2
この日は午後から数軒の薬局を回る予定でいた。だから、午前中は今までの報告書のまとめや、注文書などを作成し、チェックしていた。商品開発部からメールが来ていた。新商品のサンプルを取りに来てほしいとのこと。
新商品ときいてぐっと体温があがる。思い当たる商品があった。やっと出来上がったんだ。他の営業マンたちも同じメールを受け取っているはずだ。周囲を見渡すが、皆、電話やパソコン画面とにらめっこしていた。誰も動こうとしなかった。ここで出しゃばって、目立ちたくない。誰かが行ってくれるまで待とうかという迷いもあった。
けど、・・・・じっとしていられなかった。早く商品を見たいからだ。しかし、商品開発部という場所はいわば私の古巣。いろいろなことがあったところ。二の足を踏む思いもある。けど、待ちきれなかった。
しかたがないと、意を決して立ち上がる。
「商品開発部にサンプルを取りに行ってきます」
そう、小声でその辺の人に声をかけて部屋を出ていた。すたすたと歩き、廊下の突き当りにある商品開発部の前に立つ。ここを訪れるのは二か月ぶりくらい。懐かしくもあり、まだ苦い思い出もある。
大きな息をして、控えめなノックをして入室した。それほど広くない室内を見渡す。各机にそれぞれパソコンが並んでいるが、そこには若手の男性社員一人だけしかいなかった。
知った顔がないことに安堵していた。この男性社員が、私の代りに入った人だろう。
彼は見入っていたパソコンの画面から顔をあげ、訝し気な目でこっちを見る。他の人たちは会議中なのかもしれない。顔見知りがいたら、ご無沙汰していた挨拶と今の営業部でのことを近況報告したり、訊ねられたことを答えなければならない。だから心底ほっとした。
「営業部の者です。メールをいただきまして、ローションのサンプルを取りにまいりました」
そう言うと男性社員がああ、なるほどとつぶやいた。
留守を任されている責任もあり、まだ慣れない仕事に緊張している様子がうかがえた。首から下がっている社員のネームタグを見た。太田篤史と書かれていた。真面目でちょっと神経質な人という印象を持った。