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第五章 魔王の真実 3


 玉座の間の空気が重くなってきた。誰もが、息苦しさを感じている。玉座の間にいる全員が、タイトの言葉を待ちわびている。

 そして、ついにタイトが口を開いた。

「まず、最初に言っておきたいことがございます」

「何だ、タイト。申してみよ」

 先を即すように、六世は言い捨てた。

「私が、これから話すことは、陛下や皆様が考えているような、これまで王国で起こってきた事件の真相や解決策ではありません」

「タイト、きさま、陛下や王妃様までいらっしゃるのに、解決できないとは、如何(どう)いうことだ」

 エミリオが、腰の剣に手を掛け、タイトを追求した。

「エミリオ将軍、それが事実です。この事件は、私の力では解決することはできません。私は、ただ、知って欲しいのです。この事件の背景を。そのための知識を陛下や王妃様、そして皆様に与えたいだけです。それを、どう活かすかは、皆様次第です。そこを忘れないでください。今から話すことは、あくまでも私の頭の中で組み立てたもので、私の中では真実でも、皆様にとっての真実と一致するとは限りません。()してや、真の現実と一致するかは確かめようもありません」

 我慢の限度が来たのか、六世が大きく左腕を振り、叫んだ。

「ええーい、タイト、ご(たく)はよい。お前の考えを早く話さんか」

「分かりました。では、始めさせていただきます」

 そこで、一息入れ、タイトは、ゆっくりと皆を見回して話し始めた。

「先ずは、皆様も知っているシャインソール王国の歴史について、私の考えを述べさせていただきます。皆様は、このシャインソールを盤石なものにしたのは誰だと思いますか」

「それは、勿論(もちろん)、建国王であらせられる剣聖シャインソールこと、クライス・ド・ソール一世陛下ではないのか」

 そう、エミリオが答えると、それに同調するようにジェラルドが言った。

「そうだろうな。剣一本で、この国をまとめ、更に他国を制圧し、剣の腕で人を(とりこ)にしてきた一世陛下は、まさに、この国の(いしずえ)を築いたお方だ」

 しかし、アスリーンの考えは違った。

「いいえ、その後の二世陛下の時代は、完全に王族の権威は失墜したはずです。だから、この国の体制が盤石になったのは、クライス・ド・ソール三世陛下のお力が大きかったに違いありません」

 ダグは、更に違う答えを言いだした。

「いや、三世陛下の時代は、まだ、先代によって失墜した権威が回復しきっていないはずです。だから、本当に盤石になったのは、間違いなく四世陛下の代になってからのはず。先代陛下のお考えを忠実に継続した四世陛下こそ、この国を盤石になさったお方に違いありません」

 アルテアは、自ら宣言したとおり、話し合いに参加する気はないようである。

 最後に、現国王である六世が答えた。

「下らぬ質問だな。そんなことは、最初から分かりきっている。余が、この国の体制を盤石にしたのだ。以前にも言ったが、余こそが絶対権力者だ。つまり、余の権力こそ、揺るぎなく盤石なものなのだ」

 六世の答えは、自分でも言っているように分かりきっていた。誰も、他の答えを期待などしていない。誰も聞きたくないのである。そこで、また、場の空気が変化しようとした、そのとき、タイトが喋り始めた。

「さすがは、陛下や知性ある皆様です。皆様の言うとおりなのでしょう。この国を盤石にしたのは、各時代の国王陛下たちなのでしょう。更に付け加えれば、各時代の国民たちなのです」

「また、詭弁か、タイト」

 そう食いついてきたのはエミリオである。

「エミリオ将軍、これは、詭弁ではなく、事実です。今、この国は、盤石な体制にあることは、周辺の国も認めています。つまり、現実の結果を得ているのです。だから、今言ったことは、将軍が何と言おうと、事実なのです」

