第五章 魔王の真実 7-1 <前編>
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「私が、後ほど、お話しいたしますと言った二つの言葉を覚えておいででしょうか。ひとつは、心の隙間についてです。そして、もうひとつは、心の隙間に差し込む『魔』というものについてです。その『魔』という言葉について、今から、私の考えをお話します」
そう、タイトは話し始めた。
「先ずは、私の考えた『魔』の定義についてお話します。
魔とは、自分以外の人のことを一切考慮せず、自分の感情の赴くままに行動すること、これが、私の中の、魔の定義です。言い換えれば、自分のやりたいことをやって、結果的に他人を不幸にすること、とも言えます。だから、人は、『魔』を『悪』とし、魔を行動に移した者を『悪魔』と呼ぶのです。
次に、私が考える、人が魔王となるプロセスについて説明いたします。
人は、迷います。考えていけば、絶対に迷うのです。それが、人間であるといえます。その迷いが深く、長く続くと、人は、心に隙間を生じることになるのです。
迷いは、人それぞれです。親との葛藤や恋人を失ったことによる悲しみ、大きな目標を持つことにより、迷いは生じます。
迷いによって生じた隙間に入り込みやすいものが、魔なのです。それが、『魔が差す』という現象です。
そして、魔が差して、行動を起こすと、魔に酔うことになります。その状態が、『魔酔う(まよう)』ということなのです。
人は、魔酔うようになると、どんどん、酔いがまわり、やがて、どこからともなく、魔が差すのを待つことなく、自ら魔を追うことになるのです。その状態が、『魔追う(=魔王:まおう)』なのです。つまり、皆が、陛下に対して使っていた呼称、悪魔の王と同じ、『魔王』となるのです。
人は、迷って、迷って、迷い抜くと、その迷いの大きさに比例して大きな心の隙間が生まれます。そして、その隙間の大きさに比例した魔が差しこむことになるのです。
このときの迷いの大きさは、迷いの原因ではなく、その迷いを抱いている人間の感情に左右されます。だから、いくら他人が、その原因を追究して、同じ迷いの原因を持ったとしても、同じように迷うとは限りません。この点が重要なのです。
私が、何度も言っているように、他人を変えることはできないという事実が、ここでも言えるのです。その迷いの大きさが理解できない他人に、その人物を慰めることや元気づけることによって、その前の状態に戻すことなどできるはずがありません」
タイトは、ここまで一言、一言、噛み砕き、ゆっくりと話し、今までと同様に、全員に自分の力で考える時間を与えた。
皆、それぞれに、俯いたり、天井を見上げたり、目を瞑ったりして、物思いに耽った。 そして、頃合いを見計らい、タイトは、再び、自分の話の世界に、皆を引き戻した。
「今回の件は、大まかな計画を立て、実行に移したのは、アルテア王妃であることには、間違いありません。
しかし、王妃の思惑どおりに事が運んだかと言うと、そんなことはないのです。現に、エミリオ将軍の件は、アルテア王妃の計画には、最初から組み込まれていませんでした。
そして、クライス・ド・ソール六世陛下やダグ、キャサリン、ミランダも王妃の支配下にいた訳ではないのです。
先ほどから何度も述べているとおり、人の心を変えること、つまり、操ることなど、絶対に誰もできやしません。
仮に、もし、そのように見える動きを相手がしたとしても、それは、相手が、言われたことを納得して行動しているからです。つまり、言うとおりに行動したのではなく、考え抜いた末に得た結論が、偶然に一致したに過ぎないからです。
だから、陛下もダグも、死んでいったキャサリンもミランダも、自分自身で行動して、その結果を自ら得たことになります。
言い換えれば、良い結果も、悪い結果も、全て自分で考えて行動して得られたものなのです。だから、誰を責めることも、恨むこともできません。
もっと、正確に言えば、誰かの所為にしても、既に得られた結果は、変わりはしません。逆に、他人の所為にするという行為は、魔を追う行為であり、魔王になることになります。
責任を無理やり押し付けられる相手は、自覚がないために、まさに、迷うことになるのです。結果、相手は、不幸となり、魔酔うようになります。これが、他人のことを考えずに、自分の感情の赴くままに行動した結果なのです。
よく、考えてみてください。アルテア王妃は、自分の望まない結婚に悩み、ずっと、迷っていました。
六世陛下は、先代五世陛下からの仕打ちに、親としての愛情が感じられず、悩み迷っていました。
エミリオ将軍は・・・、アスリーンのことが忘れられず、ずっと、悩み迷っていました。
そして、ダグは、キャサリンの死の理由が分からず、悩み迷っていたのです。
やがて、迷いから、心に隙間ができ、そこに魔が差してきました。
六世陛下は、ミランダの死によって、エミリオ将軍は、幽霊騒動によって、ダグは、王妃の策略によって、そして、アルテア王妃は、六世陛下の態度によって、それぞれ、魔をもたらされたのです」
そこで、六世が、口を挟んできた。
「タイトよ、ちょっと待ってくれないか。余や、エミリオ将軍、ダグのことは、理解できるが、アルテアは、何故、私が魔をもたらしたことになるのだ」
「陛下、これも、あくまで私の考えですので、真実ではないことを承知していただいた上で、お話しいたします。
アルテア王妃は、クライス・ド・ソール六世陛下を心より愛したかったのです。よく、お考えください。全く、見ず知らずの土地で、見ず知らずの人を夫としなくてはならなかったのが、アルテア王妃です。そんな、王妃が頼れるのは、夫となる陛下しかいなかったはずです。
