第五章 魔王の真実 1&2
第五章 魔王の真実
1
長いようで、短かった安息の期間である三日間が過ぎ去った。
ダグの怪我は、本来、重傷であり、もっと長い休息の時間が必要であった。しかし、ダグにとっては、この三日間は、永遠の長さに感じられた。
ダグは、どうしても、自分の中で納得のいく結果が得られないでいた。その答えを、タイトなら与えてくれるような気がしたのだ。
本来、クライス・ド・ソール六世を殺して、自分もキャサリンのもとに逝くつもりであった。しかし、今は違う。このままでは、死んでも死にきれない。
六世と言う人間のことを、いくら考えても理解することができなかった。ダグは、今では、六世が人間であることすら疑っていた。
このままでは、最愛の恋人であるキャサリンの死も、親友であるマイケルの死も、ダグの中では、現実として受け入れられないのだ。
そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか、タイトの家の前に立っていた。ダグは、早く知りたいという気持ちに抗うことができず、扉を叩く手に必要以上に力が入ってしまった。
「はい。そんなに強く叩かなくても聞こえているわよ」
怒ったような口調でフラニーが室内より応えた。待っていると、フラニーが扉を開けて顔を出した。
「ご、御免よ、フラニー」
「あっ、ダグお兄ちゃん。ちょっと待てて」
そう言って、フラニーは、扉を開けたまま、ダグの用件を聞くことなく、室内へ人を呼びに行ってしまった。
「ママ、ダグお兄ちゃんが来たわよ」
待っていると、タイトではなく、やってきたのはアスリーンである。アスリーンは、申し訳なさそうに、ダグに頭を下げた。
「御免なさい。タイトは、お父様を迎えに、カスバーンの屋敷に行っているの。途中で、落ち合うことになっているわ。さあ、一緒に行きましょう。フラニー、ちゃんとお留守番しているのよ」
そう言われると、フラニーは、飛んできて、アスリーンにしがみついてきた。三日前のことが、余程堪えたのであろう。フラニーは、アスリーンのことを放そうとしなかった。
「ママ、もう無茶しちゃ、いやよ」
フラニーの目には涙が浮かんでいた。もし、三日前に母が帰ってこなかったら、そう思うと涙が止まらなかった。
「御免ね。もう、あんなことはしないわ。それに今日は、お父さんが一緒だから大丈夫よ」
そう答えるアスリーンの目にも涙が浮かんでいた。フラニーに対して、本当に申し訳ない思いで一杯であった。
「えーっ、それじゃ、心配の種が二つに増えただけなんじゃないの」
そう言って、フラニーは笑い出した。もちろん冗談である。フラニーもアスリーン同様にタイトに絶対の信頼を持っている。だから、安心して笑えたのだ。
「フラニー、御免。全部、僕が悪いんだ。お母さんもお父さんも僕が巻き込んでしまったんだ。お母さんにも怖い思いをさせてしまって、本当に御免なさい」
そう言って、ダグは、泣きながら、七歳の少女に頭を下げたのだ。
「でも、本当は、もう、僕は、人から許してもらえるような人間じゃないんだよ・・・」
そう言っているダグの姿を見て、アスリーンは、何とも言えない気持ちになった。
殺人者、きっと、ダグは、自分のことを、そうとしか思えなくなっているのだろう。キャサリンのことがあったとはいえ、許されることではない。そのことをダグも自覚しているのだ。
「何言っているの。家族だもん。ママが、ダグお兄ちゃんのこと心配するのは、当たり前よ。私だって、心配だったのよ。ダグお兄ちゃんも、絶対無茶しちゃいやよ」
「フラニー・・・、ウッウウウ・・・」
ダグは、フラニーの言葉で糸が切れた人形のように、その場で、膝をつき、泣きぐずれた。いつまでもいつまでも、ただひたすらに、涙が枯れるまで泣き続けた。
2
タイトたちは、予定どおり、途中で合流して、四人で、カスバーン家の馬車に乗って、ソルビアス城に向かっていた。
「肩の調子は、どうだい。本当は、まだ、安静にしてなくてはいけないだろうに」
タイトは、ダグの体調を気遣って訊ねた。
「いえ、手術も成功して、左肩も、このとおり固定して動かせませんから大丈夫です」
その姿を確認して、タイトは安心した。
「そうか。その状態なら安心だ。無茶なこともできないだろうからね」
そう言われると、ダグは、申し訳なさそうに、下を向いて喋り出した。
