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今も食卓の上に山盛りになっているから揚げをひょいとつまんで口に入れる。外側がカリッとしていて中からジューシーな汁が口の中に広がった。ガーリックがきいていておいしい。
さらに空腹を感じたからもう一個と手を伸ばすと「こら~っ郁ちゃん。先に手を洗いなさい」と言われた。
こういうことも嬉し、楽しいということでニマニマしながら洗面所へ駈け込んだ。何よりも幸せを感じるのは美佐穂と向かい合って食事をすること。料理もおいしいが、美佐穂と一緒にいる雰囲気というか、その空間が好きなのだ。
手を洗ってくると美佐穂はにっこり笑い、座って待っていた。白い湯気のたつご飯を差し出してくれた。いただきます、と言って箸を手にする。
やはりから揚げだ。取り皿に2個。そしてもう一つを箸でつかみ、噛みしめる。サクサク、じゅわーと肉汁が出てきた。うまい。
「今日買い物に出掛けたらお隣さんと一緒になって、うん、右隣の人。すっごくかわいい奥さん。今夜のメニューをきかれたから、とっさに頭に浮かんだのがから揚げ。そう言ったらね、じゃあ、うちもそうするって。だから今頃向こうもから揚げを食べてるの。楽しいでしょ。新婚さんで毎日の夕食どうするか、いつも悩んでるって」
隣に誰が住んでいるかなんて、今まで気にしたこともなかった。そんなふうにその日にあったことを話してくれる。改めて右側の壁に視線を向けた。
「このアパートの裏にご婦人が一人で住んでるの。大きな庭があってね、福井さんっていうお婆ちゃんなんだけど、こんにちは、って声をかけたらあちらもにっこり。それですごく話がはずんで楽しかった。庭に咲いていたアナベルを一輪切ってくれたの」
アナベルってなんだろうと思い、パソコンデスクに目を向けた。今朝まではこの部屋になかった物。
小さな瓶に飾られている転げ落ちそうな白い見事なアジサイだった。
「きれいでしょ。一輪一輪がすっごくかわいいの。ずっとこのテーブルに置いて眺めていたんだけど、食事中はあっちへ移動させてもらった」
それでね、と美佐穂の話はまだ続く。
何年も住んでいたアパートなのに私の知らないことばかりだった。隣の人の顔ですら思い出せない。ましてや裏に住む人なんてその存在ですら考えたことなんかなかった。
今までの私の生活は一人舞台のドールハウス。いつもの一人の食事は五分くらいで終わることが多い。淡々と食べ、胃におさめる。そういうものだと思っていた。
美佐穂が来たとたん、周囲に人が現れ、声が聴こえるようになった。
美佐穂の話をききながらご飯を食べる、話に気を取られて味噌汁を口に運ぶ、アチチなんてことになると話題が変わったりする。これが食事を楽しむということだと実感できた。




