↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
31/33

第五章 魔王の真実 7-2 <後編>


 六世たちの様子を見て、タイトは、悲しい顔つきになった。そして、タイトは、自分自身のことを、自分で如何(どう)思っているのかを全員に吐露する決心をして、再び話し始めた。


「最後に、皆様に聞いて欲しいことがあります。それは、私自身のことです。私が、自分のことを如何考えているかを聞いていただきたいと思います。

 私は、世界最悪の魔王です。何故ならば、普通は、先ほども述べたように、魔王になるプロセスには、魔が差すことによって魔酔い、次に、魔酔うことによって魔を追う。そして、魔追うことによって、魔王となるのです。

 しかし、私は、魔が差すことはありません。実は、魔を退けるもうひとつの方法があるのです。それは、心の隙間を幸せで満たすことです。

 私の心は、アスリーンとフラニーのおかげで、常に幸せで満たされています。だから、魔酔うこともありません。

 しかし、魔というものは、自分で定義したとおり、自分でやりたいことをやった結果として、他人を不幸にするものならば、私は、紛れもなく魔王です。

 それも、魔が差さなくても、魔酔うことがなくとも、魔を追い続ける、世界最悪の魔王なのです。

 私は、自分で言いました。他人を変えることはできないと、その事実を知っているのに、自ら乗り出して、今回の件に係わった全員が自ら考えてくれるようにと考えました。そうです、私は他人を変えようとしたのです。

 これは、他の誰から頼まれた訳ではありません。自分自身でしたくてしていることです。結果、陛下やエミリオ将軍、アルテア王妃、そしてダグの思いを無視して、発言したために、不幸にしてしまいました。

 時が経てば、いずれ自らの口で話したかもしれなかったのに。私は、そのチャンスを永遠に奪ってしまったのです。

 私は、神ではありません。だから、他人の心の内など知る(よし)もありません。それなのに、私は、皆様の前で発言しました。これは、たったひとつの理由からです。

 それは、他の誰でもない、自分自身で悔いのない明日を迎えるためにです。以前陛下には、言いましたが、確実な明日を迎えることは誰にもできませんが、悔いのない明日を迎えることは誰にでもできるのです。

 そのために必要なことは、今日、この瞬間を一生懸命に生きることです。だから、私は、他人や環境から与えられる魔が差すことを待たずに自ら魔道に落ち、魔王となったのです。そのことに悔いはありません。

 だから、誰から憎まれようと、自ら死を選ぶことはありません!」


 タイトは、『自ら死を選ぶことはありません』の言葉の部分に、更に力を込めて発言した。この部分を、六世、エミリオ、気絶しているアルテア、そしてダグに伝えたかったのだ。(ようや)く、核心部分に辿り着いたのだ。


「陛下やエミリオ将軍、王妃、そしてダグが死んでも、殺された者は生き返ってはこないのです。

 逆に、殺された遺族の方々は、憎悪の対象が失われることによって、やり場のない感情だけが心に残り、如何したら良いのか分からず、迷うことになります。結果、魔王となります。

 だから、責任を取って死を選ぶことなど以ての外(もってのほか)です。更に、キャサリンやミランダ、そしてアスリーンとの愛に準じて死を選ぶことは尚更(なおさら)です。

 自ら死を選ぶことは、自分に対する厳しさからではありません。そのような行為は、我慢のできない人間が楽になるため、自らに終止符を打つ行為でしかありません。

 私は、自分が生きていられるのは、アスリーンとフラニーのお蔭です。それは、誰が何と言おうと私の中では、真実です。

 つまり、私は、生きている限り、常に、アスリーンとフラニーに対して、借りができていくのです。

 だから、『二人のためなら死ねる』というような考えには、決して(いた)りません。何故なら、生き続けていても借りが増え続けていたのに、その借りを返さず、放棄して死を選ぶことは、一方的に愛を与えてもらっただけであり、自分の愛をアスリーンやフラニーに対して与えて来なかったことと同じだからです。