「さっき、フラニーからも言われました。俺のことを家族の一員と呼んでくれました。だから、自分に心配かけないようにって、きつく注意されました」
ダグは、肩を震わせ、涙を堪えているようだった。それを見て、タイトは、ダグの右肩を軽く叩いて声を掛けた。
「そうだよ。君を生まれたときから知っている。つまり、生まれたときから知り合いであり、そのときから、僕と家族になったんだ。だから、僕の家族であるアスリーンとフラニーとも、当然、家族なんだよ」
それを聞いて、堪えていた涙が、耐えきれず、こぼれ落ちた。タイトはダグの気持ちを落ち着かせるため、話を逸らし、アスリーンに向かって話しかけた。
「しかし、フラニーは、流石、君の子だ。君に似て、聡明で美人で、引く手あまたで、将来は大変だな」
それを受けて、アスリーンも、ダグの気持ちを察して、なるべく明るく答えた。
「何を言っているんです。フラニーは、あなた似ですよ。聡明で可愛いところが」
そこまで、黙って聞いていたジェラルドが、会話に割って入った。
「二人とも何を言っているのだ。フラニーは、お爺ちゃん似だから、聡明で美人なんだ」
すると、突然、ダグが笑い出した。
「ハハハ・・・、ありがとうございます。でも、フラニーは、容姿がアスリーンさん似で、頭の良さはタイトさん似、威厳のあるところが、お爺ちゃん似ですよ」
「な、なんだと、フラニーは、儂だけに似ているのじゃ。タイト似なんて、とんでもない。それにな、ダグ、お前には、絶対嫁にやらんぞ」
「えっ、そんなつもりは、えーっ」
ダグは、慌てて否定した。
「何、そんなに頑なに否定するとは、貴様は、フラニーを馬鹿にしとるのか」
「ど、どう答えればいいんですか。タイトさん、助けてくださいよ」
「ハハハ・・・、お父さん。その役目は、僕のものですよ。いい加減にしてください」
「おっ、そうだったな。タイト君、君が、頼りないから、つい、しかし、気をつけろよ。娘なんて、好きな男ができれば、父親のことなど平気で捨てていくからな」
そう言って、タイトとジェラルドの二人は、アスリーンを見つめた。その視線を更に強い視線をもって返すアスリーンは、二人を怒鳴りつけた。
「二人とも、覚悟しなさい。女を怒らすと、どうなるか」
そう言って、アスリーンは、二人に微笑み掛けた。二人にとっては、笑顔の裏に何かを感じずにはいられなかった。
当然、ふざけているのである。タイトも、先ほど、ジェラルドのことを、「父上」ではなく、「お父さん」と呼べるようになった。
そして、ジェラルドもタイトのことを頭ごなしに怒ることなく冗談が言えるようになった。三人は、完全に家族となったのだ。
自分も、そんな家族の仲間入りをしていいのか。どうしても吹っ切れない。
確かに、貴族を殺めたときは、相手もダグの命を奪う気でいた。相手の殺気に対して、咄嗟に対応した瞬間、致命傷を与えてしまったのが事実だ。もう、手当てをしても助からなかっただろう。
しかし、その後の行為は、間違いなく、怒りからとったものだ。相手の首を刎ね、踏みつぶした。自分は、殺人者だ。その事実が、どうしても拭いされない。きっと、一生、ついて回るのだ。
やがて、馬車の揺れが止まった。
「着きました、公爵様」
そう、馬車を走らせていた従者が告げてきた。
「よし、降りるぞ。アスリーン、ダグ君、今日は、この間のようなことは、してはならんぞ」
ジェラルドに釘を刺されると、アスリーンもダグも了承の意を表し、頷いた。
四人が、馬車から降りると、城門の前で、エミリオ・プラームが出迎えた。
「お待ちしておりました、ジェラルド公爵様」
エミリオは、ジェラルドに頭を下げて挨拶をした後、タイトたち三人には、目を合わせただけで、後についてくるよう、促して歩き出した。
城門を潜ると、いつものように、多くの兵士が城内、城外を警備していた。三日前に現れたキャサリンの亡霊は、あのまま、捕まらず、未だに、その脅威が消え去っていないのだ。
当然、警備は、より強化され、エミリオも、この三日間、休む間もなく、警護の指揮を執っていたのだ。そのため、少し疲れているのが見て取れた。
玉座の間の前まで来ると、兵士が二人、入り口の扉の左右に槍を構えて立っていた。エミリオが、手で合図すると、二人の兵士が槍の尻の部分を石畳に二回叩きつけた。
すると、ゆっくりと、内側から扉が開いた。内側より、二人の兵士が、扉を開けたのだ。その兵士たちは、扉を開け終わると、そのまま、玉座の間の外へ出て姿勢を正して、頭を下げた。
