタシのせいなの!?」

「お前がアホな事言うからだ!」

 

 ユウキを叱り飛ばすケイに、ソウマ達がウンウンと相槌を打つ。味方を求めて仲間達を見回すユウキから、ルカはそっと視線を外した。


 ケイが複製(ダブルの)魔法を習得し、これで醤油を量産出来ると喜んだのも束の間、そうは問屋が卸さなかった。ユウキが異空間収納(アイテムボックス)から出した醤油パックを、2つに増やしたまでは順調だったのだが。


「あ、あれ?ダブルの魔法が発動しない」


 2つに増やした醤油パックを手に、ケイが首を傾げたところから雲行きが怪しくなった。


「2つを一度に倍には出来ないんじゃなかった?」

「ああそうか、1つずつでないと駄目なんだっけ」

 

 ソウマに指摘され、醤油パックを1つだけ手にしたケイが小さく呪文を唱えた。が、何も起こらなかった。


「おかしいな……あれ?魔力が殆ど無くなってる」

「えっ、ケイが魔力切れですか?」


 マリナが驚いて、お淑やかな彼女には珍しく声を張り上げた。ケイの最大魔力量は確か4桁だ。常人なら1桁、2桁あれば魔法職の素質ありと見込まれ、上級魔法職でやっと3桁という魔力量が一般的なこの世界で、ケイの1000を超える魔力量は桁外れだ。そのケイの膨大な魔力がほぼ空になるなんてと、同じく聖女として甚大な魔力量を誇るマリナには、驚愕の事実だったようだ。


「こんなの初めてだ。ダブルの魔法の消費魔力が多いのか?」


 ケイはアイテムボックスから魔力回復薬を出して飲み干すと、もう一度複製魔法を試した。だがそれでも魔力が足りず、また魔力回復薬を飲み、また発動せず、再度魔力回復薬を飲んでと繰り返し。


「うわ、ダブルの魔法の消費魔力がえげつない……」

「え、いくつなの?」

「きっかり1000ポイント」


 という、厳しい現実が待ち受けていたのだった。


「うーん、醤油パック1つに1000ポイントかー」


 ケイが頭を抱え、ソウマとマリナが揃って難しい顔になった。ユウキだけは楽観的で、何が問題なの?とでも言いたげにキョトンとしていたが。ルカには冒険中のことはよく分からないので、素直に思ったことを口にしてみた。


「ねえ、ケイの最大魔力量は?」

「2000ちょっと」

「魔力って一晩休めば全回復するんだよね?毎朝醤油パックを1つ増やして、残りの魔力で仕事は出来ないの?」

「そうだなー、それが一番現実的かもな」


 ユウキ達のパーティーはバランスが取れているが、攻撃魔法はケイ頼みだ。ユウキの雷撃魔法はフィールドならば威力を発揮するが、ダンジョンだと使えなかったり威力が半減する。ケイの魔力を全て醤油に使うと物理攻撃の効かない魔物に遭遇した時に厳しい。


 魔力の半分を醤油に回すという案に、ソウマ達も賛成のようだった。だがユウキだけが納得がいかないと駄々をこねた。


「え、それだと時間掛かるじゃん!魔力回復薬飲んでガンガン増やそうよ!」

「アホか、俺の魔力を全回復出来るのはエリクサーくらいなんだよ!醤油のためにエリクサー使えってのか?」

「エリクサー……3つくらいあったよね!」

「緊急用に取ってあるんだよ!」


 くだらない争いと言ってはいけない。やっと醤油が使えると思っていたところに、急ブレーキが掛けられたのだから。ユウキの気持ちも分かるし、ケイの主張も尤もだった。感情論と正論が真っ向から対立するのはよくあることだ。

 双方譲らず睨み合っていたところに、割り込んだのはアランだった。黙って成り行きを見守っていたアランが介入し、ことを収めたのだった。


「あのー、エリクサーなら私が持っているのを差し上げますよ。その代わり、増やした醤油を1つ、譲って頂けませんか?あとケイ君、是非研究に協力を」

 

 こうしてアランが提供してくれたエリクサーで魔力を回復しながら、ケイが醤油パックを増やしていった。円卓に計16個の醤油パックが並ぶ頃には、ケイはエリクサーの飲み過ぎで膨れた腹を抱え、吐き気を堪えて蹲っていた。


「もう、当分エリクサーは飲みたくない……だから頼むから、醤油を大切にしてくれ」


 ケイの切実な訴えに、ルカは同情を禁じ得なかった。

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