第四章 魔王となりし者 1
第四章 魔王となりし者
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城の警備に就いている兵士たちは、皆、浮き足立っていた。それも、そのはずである。既に城中では、村娘の幽霊が夜な夜な復讐に現れ、この城にいる者を皆殺しにするという噂が広まっているのだ。
そして、ついに昨日、城内にて、国王の弟であるフランク王子が、頭部を両断されて殺されたのだ。
城は既に厳重な警戒態勢にあり、蟻の子一匹、這い出る隙間もなかった。それなのに、現実にフランク王子は殺されたのだ。その現実が、皆を恐怖のどん底に引きずり込んだ。もう、誰も、その恐怖から逃れることができない。
城の警備とは、名ばかりで、警備に就いている兵士たちは、皆、明るい場所を求め、なるべく大勢で固まろうと移動していた。独りでいたら、いつ、怨霊に襲われるのか分からないのだ。皆でいたいという群集心理を止めることは、誰にもできなかった。
皆に安心を与え、恐怖から解放することができる唯ひとりの人間は、今、玉座の間にいた。シャインソール王国軍総指揮官エミリオ・プラーム将軍である。今、その玉座の間において、ちょっとした事件が起きていた。
「どうなのです、クライス・ド・ソール六世陛下」
そう、強い口調で国王を追求しているのは、タイトの妻で、長年王国に使えてきたカスバーン公爵家の息女、アスリーンである。
「こらっ、アスリーン、陛下に対して、何たる態度だ。下がらんか」
父であるジェラルド・カスバーンは、青ざめて、声が引きつっていた。
「下がりません。お父様、如何なのです。お父様も、その場にいたんじゃないのですか」
「なっ、それが、親に対する態度か。昔は、決して親に逆らうような子ではなかったのに。これもやはり、あいつの所為に違いない」
「いいえ、タイトは、私に何も強制しません。ありのままの私を受け入れてくれます。だから、もし、変わったとすれば、それは、私自身が望んでしたことですわ」
そこまで、聞くと、さすがにエミリオは、黙っていられなかった。
「アスリーン、君は、タイトに騙されているんだ。あいつは、卑しい農民の倅なんだぞ。そんな奴の言うことに真実などあるものか」
「エミリオ、あなたも他の貴族と変わらないのね。貴族が絶対的な存在だと信じている。そんな考えこそ間違っているのよ」
「馬鹿者。エミリオ将軍の言うとおりではないか。教養のない庶民の言うことなど、聞く価値もない。だから、儂は、エミリオ将軍と結婚するようにお前を諭したではないか」
「何を言っているのよ、お父様。お父様は、そうやって、私の意思など無視して、結婚まで強制する。親は、子供の支配者ではないのよ。タイトは、フラニーに対しても決して強制したりしないわ」
「うるさい、黙りなさい。タイトのように口ばかり達者になりおって。だからは、お前はいつまで経っても子供なのだ」
ジェラルド公爵は、そこまで言うと、玉座に鎮座していた六世に向かって、頭を下げた。
「陛下、お願いの儀がございます」
ジェラルドが、そう言うと、六世は、ゆっくりと顔を向け、短く答えた。
「何だ、言ってみろ」
「はっ、ありがたき幸せにございます。是非、陛下のお力を持ちまして、エミリオ将軍と娘アスリーンの結婚の儀を進めていただきたい所存にございます」
そこで、六世の傍にいたエミリオの父親であるアルフレッド・プラーム最長老が口を挟んだ。
「ちょっとお待ちくだされ、カスバーン公。貴公の方では、ご息女と我が息子であるエミリオとの結婚を望んでいるようだが、大変申し訳ない。エミリオは、現プラーム家の頭首なのです。ご息女との結婚はありえません」
「分かっております。プラーム最長老様の言うことは、重々承知の上です」
そう言って、ジェラルドは、目を伏せて、アルフレッド・プラームに頭を下げた。
しかし、突然、顔を上げると、アルフレッドを無視して、六世の方に向き直った。そして、再び懇願しだした。
