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第四章  魔王となりし者 2


 クライス・ド・ソール六世は、玉座の間にいる全員を一瞥(いちべつ)すると、アスリーンの方を振り向き、射抜くような眼差(まなざ)しを向けた。

 先ほどから、身動きが取れないアスリーンは、その視線から逃れることができず、まともに目を合わせてしまった。その瞬間、アスリーンの身体に電気が走ったかのように、小刻みに震えた。

 その目は、この世のものとは思えなかった。アスリーンは、心底、恐怖した。

「アスリーンよ、余の答えは、極めてシンプルだ」

 六世は、そう言って、一呼吸おいた後、ひと言だけ発した。

「イエスだ」

 その言葉を聞くと、先ほどまでアスリーンの身体を支配していた恐怖を、怒りの感情が凌駕(りょうが)し、自由を取り戻した。

「陛下、認めるのですね」

「くどい、答えは、イエスだ」

 そこで、アスリーンの(たが)が外れた。

「陛下、あなたは、何の罪もないキャサリンたちを試し斬りと称して殺したのですか」

「あぁ、そのとおりだ。武器商人が素晴らしい宝剣があるから見て欲しいというのでな。剣は宝石とは違い、人を斬り殺す道具なのだ。いざというときに、使い物にならないようでは困るではないか。実際に人を斬ってみなくてはならんと思うて、何人か見繕(みつくろ)って連れて来させた」

 六世は、(わる)びれることもなく、平然と言い放った。さも、それが当たり前であるかのようにである。

「陛下、国民あっての王国、王国あっての国王なのです。それなのに、陛下は、罪なき国民を自分勝手な理由で殺してしまうとは、それでは、もう、シャインソール王国はお(しま)いです」

 先ほどとは打って変わり、今度は、アスリーンがソール六世を強い眼差しで射抜(いぬ)いた。

 しかし、六世は、アスリーンとは違い、平然とアスリーンの眼差しを受け流し、強い口調で威嚇(いかく)した。

「フッ、アスリーン、お前の王国の論理は理解した。しかし、余の理論は、全く違うぞ。余あっての王国、王国あっての国民なのだ。つまり、余がいるから国民は王国で生きられるのだ。故に、この世に価値のある命は、余の命だけだ」

 六世の気迫に屈して、誰も口をはさむことができずにいた。そして、六世の演説は更に続く。

「アスリーンよ、先ほど、自分勝手な理由で国民を殺したと言っていたが、違うぞ。今回の幽霊騒動でも分かったであろう。余は、立場上、敵を作りやすく、自分で自分の身を守る必要がある。そのときに剣も使いこなせなくては、余の命を守ることができない。即ち、王国存亡の危機に陥るということだ。だからこそ、剣の腕を磨かなければならない。これは、国民のためでもあるのだぞ」

「ばっ、馬鹿なことを言わないでください。剣の腕を磨くだけならば、そこにいらっしゃるエミリオ将軍との稽古だけで十分でございましょう。何と言っても、エミリオ将軍は、剣聖と呼ばれ、今や、この世界で右に出る者がいないお方です。そのような方がおられるのに、何故、わざわざ、本当に人を斬る必要があるのですか。陛下のおしゃることは、戯言(ざれごと)です」

 それを聞いた六世は、笑い出した。

「アスリーンよ、お前は、女性ゆえ、剣の何たるかを理解できないのだ。実際に人を斬ったことのある者と斬ったことのない者では、実践においては致命的な差となるのだぞ。なぁ、剣聖エミリオよ」

 六世は、あえてエミリオを剣聖と呼ぶことによって、これからエミリオが発する言葉に重みを持たせた。

 アスリーンは、すがるような眼差しをエミリオに向け、どうか、そんなことはないと言って、と訴えた。

 しかし、エミリオは、アスリーンから視線を()らし、六世の方へ視線を向け、自分が唯ひとつ信じる剣の道において、嘘をつくことはできないと、心の中でアスリーンに頭を下げた。

「陛下のおっしゃるとおりでございます。人は思ったよりも死なぬもの。ところが、それが実際に斬ることのない稽古では、理解できないのです。言葉で説明しても無駄です。こればかりは、理屈ではなく、実際に人を斬った者にしか理解できません。実践において、確実に相手の命を奪えなければ、次の瞬間、死ぬかもしれないのは、自分自身になるのです。つまり、人間の死を理解できない者は、実践では生き残れません」