 エミリオは全く納得がいかず、更に()みついた。

「庶民が何をしてきたのだ。王国を運営してきたのは、王族であり、貴族なのだぞ」

 タイトは、エミリオの発言など耳に入らないかのように、自分の意見を述べ始めた。

「先だって、王国の定義を陛下も語っておられたと聞いておりますが、私の王国の定義を申し上げてよろしいでしょうか、陛下」

「言うてみろ」

「ありがとうございます。私は、国、王、民、全てが揃って、初めて王国となるのだと思っております。もっと正確に言えば、この三つのうち、どれひとつ欠けても王国は成り立ちません。つまり、必要の度合に差など、存在しないのです。優劣をつけること自体、間違っています」

「何を言っておるのだ、タイト。余は、シャインソール王国における最高権力者なるぞ。その余が、国民と同列に並べられる訳がない。余を愚弄(ぐろう)すると許さんぞ」

 六世が、()(たま)れなくなり、強い口調で口を挟んできた。

「陛下、私は、権力に差がなく、平等であるとは、ひと言も言っておりません。私は、全て必要だと言っているのです。言い方がきつくなるのは、お許しください。現実の結果として、今の世を見て、誰が、平等な社会だと胸を張って言えるのでしょうか。誰も、そんなことは口にしないでしょう。もう一度言います。私が言いたいことは、国、王、民、その全てが必要という事実だけです」

 そこで、一旦、話すことを()め、タイトは皆に考える時間を与えた。全員が、タイトの思いを知っているのか、考えに(ふけ)っていった。

 (しばら)く待った後に、タイトは、再び話し始めた。

「国のないところに民は(とど)まれません。民のない国に王は存在しません。王の存在しない国は王国ではありえないのです。これは、あくまで王国の定義です。国の形も様々です。それぞれによって、その定義は違ってくるでしょう。そこで、広義の一般論ではなく、最初の質問について私なりの答えを述べてみたいと思います。ただし、私も皆様と同様に歴代国王陛下に限らせていただきます」

「分かったから、もったいぶらずに言うてみろ」

 六世が、我慢の限界であるかのように、タイトの答えを催促(さいそく)した。

「申し訳ございません。それでは、私の答えを披露いたしましょう。私は、歴代国王陛下の中で、盤石な体制の礎を築いたのは、クライス・ド・ソール二世陛下だと考えております」

 その答えを聞いて、その場にいた全員が納得できない様子でいた。その思いを代表するかのようにアスリーンが反論してきた。

「貴方、でも、陛下には、申し訳ありませんが、二世陛下は、歴代国王陛下の中では、そのう、最も愚鈍(ぐどん)なお方だったのではないのかしら。国王の権威を最も失墜させたお方なんですから」

 アスリーンの意見は、その場にいる全員の総意である。しかし、タイトが(ひる)むことはなかった。

「そうだね、アスリーン。ただし、国王の権威が失墜したということは事実であるが、二世陛下が愚鈍であったという事実にはならない。現在もシャインソール王国が存在する結果から、二世陛下の時代もシャインソールは、王国として継続できたという事実が導き出せる。その結果から考えれば、二世陛下も国、民、王の全てを失うことはなかったという点で他の国王陛下と比べても劣っていることはないはずだ」

 そう言われてアスリーンは、目を丸くして驚いた。

「そんなふうに考えたことはなかったわ。確かに、結果だけみれば、国王として最低限の責務は果たしたのね」

「おい、タイト、アスリーン、陛下の御前だぞ。歴代国王陛下の権威をおとしめるような話はよさないか」

 ジェラルド公爵が(たま)りかねて、二人を制した。ジェラルド公爵は、この場にいる誰よりも六世の気性を熟知している。このままでは、二人とも、エミリオの父親やキャサリン、マイケルのように、訳も分からずに、いきなり斬り殺されることになりかねない。