エミリオは、四人を先導して玉座の間へ入っていった。全員が玉座の間に入ると、兵士四人は外に出て、扉を閉じた。これで、玉座の間にいるのは、国王とエミリオ将軍、ジェラルド公爵、タイトとアスリーンの夫婦、そしてダグの六名だけのはずであった。
ところが、一礼後、五人が顔を上げると、玉座の少し後方に人影が見て取れた。ひとめで誰であるか、その場の全員が理解した。
その人物の恰好が、余りにも目立つからである。ある意味、国王よりも人目を引く身なりである。それほど、その人物は、着飾っていた。
胸元が大きくはだけた金色の刺繍を施した薄いグリーンのドレスを身にまとい、頭には、大小数え切れぬほどのダイヤを埋め込んだティアラをし、胸元には、露出した肌を覆い隠すほどの大きなダイヤを十個も使ったネックレスをしていた。
それだけではない、両腕は、銀の刺繍が施されたシルクの二の腕まで隠れる長い手袋をし、その手首にはダイヤのブレスレットを片腕に三つずつしている。
このシャインソール王国で、そのような身なりでいられるのは、たったひとりである。そう、クライス・ド・ソール六世の妃であるアルテア王妃、その人であった。
アルテアは、五人に対して軽く会釈をして微笑んだ。それを受け、五人は改めて、王妃に頭を下げて挨拶をした。
そこまで、待って、ソール六世は、五人に声を掛けた。
「すまんな。皆も驚いたであろう。余も、皆と同様驚いておる。どこからか聞きつけたようで、急に、この場に参加したいと言い出してな。余も困っておるのだ。どうする、タイトよ」
タイトは、一歩前に出て、もう一度頭を下げてから答えた。
「王妃様が、参加を望むならば、是非、私からもお願い致します。どうか、王妃様の参加をお許しください」
「あい、分かった。今回は、お前の申し出で集まっておる。言わば、主催者はタイトなのだ。そのタイトが、そう言うのならば、良かろう、アルテアよ、お前も参加するがよい」
「ありがとうございます、陛下。私は、今、この国で起こっている幽霊騒動の真相が知りたいだけですので、このまま、黙って傍聴させていただければ結構です。御気になさらず、始めてください」
「そうか、勝手にするがよい。それでは、始める前に、確認するが、ダグよ、怪我の具合はどうだ」
六世は、いきなりダグに怪我の具合を問い質してきた。ダグに怪我をさせたのは、マイケルである。しかし、元を正せば、直接手を下してはいないだけで、ダグを殺そうと考えていたのは、六世本人なのだ。
その六世が、ダグ本人を気遣うように怪我の具合を聞いてきたのだ。ダグは、殺してやりたい衝動を抑えるのに必死であった。もし、この場に、タイトやアスリーンがいなければ、その衝動を抑えられたか自信が無かった。
「・・・まだ、痛みはありますが、大丈夫です。腕を動かして傷口が広がらないように、このように固定していますので・・・」
ダグは、何度も「馬鹿野郎」という言葉を飲み込んで、丁寧に答えようと必死であった。その様子を見て、六世は、からかうようにダグに喋りかけた。
「そうか、それは残念だな。余に刃向って生きているとは。どうしたものか、今ここで止めを刺してつかわそうか、余直々に」
その言葉を発して、六世の表情は、また、能面のようになくなり、ただ、冷たい視線をダグに向けた。ダグは、先ほどまで抱いていた殺意が消え去り、恐怖が心から溢れ出すのを抑えることができなかった。
「陛下、およしください。ダグが怖がっております」
タイトが、二人の間に割って入り、六世の視線を遮った。そして、そのまま六世の冷たい視線をまともに受けたタイトは、何事もないように話し続けた。
「陛下、そろそろ、始めてもよろしいでしょうか」
六世は、諦めたのか、表情を和らげ、タイトから視線を外し、右上方に目を向け、不貞腐れたように喋り出した。
「フン、お前は本当に食えぬ男だな。余のことを全く怖がっておらぬ。余の力が及ばぬのは、お前だけだ」
「それは、申し訳ございません。しかし、私は、陛下のことを怖いとは思いません。逆に、申し訳なく思っております。早く、気づいてさしあげられず。もう少し、私に思慮深さがあれば、今回の件も違った形にできたように思われます」
タイト本人と六世以外の全員には、タイトの言わんとしていることが、まだ、この時点では、理解できないでいた。
「ええぃ、もったいぶらずに、早く始めい」
六世の開始の言葉が、タイトに掛かった。
「それでは、始めさせていただきます」