「フハハハ・・・。どうだ、アスリーン。剣聖様も、あぁ言っておろう。余の正しさが理解できたか」

 アスリーンの耳には、既に六世の声は届いていなかった。

 アスリーンは、打ち砕かれた思いであった。六世の言葉を平気で肯定するエミリオのことも六世と同様に怒りを覚えた。しかし、アスリーンは、怒りよりも徐々に恐怖が、心の中で大きくなっていくのを感じ取っていた。

 そして、アスリーンは、誰もが感じ取っている言葉を、力なく口にするのだった。

「あっ、悪魔・・・」

 六世が、その言葉を聞き()らすことはなかった。六世は、更に笑顔になり、アスリーンに語りかけた。

「アスリーンよ、お前も余を、その名で呼ぶか。そう、そうなのだろう。皆が言うように、余は悪魔の王、魔王なのだ。フハハハ・・・」

 すると、アルフレッドが、六世の前に出て、膝をつき頭を下げた。

「さすがは、陛下。それでこそ、世界最大の王国シャインソールの国王です。それ位の気概(きがい)なくして、どうして国が守れましょうか。このアルフレッド、どこまでも陛下についていきますぞ」

 アルフレッドは、そう言うと、下卑(げび)た笑みを六世に向けた。

 六世の笑顔は消え、能面のように表情がなくなり、(ただ)、視線をアルフレッドに向けた。

「アルフレッド、お前は、余の言うことを全く理解していないようだな」

 そう言うと、床に突き刺さった剣を引き抜き、アルフレッドの頭めがけて振り下ろした。

 アルフレッドには、何が起こったか理解できなかった。否、理解する間もなかった。アルフレットの頭は、頭頂部から(あご)にかけて、兜割(かぶとわ)りの要領で斬り裂かれた。

「お前のような馬鹿な男が、余の(そば)にいるのでは、命がいくつあっても足りぬわ」

 そう言うと、アルフレッドの左肩口に右足を掛け、力を込めた。

 アルフレッドの身体は、そのまま後ろに倒れ、二度と動くことはなかった。辺りは、アルフレッドの頭部から流れ出る血で真っ赤になり、死臭が漂っていた。

 それを見ていたジェラルドが、ポツリと言った。

「あ、あのときと同じだ。あの村の娘たちが斬り殺されたときと同じだ」

「いや、違うぞ、ジェラルド公。あのときは、まだ、余の剣の腕が未熟だった所為で、一撃で命を奪えず、逃げ回られて苦労したが、どうだ、先ほども言ったように、実際に人を斬っていくと、今や、このように一撃のもとに仕留めることができる。これで、余の命も自分で守ることができるということだな。どうだ、アスリーン、余の言っていることが理解できたか」

 そこで、ようやく、事の次第を理解したアスリーンの叫び声が、玉座の間に響き渡った。

 エミリオは、自分の父親の死体を一瞥しただけで、表情を変えることはなかった。表情は変わることはなかったが、その姿勢は、腰を少し落とし、膝に力を貯えていた。この玉座の間には、その動作に気付くものはいなかった。

 しかし、その動作が次に移されることはなかった。アスリーンの叫び声がおさまると、玉座の間の外より、微かに声が聞きとれた。その声を聞こうと、誰もが耳を澄ました。

「フフフ・・・。何故、私は死ななければならないの」

「ウワー、お、俺は知らない」

「やったのは、あの魔王だ。俺じゃない」

「たすけてくれーっ」

 (しばら)く、そのような喧噪が続いたが、やがて、また、静寂が戻ってきた。

「誰か、直ぐに、確認いたせ」

 アルフレッド亡き今、そう、号令をかけたのは息子のエミリオである。

 しかし、誰の返事もない。まるで、この世には、この玉座の間にいる人間しか存在しないかのようである。

「誰か、いないのか」

 更に、語気を強め、叫んだが、やはり、応答はなかった。

「いっ、いったい、どうなっているんだね、エミリオ将軍」

 その場の空気に耐えられなくなったジェラルドが叫んだ。

「お父様、静かにしてください」

 それを制したのは、娘のアスリーンであった。アスリーンのひと言で、皆が耳を澄ますと、今度は、人の声ではなく、石畳を靴底(くつぞこ)で打ち鳴らす音が、最初は小さく、そして段々と大きく響いてきた。

 その靴音は、廊下と玉座の間を隔てる扉の前で止まった。玉座の間では、六世以外の皆が固唾(かたず)()んで扉を注視していた。

 すると、石で造られた頑丈で大きな扉が、その重さを感じさせるようにゆっくりと、少しずつ開いていった。

 やがて、その扉を開けた者の姿が見て取れた。両開きの石の扉を背にして若い男性が、二人立っていた。

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