「娘は、ご存じのとおり、庶民であるタイトに騙され、無理やり結婚させられ、子まで儲けてしまいました。そんな娘が、格式高きプラーム家に普通に嫁げるとは思っておりません。しかし、どうか、長年、王家に仕えてきた我がカスバーン家の忠誠心を汲み取っていただき、陛下のお力を持って、アスリーンとエミリオ将軍の結婚の儀をお許しくださるよう、アルフレッド最長老様にお口添えをお願い致します」
アルフレッドの身体は小刻みに震えていた。その目は血走り、ジェラルド・カスバーンを睨みつけていた。
「いい加減にしてくだされ、ジェラルド公。もう、その話は終わりです。エミリオ、お前からもハッキリとお断り申し上げなさい」
それまで、静かに父親たちの会話を傍観していたエミリオは、ゆっくりと口を開いた。
「父上、申し訳ありませんが、私は、今でもアスリーンのことを愛しております。その私からアスリーンとの結婚の儀を断る理由はございません」
「なっ、何を馬鹿なことを言っておるのじゃ。エミリオ、剣聖と言われ、今や、この世界に敵無しのお前ほどの男ならば、このような子持ちの阿婆擦れと結婚をしなくても引く手あまたであろう」
さすがに、自分の娘のことを「阿婆擦れ」と言われては、父親としてジェラルドも黙っていられなかった。
「プラーム最長老、いくらなんでも我が娘に対して、阿婆擦れとは言葉が過ぎまするぞ」
「何を言っておる。現に、庶民と結婚して子を儲けるような女ではないか。男なら誰でも構わない女を阿婆擦れと呼んで何が悪い」
今度は、エミリオが黙っていられなくなり、父親であるアルフレッドに対してハッキリと口ごたえをしたのだ。
「父上、ご無礼を承知の上で申し上げます。アスリーンは、立派な淑女です。私が、この世で唯ひとり愛した女性です。そのアスリーンを侮辱することは、このエミリオ、剣に賭けても引き下がる訳にはいきません」
「なっ、何と申した。この父に剣を向けるというのか」
アルフレッドは、初めて敗北感を味わっていた。まさか、愛する我が子に裏切られるとは思ってもいなかったのである。
今まで、アルフレッドは、エミリオに対して帝王学を身につけさせてきた。その一環として剣の稽古も怠ることなくつけてきた。
やがて、自分では教えられないほどエミリオは強くなった。それからは兵士の中から剣の腕の立つ者を屋敷に招き、剣の稽古をつけさせてきたのだ。その結果、エミリオは建国王である剣聖シャインソールの生まれ変わりとまで言われるようになっていった。
父親として、アルフレッドは、そんな息子のことを誇りに思った。まさに、自慢の息子であり、愛して止まない存在が、息子エミリオなのである。それだけではなく、王家に対してプラーム家の存在を見せつけることになり、アルフレッド自身の力の源ともなっていた。
そんな息子が、カスバーン家の娘のことで、父親である自分に反抗してきたのである。今まで一度も父親に反抗したことのない息子が、そんな風になるとは考えもしなかった。それも剣に賭けてということは、父親の命を奪ってでもアスリーンの名誉を守ると宣言しているのである。
アルフレッドにとって、一番の問題となるのは、息子の宣言を国王が聞いていたことであった。つまり、王家に対しての力の源であり、剣聖シャインソールの生まれ変わりであるエミリオが、父親に対して反感を持っている事実を国王自らが知るところとなった点なのだ。
王家が必要とするのは、年老いた相談役ではなく、国外に対して抑止力となる剣聖という名声なのである。要するに、たった今、この時点からアルフレッド・プラームは、シャインソール王国やクライス・ド・ソール六世にとって必要ない存在と化したのだ。
アルフレッドの権威は、完全に地に落ちたことになる。それを証明するように、ジェラルドの目は、既にアルフレッドの方を向いておらず、息子エミリオに対して向けられていた。そして、ジェラルドは、エミリオに懇願した。
「おぉ、エミリオ将軍、貴方が、その気ならば何ら問題ありません。この平和な時代に政略結婚もありますまい。どうか、我が娘を幸せにしてやってください」
