第一章 シャインソール王国 5<後編> 第一章【終】
ダグとキャサリンは、漸く、村の集会場に到着した。ダグの家から数百メートルしかない距離だが、いつもの何倍も時間が掛っていた。二人を見つけたマイケルが駆け寄ってきた。
「おいおい、何やってたんだよ。もう、集会は、始まってるぞ」
「すまん、すまん。ちょっと、野暮用を片付けていたら時間が掛ってさ」
「村祭りの集まりだぞ。お前にとって村祭りより大事な用で何なんだよ」
「なっ、何って・・・」
そう言って、ダグはキャサリの方を振り返り、キャサリンと目が合うと、二人とも顔が赤くなった。
「えっ、何だ、その思わせぶりな態度は」
マイケルは、二人のことを交互に見ながら、やがて、ニヤついた顔でしゃべり始めた。
「ほう、お二人さん。何かあったな」
そう言われて、ダグは、慌てて否定した。
「なっ、何もないよ。ある訳ないじゃないか」
そんなことは、最初から聞く気がないマイケルは、突然、ダグに飛び掛かり、首に自分の右腕を回して抑え込み、更に問い質した。
「まだ、とぼける気か、白状しろ」
そう言って、マイケルは、首に回した腕に力を込めた。やがて、観念したダグが、降参して喋り出した。
「分かった、分かった、言うから話せよ、マイケル」
「そうか、漸く、観念したか」
そう言って、マイケルは、ダグのことを開放した。
解放されたダグは、キャサリンの方を振り向き、目で合図を送った。それを受け、キャサリンは、黙って頷いた。
そのキャサリンの姿を見て、ダグも話す決心を固めた。しかし、いざ、話そうと思うと、やはり、どこか、恥ずかしい思いが拭い去れず、その場で、指先を動かして、落ち着きがなく、 大きな身体を小刻みに揺らして、挙動不審者のようになってしまった。
キャサリンは、そんなダグのもとに近づいて、左側に立ち、何も言わず、そっと自分の右手でダグの左手を掴んだ。そして、握った右手に力を込めた。「大丈夫よ」、そう気持ちを込めてダグの左手を握りしめたのだ。
ダグは、最初、何が起こったか自覚できなかったが、左手に感じた思いで、我に返った。そして、自分の左側に視線を向けると、そこには、微笑かけてくれているキャサリンの瞳があった。
キャサリンの力で、現在の状況を確りと認識できたダグは、もう、迷うことなく、マイケルに二人のことを打ち明けた。
「俺、キャサリンにプロポーズしたんだ」
それを聞いても、マイケルは驚くことはなかった。
「お前が、キャサリンに惚れていることは、もう分かっているんだ。問題は、キャサリンの気持ちの方だよ。で、どうなんだ、彼女の気持ちは」
マイケルは、まるで自分のことのように、焦っていた。早く、答えを聞きたくてしょうがないのだ。まるで、生殺しのような時間が長く続いているようで、耐えられなかった。そこで、ダグを無視して、キャサリンに矛先を向けた。
「キャサリン、お前は、何て答えたんだ」
そう言われてキャサリンは、下を向いて、顔を赤くして、聞き取れないような声で答えた。
「・・・・って」
辺りが騒がしいこともあり、当然、聞こえないマイケルは、苛々して催促した。
「あぁっ、全然聞こえないぞ」
そう言われて、キャサリンは意を決して、顔を上げ、両目を固く瞑り、マイケルを怒鳴りつけた。
「『はい』って返事したわよ」
キャサリンの怒鳴り声に驚いたのか、辺りが静まり返った。
キャサリンは、恐る恐る目を開けた。最初は、ダグを探して目が合った。ダグも驚いたように固まっていた。次にマイケルを追い求めた。
マイケルは、口を開けて呆然としているようであった。失敗した、そうキャサリンが思ったと同時に、マイケルは、突然、弾けるように動き出した。
「ヒャホー、やったぜ」
集会場にいる皆に聞こえるように大声で、マイケルは叫び出した。
「ダグとキャサリンが婚約したぞ」
そう言って、ダグに飛び掛かり、押し倒した。大きな音と共に机や椅子がひっくり返り、二人は、その中に埋もれた。
大きな痛みで我に返ったダグは、ゆっくりと立ち上がった。すると、後ろに誰かの気配を感じ、振り向くと、両肩に激痛が走った。誰かが、自分の両肩を力一杯叩いた奴がいる。そう思い、痛みで瞑った目を凝らしてみると、そこに立っているのはマイケルだった。
「やったな、ダグ」
嬉しげな顔をしたマイケルが、今度は、ダグを抱き寄せた。そして力強く抱きしめた。ダグも答えるようにマイケルに「ありがとう」と言って、そっと手を肩口に回した。
その光景が合図であるかのように、集会場にいた全員が、ダグとキャサリンの置かれている状況を把握して騒ぎ出した。
「何、キャサリン、あなた、ダグと結婚するの」
「えぇーっ、キャサリンに先越されちゃったの」
「私もダグのこと好きだったのに」
「おめでとう」
「キャサリン、早まっちゃ駄目だ」
「キャサリン、不幸になるぞ」
「本当におめでとう、二人とも幸せになるんだぞ」
祝福する声に紛れて野次や嫉妬の声も聞こえてきたが、今の二人には全て門出を祝う声にしか聞こえなかった。
やがて、もみくちゃにされた二人が、お互いを見つけると、自然と引き合い、近づいていく。その姿を見た集会場にいる全ての人は、お喋りを止めて、唯、二人の姿に釘付けとなった。
二人は、見えない糸で操られているように、周りを気にすることなく、抱き合い、やがて、ゆっくりと唇を重ねた。
その光景を目の当たりにした人々は、再び、我を忘れて騒ぎ出した。