 そのような死に方は、悔いが残るだけです。私は、悔いのない明日を迎えたい。特に、妻と子に対しては、絶対に悔いのある明日を迎えることはできないのです。

 それが、妻と子に対して今日、この瞬間にできる、最高の愛をもって接してきたことの証になるからです。そうでなくて、何故、妻や子と一緒に暮らせるのですか。

 自ら死を選ぶ人間は、どんなに自分自身を取り(つくろ)っても、自己満足の行為でしかありません。決して、評価されるべき人間ではないのです。

 人の本質は、たったひとつです。『生きること』、全ては生きるために行動しているのです。死ぬことを前提に行動を起こすことは、既に人ではなく、魔王となっているからです。

 死んではいけません。例え、大勢の人から恨まれても、軽蔑されても、それでも人は生きていかなくてはならないのです。

 何故なら、それが人であるということだからです。そして、自分に厳しく接することであり、命を断つことを我慢することになるのです。

 魔王という呼称は、人の恐怖や怒りが作り出した感情の産物でしかありません。つまり、魔王になるということは、他人からの恨み(つら)みを自ら受け入れただけのことです。だから、人としての本質は、決して失われることはありません。

 陛下、王妃、将軍、そしてダグ、皆様は、自ら魔王の称号を名乗り、人としての『生きる』という本質を貫かなくてはなりません。

 人として生きるということは、人間として生きるということです。

 人の本質は生きること、人間の本質は共に生きることです。

 人として、他人と共に生きる努力をしてください。それが、皆様が真に生きるということになるのです。

 死んだ者が、如何思っているのかは、誰にも理解できません。聞くこともできない以上、絶対に知ることはできないのです。

 ダグに、以前話した真実についての話があるんですが、皆様にも聞いていただきたい。

 眼で見えることだけが、事実ではないと言う人がいるかもしれませんが、私は、そうは思いません。

 眼で見えることは、事実ですが、真実ではないのです。事実を、ありのままに受け入れられない者は、真実を得ることはできません。

 ここで言う真実とは、本当にあった事実ではなく、事実として自分自身で受け入れることが真にできる行為を言っているのです。

 人それぞれによって、受け入れ方が違ってきます。だから、事実が同じであっても、他人によって得られる真実は違うのです。

 ダグ、マイケルが、君を裏切ったという事実を自分自身で受け入れるんだ。そして、マイケルが何故、金銭のために君を裏切ったのか、マイケルの真実を、貧困という恐怖を理解しなくてはならない。

 真実は、事実を自分なりに真正面から受け入れるからこそ、真に実りあるものになるのです。 

 だからこそ、真に事実を受け入れられれば、これから先も生き続けることができるはずです」


 タイトは、全て、話し終えたと、その後は、完全に沈黙を貫いた。

 先ず、最初に口を開いたのは、六世である。

「タイトよ。本当に、お前には、恐れ入ったぞ。余の死をもって償おうという思いを察知して、このような話をするとはな。しかし、お前は、本当に魔王のように厳しい男だな」

 六世の言葉をエミリオが引き継ぐ。

「全く、陛下のおっしゃるとおりだ。タイト、お前は、私たちに、生きろというのだな。それも、自分の名誉を最も尊ぶ、私と陛下に対して、他人から恨まれ、(さげす)まされることを覚悟して生きろと、そう言っているのだな」

 そして、最後にダグが引き継ぐ。


「正直、キャサリンを失い、最後は、キャサリンのもとに行くことを決心していました。でも、私のやったことは、自らの死ぐらいでは、償うことができないほど大きな過ちだったのですね。