その陛下が、自分との間に世継ぎを設けようとしない、その事実が、王妃を悩ませたのです。そして、やがて、迷いに迷った結果、魔が差し、魔に酔って、魔追うことになったと私は考えます」
「否、タイト。お前も、今、言っていたではないか。見ず知らずの人間である余を頼ることなどありえん。アルテアは、結婚自体を迷っていたに違いない」
「いいですか、陛下。私は、自分の考えを述べているに過ぎません。
よって、陛下の意見を否定する気もありません。ただし、私の考えを補足する意味で、答えさせていただきます。
確かに、結婚以前は、陛下と王妃は、見ず知らずの他人です。しかし、結婚後は、見ず知らずであるはずは、いいえ、見ず知らずではいられません。夫婦となり、お互いのことを知ったはずです。少なくても、お顔だけは、お互いに拝見したはずなのです。
その時点で他人ではありません。顔見知りになった時点で、その人との間には、人間関係が構築されています。だから、アルテア王妃は陛下を頼ろうとしたのです。この国で、最も強い夫婦という関係を結んだ陛下を信じて。
もし、陛下が、アルテア王妃を受け入れ、子を設けようと接してきたなら、アルテア王妃は、心の隙間を、陛下、貴方との幸せな暮らしで埋めることができたはずです。そんな王妃の心に魔が差しこむ隙間など存在はしません」
そこまで、言われても、なお、六世は納得できず、タイトに噛みついた。
「しかし、その件に関しては、余だけの責任になるのか。アルテアには、全く非がないと言うのか」
「陛下、私は、そのようなことは言っておりません。
先ほども言ったように、他人の所為にしても、何も変わらないのです。そのような行為に意味がないと言っているのです。
責任を押し付けられた者は、魔酔い、やがて、魔王になります。そして、責任を押し付けた時点で、その者は、自ら魔を追っており、既に魔王となっているのです。
責任を押し付けた方も、責任を押し付けられた方も、どちらも魔王となり、どちらも悪いことになります。
これで、ご理解いただけますか、陛下。陛下が先ほどから言わんとしていることは、責任の所在ではなく、陛下自身の納得のいく、答えをくれ、と私に言っているように思われます。
いいですか、陛下。何度も言いますが、例え、私が、どのような答えを陛下に与えても、陛下が本当に納得することは、ありえません。
陛下が納得するために必要なことは、他人から答えを得ることではなく、自分で答えを見つけることなのです。
そして、自分で答えを見つけるために必要なことは、必要なデータを自分で探し出すこと、つまり、他人とのコミュニケーションによって、掴み取ることなのです」
「タイト、お前は、余に、国王である余に、自ら努力せよと、そう申しているのか。たかだが、一兵卒であるお前は、余に、父である五世からも言われたことのない、国王自ら国民にお伺いを立て、頭を下げる努力をしろと、そう申すか」
「陛下、ご明察でございます。それも、陛下が、直ぐにでも、その努力をしなくてはならない相手は、アルテア様なのです。
他の皆様も同じです。他人に答えを求めることに意味はありません。何故、確りと、迷いの原因である人物とコミュニケーションを取らないのですか。
エミリオ将軍、貴方は・・・、我妻アスリーンと、そして私と直接コミュニケーションを取れば良かったのです。
そして、ダグ、君は、恐れることなく、最初の時点で、国王であるクライス・ド・ソール六世陛下と直接コミュニケーションを取ればよかったんだ。私が、この前、止めたのは、既に君の心に陛下に対する憎しみが芽生えていたからなんだよ。不信感しかない相手とはコミュニケーションなど取れはしないからね。
気持ちの分からない女性が、そんなに面倒臭いですか、愛する女性から本音を聞くことが、そんなに怖いことなのですか、嫌いな人と口を聞くことが、そんなに嫌なことですか、権力が、そんなに恐ろしいものなんですか。
その結果、いったい何人の人の命が失われたのですか。
その人たちにも、何かしらの原因があったかもしれません。それでも、人が他人を変えられない以上、人が他人を裁く権利はありません。況してや、他人の命を断つ権利など、どこの誰も絶対に持つことはできないのです。
当たり前です。他人の考えを変えられない以上、裁かれる理由が、裁かれる側の心中では絶対に成立しないからです。つまり、裁く側の一方的な正義を押し付けているに過ぎません。
万人に共通する正義以外で人を裁くことは許されないのです。そして、何度も言いますが、他人の考えを変えることができるのは自分自身だけです。故に、自分を裁くことができるのも自分自身だけなのです」
タイトは、ゆっくりとだが、言葉に力を込めて喋っていた。
「だから、人は、我慢をするのです。我慢とは、他人に対する厳しさではなく、自分自身に対する厳しさの表れです。
他人が、自分を裁けない以上、自分に厳しく接することができるのは、自分自身だけです。逆に、他人に厳しく接することは、嫌がらせにしかなりません。
何故なら、他人の気持ちを覗き見ることができない以上、厳しくされた側は、その厳しさの理由が理解できないからです。
自分に厳しく接することで生まれる我慢こそ、魔を退ける方法です。魔が差しこまない以上、魔酔うこともありません。魔酔うことが、なければ、魔を追うこともなく、魔王になることはないのです。つまり、人であり続けるためには、我慢をすることです。自分に厳しく接し続けることです」
そこまで聞くと、六世とエミリオ、そしてダグの三人は、それぞれ、何かを、心の中で決心したような強い表情となっていた。