「熱いねぇ、お二人さん」
「いい加減にしてよ」
「続きは、どうした」
「早く、子供作れ」
等々、罵声が飛び交っていた。もはや、二人のことは、切っ掛けでしかなく、五日後に控えたお祭りが始まってしまったかのようである。
二人は、そんな状態の集会場をそっと抜け出した。集会場には、もう、二人の存在は必要としないので、誰からも咎められることなく、外に出られた。おそらく、今日は、もう、集会どころではないだろうな、とダグもキャサリンも思っていた。
ところが、ひとりだけ、二人のことを見咎めた者がいた。マイケルである。
「お二人さん、どこに行くんだい」
「マイケル、どこって言われてもなぁ。もう、あの調子じゃ、今日は話し合いにはならないだろう」
「まぁ、そうだろうな」
「今日は、色々あったから、キャサリンも疲れていると思うんだ。だから、早く、家に帰してあげようと思ってな」
「えっ、私なら大丈夫よ、ダグ」
「でも、昨日から色々あったから、少しでも早く、休んだ方が・・・」
ダグが言い終わらないうちに、キャサリンは強い口調で喋りだした。
「いや、私は、今日は、ダグと一緒にいたいの。ダグと一緒に」
ダグは、戸惑いながら、キャサリンと目が合うと、キャサリンの瞳の奥に強い意志を感じ取り、自分の感情を押し殺すことができなくなった。
「俺だって、今日は、キャサリと離れたくはない」
それを聞いていたマイケルは、二人にあてられ、呆れ声で言った。
「おうおう、続きは、二人きりになってからにしてくれ」
「あっ、すまん、マイケル、いたんだっけ」
「言ってくれるねぇ。愛する女の前では、親友なんて、そんな扱いか」
そう言われ、ダグは、両手を振り回し、マイケルに対して慌てて言い訳を始めた。
「ばっ、馬鹿野郎。そんな訳ないだろう、キャサリンとお前は、全く別もんだ。お前のことは、キャサリンに告白した今でも、全く変わることはない」
そこまで、一気に喋ると、一息ついて、落ち着きを取り戻し、真剣な眼差しをマイケルに向けた。マイケルも、その視線を真っ向から受け止めた。
「俺の生涯でただひとりの親友だよ、お前は。それは、これから先も変わることはない。頼むぜ、相棒」
「都合の良い言い方だな。まぁ、今日のところは勘弁してやるか、相棒」
そう言い合う二人のことを見つめていたキャサリンは、嬉しくなった。
「あぁーっ、私のライバルは、男になるわけ、浮気は許さないわよ、ダグ」
今度は、キャサリンに対して言い訳をしだしたダグである。
「なっ、何を言っているんだ。今の会話を聞いていただろう、キャサリン。マイケルとは親友であって、決して、そんな仲ではないんだって・・・」
ダグの真剣な姿が、かえって滑稽に感じて、キャサリンは、噴き出してしまった。
「アッハハハ・・・。そんなこと分かっているわよ」
キャサリンは、涙を拭きながら、笑いを堪えて、やっとのことで答えた。
「何だよ、人が真剣に悩んだっていうのに」
「お前は、昔から、そうなんだよ。何事も真剣に考え過ぎなんだよ。そんなんじゃ、これから先の人生、楽しめないぞ。そう、何ていうか、お前に必要なのは・・・」
そこまで言うと、マイケル自身も悩み始めてしまった。度忘れして、どうやら、言葉が思い浮かばないようである。それを見ていたキャサリンは、やっと治まった笑いから真剣な眼差しに代わってダグに言った。
「余裕よ。ダグ、貴方に足りないのは余裕。生き方に余裕がないのよ」
そう言われて、ダグは、真剣に悩みだした。
「余裕って言われてもな。どうすれば持てるか、分からないな。うむー」
それを受けてマイケルは、また、大笑いをした。
「お前は、本当に、からかい甲斐があるな。今の状態が、そうなんだよ。余裕がないと言われて、真剣に悩むこと自体が余裕がない証拠だよ」
「そうよ、ダグ。そうやって余裕がないことが、本当に心配だわ。私たちの結婚生活上手くいくのかしら」
そう言われ、不貞腐れたように、ダグは言い放った。
「だから、どうすれば余裕がもてるんだ。散々、ひとの事を馬鹿にしたんだから、お前らは、余裕があるんだよな。その持ち方を教えてくれませんか」
嫌味たっぷりに言われたが、キャサリンとダグは、口を揃えたように、同じ答えをしてきた。
「だから、それは余裕を持てば良いのよ。そうすれば、そんなに物事を真剣に考えなくてもすむわ」
「そ、その通りだよ。だから、さっきから言っているように余裕を持てば良いんだよ」
苦しい言い訳である。そんなことは、分かっているが、二人にも余裕が無いようで、全く答えが思い浮かばないのだ。
「はぁーっ、二人に聞いた俺が馬鹿だったな。今度、タイトさんにでも聞いてみるよ。あの人は、こういう問題には、強い人だから」
「そっ、そうだよ。俺は、分かってはいるんだよ。でも、俺はさぁ、あのー、口下手だから。その点、タイトさんは大丈夫。あの人は、本当に口達者だから」
「そうよ、タイトさんに聞きなさい。私は、分かっているから、大丈夫。分からないのは、貴方なんだから、確りと聞いてくるのよ。後で、ちゃんと理解しているか、聞きますからね」
なんだか、不毛な会話だ、と思いながらダグは二人の話を聞いていた。シャインソールは、本当に平和な王国なんだ、と改めて、ダグは考えさせられた。そして、この平和がいつまでも続くことを願って止まなかった。
今日と同じ明日が、来ることを信じて疑わないダグであった。