 アスリーンは勿論のこと、今や、タイトもジェラルドにとっては、なくてはならない家族なのである。

 しかし、そんなジェラルドの心配は、当の本人である六世の発言によって消し飛んだ。

「よい、ジェラルド公。全員、好きなように話すがいい。余は、気にせん。それよりも話の腰を折るな。先を続けよ、タイト」

「申し訳ございません。根が農民の(せがれ)なもので、最近やっと、礼儀作法が身についてきました。それでも、どうしても普段の言葉遣(ことばづか)いや表現が上手くできずに発言してしまいます。陛下の御心遣(おこころづか)い、ありがたくお受けいたします」

 そう言って、六世に対して、頭を下げた。

「それでは、もう一度、宣言しますが、これから話すことは、真実ではなく、私の頭の中で組み立てた空想です。私の考えが存分に含まれています」

 そう言って、タイトは仕切り直して話し始めた。

「他人を惹きつけるのに必要なものは、いったい何だと思いますか。私は、強い思いである信念だと思います。これは、建国王であるクライス・ド・ソール一世陛下のことを考えてみると分かります。先ほどエミリオ将軍も言っておられたとおり、一世陛下は、剣一本で、この世界を渡り歩いておられたお方です。おそらく、その目的は、世界最強の男になることだと思われます。それは、数々のエピソードを見れば分かることです。特に、剣の腕では、最強と称されるようになった件などは、それを端的に表しております。ただし、一世陛下の欲しかったのは、称号ではなく、世界最強という事実だったのです。この辺の気持ちは、おそらく、エミリオ将軍が最も御理解していると思われますが・・・。皆様は、世界最強になるためには、如何したら良いとおもいますか」

「闘って、相手を倒していく以外ないんじゃないですか」

 そう、ダグは答えた。

「そうだね、ダグ。では、どのくらいの相手を倒せばいいのかな」

「そ、それは、できるだけ多くの相手では」

「具体的に言って欲しいんだ。できるだけ多くの相手とは、何人くらいだい」

「そこまでは、俺には分かりません」

「そうか、でも分からないはずはない。考えれば、誰でも得られる答えだよ。

 世界最強になるためには、この世界にいる全ての人間と闘い、そして倒さなくては駄目なはずだよ。自分以外の誰かが、一人でも生き残っている限り、世界最強にはなれない。その最後のひとりを倒さない限りね。残酷な言い方だが、この場合の倒すという意味は、試合の勝ち負けという意味ではなく、命を奪うということなんだ。相手が生きている限り、次に対戦したときに、また勝つとは限らない。だから、その状態では、世界最強には、いつまで経ってもなることはできない。つまり、実戦以外に、世界最強という事実を得ることはできない」

 言われてみれば、当たり前である。しかし、誰もが、恐ろしさから、その事実に目を(つぶ)ってしまうのだ。ダグも納得して(うなず)いた。


「私が言いたいのは、世界最強になる方法ではありません。

 一世陛下の信念についてです。世界最強を目指した一世陛下は、世界全ての人間と闘い、自分ひとりが、この世界で生き残ることを望んでいたのです。

 それは、自分以外の人間全てを否定することであり、自分以外を認めないという強い意志、信念がなければ目指すことができません。

 そして、一世陛下の、その強い意志に他人は魅せられて自然と集まり、大きな集団を形成するようになりました。その集団が、シャインソール王国の建国の始まりだったのです。

 しかし、排他的な信念では、集団を維持継続することはできません。一世陛下が王国を維持できたのは、御自身の強さに惹かれて集まった国民たちが、皮肉にも、その強さによって縛られていたからなのです。

 そう、逆らって、王国を捨てると殺されるという恐怖によって、国から離れられなかったのです」


 そして、タイトは、六世に目を向け、申し訳なさそうに話し始めた。

「陛下、常々、陛下が言っておられる、絶対的な力とは、まさに、一世陛下と同じ、恐怖の力のことで間違いないでしょうか。だからこそ、陛下は、絶対的な、その力を失わないために、より大きな恐怖を国民に与え続けなくてはならなくなってしまったのですね。」

