迷子のボールペン:参
「結論から言おう。もここ、お前は塾から借りたボールペンを持っているな? それもポッキーのボールペンをだ」
「「はい?」」
琴葉と泡子が怪訝な顔をする。そう眉根を寄せられると話しにくい。
いいか、と俺は補足を入れた。
「塾のボールペンってのは先生だけじゃなく生徒だって借りれるんだ。お金が発生するわけじゃあるまいし」
「そんなのわかってますよ! わたしたちが言いたいのはどうしてポッキーのボールペンを持ってるかって話です」
ひょっとしてこいつ、まだわかってないのか?
……という俺の考えが伝わったらしく、頬を膨らませてポカポカと実力行使に躍り出る琴葉。一撃一撃が非常に重い……。
グロテスクになりつつも、ここは一つ丁寧な解説をおこなう。
「そもそも、ボールペンのデザインにポッキーが採用されたのはなんでだと思う」
「おいしそうだから」
「……おいしそうだから」
「……恥ずかしながら」
満場一致だった。
「あのな、世の中の学生がみんな腹ペコだと思うなよ」
「もう、じゃあ何だって言うんですか!」
「願掛けだよ、願掛け」
単純明快だった。
有名なやつだと、あれだろうか。
「志望校合格を祈願してキットカットを食べるやつがいるだろう」
「ああ、きっと勝つ――合格とかけてるんですよね」
「そう、ポッキーも同じ原理だ。反対から読むと……』
「キッポ……きっぽ…………ああ! もしかして『吉報』ですか!」
良い知らせ。
受験合格。
それがポッキーのボールペンに込められた願いだ。
「話を戻すぞ。俺の推察だと、塾には捨てられたボールペンの他にポッキーのボールペンもあった」
「……どうしてそんな異質なものが……」
泡子が至極まっとうな感想をこぼす。
が、これもよくよく考えてみれば原理にかなっている。
「塾を卒業した生徒が置いていったんだろうさ。これを使って他の人にも『合格』してほしいって」
「…………あ、あ」
もここの様子に変化が訪れた。
両手を震わせて、何かに耐えているようだ。
琴葉と泡子が両脇によって覗きこむ。
「もここ……?」
「……大丈夫?」
「私……私、やっぱりダメな子だ。それだけ大切なものを返す勇気もなくて……私、一体何をしてるんだろう!」
ぽろぽろと大粒の涙が指をすり抜けてこぼれ落ちていく。
嗚咽の頻度も少しずつ増した。
遠くから声をかけまいか店員が戸惑っていたが、俺は目くばせをして不要だと伝える。
彼女なら心配いらない。
抑え込まれていた感情が一気に押し寄せた。
「最初は少しだけ借りるつもりだった。塾長も先生も忙しそうだったし、ペンを借りるくらいならいいかなって。他のペンは全然インクが出なかったし、唯一使えたのがポッキーのボールペンだった」
「……はい」
「だけど、問題を解いてみたらまったく上手くいかなくて。必死になって取り組んでたら、その日のうちに返すのを忘れてた。一日くらいなら許される、家で気づいたときはそう思ってたけど……時間が経つごとに返すのが怖くなって……」
「……わかる。勝手に借りてたなら、なおさら言い出せなかったはず」
琴葉だからこそ、もここの話を柔らかに受け止められる。
泡子だからこそ、もここの真面目で人見知りな気持ちを理解できる。
まるで最初から三人で一つになるよう仕組まれていたかのような奇跡。俺は心底羨ましいと思った。決して本人たちには言わないけれど。
「ボールペンが盗まれたって騒ぎになった時は顔から血の気が引いた。無くなったボールペンのうち一本は私が持っていたから。いつ私が持っているのがばれるか、不安で不安でしょうがなかった」
「無くなったボールペンのうち一本でも持っていればその他の所在も問い詰められるだろうからな。だから早く事件の真相を知りたかった」
「……全部、その通りだよ。卑怯者の私は勇気がないからみんなを利用した。こんな最低な人間と友達でいたいなんて思わないよね、普通…………うぐっ、ひぐっ、友達でいないなんて思わないよね……っ」
彼女の言葉の裏には覚悟が込められているのだろうとこの場の全員が悟ったと思う。
友達、辞めますか?
などと。
愚問だ。
なんてくだらない質問なんだと思う。
答える価値もない。
「これは俺の勝手な見解だ。だから聞く耳を持たなくてもいい」
「…………」
「塾長が大騒ぎしたのはボールペンが盗まれたと思ったからじゃなくて、卒業生から預かった大切なボールペンが無くなったからだ」
一年間、いやそれ以上足並みをそろえて勝ち取った受験合格。それはそれは、塾長にとっても、生徒にとっても大切なボールペンだったに違いない。
「……っ! それじゃあ私、なおさら最低だ‼」
「そうじゃない。お前の頑張りが大切なボールペンを守ったんだよ」
「…………え?」
何を言っているか、さっぱりわからない。
そんな顔をしている。
わかりきったことだろうに。
「もここがボールペンを借りたのは勉強をするためだろう? きっと今週末の英検対策でもしてたんだな」
「それは、そうだけど……」
「もしお前が勉強をしていなかったらどうだ? ポッキーのボールペンまで捨てられていたかもしれない」
「詭弁だよ」
「そうだ、詭弁かもしれない。でも、そのボールペンはたしかに残ってるじゃないか」
「そうですね、佑哉君の言う通りですよ」
「……大いに同意」
「お前の頑張りが過去の想いを紡いだ。そうやって、次はお前が誰かの背中を押すことになるんだろうよ」
「私が……誰かの背中を」
かばんから取り出した、筆箱。
そこから少し傷付いたボールペンが顔をのぞかせる。
小さな手の震えが、しだいに弱まった。
「…………わたし」
俺の出番はここまで。
あとはもう、言うまでもない。
我らが部長の登場だ。
「もここはさっき私たちを利用したって言いましたよね? 私には勇気がないからって」
「……うん、そうだよ」
「どうしてそう思うんですか?」
「だって、そうでしょ? 事件の真相を知るために琴葉ちゃんたちに相談をして……」
「勇気、あるじゃないですか」
今度こそ、もここの時が止まった。
見ているこっちは、なんだかくすぐった気分だ。いつも俺たちをなだめてくれる母性の人が、新しい世界を知った幼児のような顔をしているのだから。
琴葉はたしかな言葉を紡ぐ。
「もここには勇気があります。わたしたちに相談を持ち掛けるのだって勇気が必要ですし、ボールペンを返そうと考えるのも、やっぱり勇気がいります」
「琴葉ちゃん……」
「もここは自分にもっと自信を持つべきです。私たちが言うんですよ、間違いないです」
「……うんっ」
「それに――――」
琴葉はそこで言葉を区切った。
俺たちに目くばせをする。
悪戯をたくらむ無邪気な子供のような笑みを浮かべて。
「もここには、わたしたちを信じてくれる勇気がありますから!」
*
それからしばらくの月日が流れて。
鍵を開けると、部室には誰もいなかった。
まあ、施錠されていた時点で当然だが。
どうせお菓子の買い出しにでも行っているのだろう。
椅子に座ろうとしたところで、ふと机の上に目がいった。
置かれてあるのはA4のプリント用紙。
思わず頬がゆるむ。
「……おめでとう」
プリントそばで、おいしそうな鉛筆が四つ仲良く並んでいる。




