第四章 魔王となりし者 5 第四章【終】
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タイトは、独り、クライス・ド・ソール六世の私室に向かって、歩いていた。
六世の私室の前までくると、タイトが声を掛ける前に、室内から声が掛かった。
「入れ、タイト」
そう言われ、タイトは、「失礼します」と声を掛けてから扉を開けた。
そこには、先ほどと変わらぬ服装の六世がベッドに腰かけていた。当然、腰には宝剣を下げたままである。
「タイトよ、お主は、どこまで知っておるのだ」
「どこまで、と言われましても陛下の御存じである事実以上のことを、私が知ることなどできるはずもございません」
そのタイトの言葉を聞いて、六世は笑みを漏らした。
「体型どおり、狸よの。分かった。それで何ようだ」
「ハッ、実は、ダグの容体が思ったより深刻でありまして、今日予定されておりました話し合いを三日後に延ばしていただきたく、御願いにあがりました」
「そうか、ダグも、お前の話を聞かなくては、死んでも死にきれんだろう。あい、分かった。タイトの好きにいたせい」
「ありがとうございます。それでは、三日後、陛下の御公務が終わり次第、参上いたします」
六世は、そこまで、話が終わると、腰に下げた剣を外し、寛ぐような姿勢でタイトに言った。
「タイトよ、お前は、本当に不思議な男だな。お前には、人を和ませるような何かがあるのか」
「それは、買い被りというものですよ。私は、唯の駄目兵士にございます。王国にとっては、唯の金食い虫過ぎません」
「フハハハ・・・。それこそ、自分を卑下し過ぎだ。お前のような、男が、余の傍で働いてくれていたら、余も・・・」
六世が、そこまで言うと、タイトが止めに入った。
「陛下、もう、過去を変えることはできません。過去には、希望など無いのですよ。希望は、明日に向かって持つものです。確かな明日を迎えることは誰にもできませんが、悔いのない明日を迎えることは誰でもできます」
そこまで言うと、六世が口を挟んできた。
「お前の発言は、難しすぎるぞ」
「失礼しました。それでは、もう少し、言い換えましょう。今日という現実を受け入れられた者だけが、悔いのない明日を迎えることができるのです」
今日は、ここまでと、タイトは頭を下げた。
「それでは、三日後に参ります」
そして、タイトは、六世の私室を出て行った。
六世は、また、私室に独りになった。遠くを見つめて誰にともなく話しかけていた。
「悔いのない明日か・・・、本当に、余にも迎えることができるのだろうか」
そんなことが、自分に訪れることはないと信じてやまない六世であった。
自分は、もう魔王となったのである。その時点で、悔いはないが、明日が来ることもない、と思わずにはいられなかった。