 六世の顔は、いつものように能面のような表情のないものになっていた。

 タイトは、構わずに話し続けた。

「次に、私が答えとした二世陛下についてお話します。二世陛下の優秀な点は、剣聖と(うた)われた一世陛下の亡き後、恐怖という(かせ)から解放された国民たちが、王族という特権階級による支配を拒絶するだろうことを見抜いていた点なのです。そのため、二世陛下は、王族以外の特権階級を作り出したのです。それが、貴族制度です」

 ジェラルドは、驚いていた。自分たちの暮らしている貴族社会は、そのような背景のもとで作り出されたのか、と感心させられる思いであった。

 タイトは、ジェラルドに視線を送り、申し訳なさそうに、先を進めた。


「二世陛下の作り出した貴族制度は、二つの効果を狙ったものでした。

 ひとつは、貴族という新たな恐怖を国民に植え付けること。それによって、恐怖による支配を中断することなく、継続的に行い習慣化させ、国民に恐怖を頭で考えなくても身体が反応するようにする効果を狙ったのです。

 そのため、先ず、国民に、貴族という新たな恐怖による足枷(あしかせ)()めて、その行動範囲を束縛します。そして、新たな恐怖として生まれた貴族は、国王の後ろ盾があるために全ての責任を押し付けることができる事実を直ぐに理解します。

 そうなると、良心の呵責(かしゃく)が生まれず、国民に対する圧政に躊躇(ちゅうちょ)がなくなります。

 よって、貴族たちの圧政は、どんどんエスカレートしていくのです。結果として、より大きな恐怖が国民に植え付けられます。

 そのようなことが、慢性化すると貴族の中により大きな権力に対する欲求が生まれ、国王を(ないがし)ろにして、自らの権力を誇示するようになるのです。

 そうして、国民にとっては、国王に代わる敵として貴族が台頭してくることになるのです。これによって、もうひとつの効果である国民同士で牽制(けんせい)し合い、一致団結して、王国を転覆させるような大きな力を発揮できない状態を作り出すことができたのです。

 貴族とはいえ、国王から見れば国民であることに変わりありません。つまり、貴族と庶民を分断することで、王政打倒の力を削ぐことによって、二世陛下は、一世陛下亡き後の王国を守り抜くことができたのです」


 玉座の間には、既に、タイトの言葉に口を挟む者はいなかった。(いや)、正確には、挟むことができるような者はいなかったのである。

「そして、二世陛下の最も優秀だった点は、自分自身の国王の権力を守るのではなく、王国を御子息である三世陛下、そして、その御子息である四世陛下へと引き継ぐことによって、永遠と継続させることを考えられた点です。そこには、命は引き継ぐことはできないが、強い思いである信念は、引き継ぐことができるという考え方が反映されています。つまり、肉体は滅んでも、思いは永遠に生き続けることができると考えたのです。ここまでは、完全に私の推論です。しかし、推論とは言え、ここまで辿り着くと、推論を現実と結びつけるために、ひとつ、陛下にお聞きしたいことがあります」

 無表情でいた六世は、抑揚(よくよう)のない言葉で答えた。

「どのようなことだ」

「それは、引き継いできた信念、または、親から子に対する教えのようなものについてです。そのようなものが、本当に存在するのか、その点についてお聞きしたいのです」

 六世の身体から、カチカチと何かがぶつかっている音がした。その音は、六世が身に付けている装飾品同士がぶつかり合う音であった。

 六世は、震えているのである。六世は、恐怖を感じているのである。その恐怖の源は、タイトなのだ。王国一、無様な兵士であり、太っていることもあるので、容姿も決して良くはない。そんな男に、王国一の権力者が恐怖を覚えたのである。

 その恐怖の対象であるタイトの視線を感じて、六世は本当のことを話さずにはいられなかった。

「あっ、ある。国王から次期国王へ引き継がれていく教えが存在する。余も国王になる数日前に父であるソール五世から聞いておる。引き継がれてきた教えは、間違いなく存在するのだ」

 まるで、六世の魂の叫びのような声であった。

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