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そしてARIMAへ入社して最初の七月がやってきた。その一日が私の誕生日。
経理課から誕生日のカードが届いた。社内ではその月の誕生日の人、全員にカードが配られるらしい。その日、私と同じカードを手にしている人をみた。それは大槻係長だった。向こうも私のカードに気づいた。
「あ、係長も今月が誕生日ですか」
「鹿島くんも七月生まれか」
「はい、実は今日なんです」
係長の目が見開く。
「へえ、一日か。僕は明日、二日」
他の研究員たちがそれを聞いて大拍手をしてくれた。
「お誕生日おめでとうございます」と一斉に言われる。
「十年近く年がはなれてるけどね」なんて茶化しもはいった。
誕生日カードと一緒に、この近くの喫茶店のギフトカードが入っていた。おそらく係長のとは金額が違うだろうが、ありがたかった。係長はなにげなくそのギフトカードを私に差し出した。
「僕はあそこへは行かないからあげるよ」と。
遠慮して返そうと思ったが、もう係長は背中を見せていた。その背中にありがとうございますとつぶやいた。
その日、私はいつものように退社しようとした。
「お先に失礼します」
そう皆に挨拶をしてドアに向かおうとした。
「あ、鹿島くんちょっといいかな」
そう呼び止められた。私は仕事に不備でもあったのかとすぐさま振り向いた。
「明日、予定がなかったらつきあわないか」
まさか係長から仕事以外のことを切り出されるとは思ってもみなかったから、ぽかんとしていた。
「なにをでしょう。研究とかでしたら私はちょっと無理かと思います。お茶くみならなんとか参加できますけど」
かなりへんてこな返事だったらしい。研究員たちがどっと笑う。
「違うよ。係長は明日の夜の予定をきいているんだ。誕生日のお祝いにおごってくれるってこと」とそのうちの一人が教えてくれた。
「あ、そういう意味だったんですか。私はてっきり残業かなんかにつきあえって言われているんだと思いました」
「よっ、天然」というヤジが飛ぶ。
「誕生日の今日は家族とか大事な人と過ごすだろうから、明日なら一緒にメシでもって思ってね」
家族、大事な人、そんな人はいない。そう、誕生日っていうと皆がそんな発想をする。もう私には家族なんて関係ない。そう思うと顔がくもりはじめる。
きっぱりと言った。
「別に私はなんの予定もありません」
予想以上に激しい言い方だったらしい。皆が黙った。係長はその言葉の意味をちょっと考えているようだ。
「わざわざ誕生日を一緒に過ごすっていう大事な人なんていないんです」
今度はちょっと言い訳がましい口調で言った。
しらけたムードになっていた。恥ずかしかった。こんなところで自分は独りぼっちだと公表している。誕生日を一緒に祝ってくれる人がいない。それは人として信用を損ねてしまうかもしれないとさえ思った。嘘でも今日は約束があると言った方がよかったのか。そう思っても後の祭りだ。でも、別にいまさら周囲に着飾った自分を見てもらおうとも思っていない。そんな嘘はいつかはばれる。
けど恥ずかしくてクルリと背を向けた。カバンを握り直した。帰ろう。明日でもかまわない。今日が誕生日だって関係ない。また同じ日が続くだけ。
「あ、待って。じゃあ、これから行かないか? 君たちもつきあうだろう」
私の脚が止まった。振り返ると研究員の小林と吉岡が小躍りしていた。
「僕たち、今日の方が都合がいいんですよ」なんて言っている。
係長は私の目を真っ直ぐに見ていた。
「私もですか?」
「あたりまえだよ。誰の誕生日だと思ってんの」
小林がからかうように言った。
私達はぞろぞろと並んで歩き、そのまま駅前のイタリアレストランへ入った。行きたい店を私が選んでいいと言われたから。和食の店だと高いイメージがある。そうかといって居酒屋も賑やかすぎて落ち着かないだろう。入社してから駅から会社まで歩く時、いつもこの店の前を通り過ぎた。素敵な店だと思っていた。でも一人で入る勇気がなかった。今やっとその場所に来ることができた。そこでパスタと子牛のステーキをご馳走になった。
その時が初めて係長と出かけた記念日とも言える。それから毎年、私たちは誕生日に外でご飯を食べることになる。