 確かに自分が手に掛けた貴族にも家族がいるでしょう。その家族は、俺と全く同じ気持ちになるに違いありません。

 それなのに、その怒りの対象である俺自身がいなくなることは、俺のエゴでしかないのですね。

 そして、親友であるマイケルのことも、私は、自分の真実だけを見て、あいつの真実に目を(つぶ)ってしまった。これから、あいつの真実を真正面から受け入れなければならないんですね」


 そこまで、聞くと、タイトは、六世に、エミリオに、そしてダグに頭を下げた。

「ありがとうございます。実際には、私の訴えなど退けることもできたはずです。でも陛下もエミリオ将軍もダグも受け入れてくれました。皆様の心の中には魔よりも大きな善である愛が存在しているからです。どうか、自分自身の善を、愛を信じてください」

 そして、タイトはアスリーンとジェラルドに声を掛けた。

「アスリーン、お父さん、さあ、フラニーのもとへ帰りましょう。もう、この場所に、私たちがいても、何もできません。かえって、考えることを妨げることになります。最後になりますが、自分で考えて、行動の決断を下す、それで初めて、人は、子供から大人へと成長するのです。自分で考えて、行動した以上、誰の所為にもできませんからね。それが責任ある行動です。それでは、失礼いたします」

 そう言うと、タイトは、アスリーンとジェラルドと共に、決して振り返ることなく、玉座の間を後にした。

 タイトの後ろ姿を見送った者たちは、それぞれ、考えるところがあるのか、(しばら)くの間、動こうとはしなかった。

 これで、シャインソール王国で起きた事件には、幕が下ろされた。しかし、それぞれの心には、霧が掛かっていた。

 タイトは、皆の心に霧を掛けたが、その霧を晴らすことはできない。自分の心を晴らすことができるのは、自分自身だけなのである。

 タイトは、六世が、エミリオが、ダグが、アルテアが、そうできると信じている。そうでなければ、今日、この場で自ら魔王になることを決心してまで話をしはしなかった。

 人が変わるのに必要なことは、たったひとつである。そう、自分自身で変わろうと思うことである。その強い思いを持って、努力するだけである。そこに他人の意思や行動が入り込む余地はない。

 他人の意思を変えることは絶対にできない。だから、他人の意思の入り込むことのない自身の変化は簡単なはずである。

 問題は、簡単ではあるが、楽ではない点である。人の心は、(もろ)くて弱い。そのために人は他人を求める。他人の意思と力を得て生きることで、脆くて弱い部分をカバーしていくのである。

 その部分を自らの意思で捨て去ることは、非常に勇気のいる行為なのだ。つまり、強い意志、信念が必要になる。

 その信念を持つためには、(たぐい)まれなる努力が必要になり、楽をすることを許されないのだ。だから、自分自身を変える行為は、簡単ではあるが、楽ではない。

 人生において無駄な出来事など何もない。全ては、起こるべくして起こっているのである。偶然ではなく、必然として。だからこそ、悔いが残るのである。悔いがあるからこそ、次は、悔いのないように努力をするのだ。その積み重ねによって、人は悔いのない明日を迎える努力を欠かすことがなくなる。

 ところが、もし、この世で起こる出来事が自分の力の及ばない偶然の賜物(たまもの)であるならば、人は悔いではなく、諦めを持つことになる。諦めからは、他人の所為にする怠惰な心しか育まれない。

 他人の所為にする気持ちでは、信頼関係を結ぶことはできず、敵対関係しか築けないのだ。だから、他人の所為にする者は、孤立する。それでも人は弱くて脆いため、やはり、他人を求める。その矛盾する行為が人を迷わす。その結果、魔が差し、魔酔い、魔追う、そして魔王となるのだ。

 故に、人は、他人を認め、信じることで信頼関係を築き、共に生きていかなくてはならない。タイトは、人々に、そうなって欲しいと願って、自分の考えを披露することで、思考することを学んでもらっていたのだ。

 タイトは、これからも諦めることなく、その久遠の道を歩み続ける。誰のためでもない、自分自身の悔いのない明日のために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。