ジェラルドは、エミリオに対して政略結婚はありえないと言っておきながら、自分自身が娘のアスリーンに対してやろうとしている暴挙には全く気付く様子はなかった。
アスリーンは、自分とは関係ない話をされているかのように顔色ひとつ変えてはいなかった。それも当然である。アスリーンには、もう既成の事実として夫タイトがいるのだ。それなのに、何故、今更、外野が自分の結婚話をしているのか、理解ができなかった。
だから、アスリーンにとって、父親たちの会話は、自分に関係ない、別の人物についての話し合いでしかない。
しかし、時間的な余裕がない現状、これ以上、無駄話に付き合う暇はなかった。そう、間もなく、彼がやってくるに違いない。その前に、何としても真相を質し、彼を、ダグを止めなくてはならない。
アスリーンは、自分と同じように、愛して止まない人を持つダグの気持ちが理解できた。だから、ダグが六世への復讐のため、このソルビアス城に、必ずやって来ると思っている。
「さて、皆さん。無駄話は、もう、よろしいでしょうか」
アスリーンは、毅然とした態度で、三人に問い質した。
「無駄話とは何だ、アスリーン。お前の幸せのために、父は、エミリオ将軍に、お前をもらっていただけるように頼んでいるのではないか」
「それが、無駄話なんです。私には、既に夫タイトがおります。そして、タイトとの間に儲けました娘フラニーがおります。これで、もう、十分でしょう、お父様。これ以上の話し合いは時間の無駄です」
「何たる言いぐさ、それが、親に対する口の利き方か」
「ワッハハハ・・・」
突如、大きな声で六世が笑い始めた。その笑い声を聞いて、その場にいた全員が驚き、一瞬我を忘れた。
「アルフレッド、エミリオ、そしてジェラルド、もうよせ。当の本人がタイトを夫と認めているのだぞ。それを他人がとやかく言ったところで無駄というものよ」
「陛下、他人ではありません。私はアスリーンの父親ですぞ」
「フンッ、親とて所詮は、他人同然だ。ジェラルド、お前より、余程、娘の方が確り自分というものを持っているようだな」
「陛下、何をおっしゃいますか。私を愚弄なされるのですか。私が、親の反対を押しきって結婚するような愚かな娘より劣っていると、そう言われるのですか」
「そのようなことを考えているから駄目なのだよ。お前は、口では娘の幸せを謳っているが、その実、自分の権威の失墜を恐れているだけなのだ。そのような考えで娘の結婚を進めること自体、愚かとしか言いようがない」
そこまで言って、六世は独り言のように呟いた。
「本人の望まぬ結婚は、まさに地獄だぞ」
そこにいた全ての人間は、耳を疑った。これが、あの六世なのか、と信じられない思いである。あの魔王のような六世が、アスリーンに気を遣っているのだ。
その気遣う言葉は、他人を人とも思わず、その命を奪い、悪魔のような所業を繰り返してきた男から発せられたのだ。自分たちの眼前にいるのは、いったい誰なのか、疑問に思わないはずがなかった。
特に、エミリオ、アルフレッド、ジェラルドの三人は、あのフォレスティン村の女性たちの惨劇を目の当たりにしている。とても同一人物とは思えなかった。
アスリーンも驚いていた。自分が追求しようとしている人物が、最も自分の気持ちを理解してくれていたのだ。これは、どういうことなのだろうか。アスリーンも疑問を持たずにはいられなかった。
しかし、アスリーンが、この玉座の間で逸早く、我に返り、毅然とした態度で六世を問い質す。
「ありがとうございます、陛下。しかし、今の話は、私の聞きたい答えではありません。私の聞きたいことは、唯ひとつです」
アスリーンが喋り出すと、ジェラルドも我に返り、最初の目的を思い出したのである。
いつの間にか、アスリーンの結婚話とすり替わってしまったが、本来は、アスリーンの詰問を止めさせるために話を逸らそうとしたのだ。それが、いつの間にか自分自身を見失う結果を招くとは、ジェラルドは、娘を奪った憎々しい男の顔を思い出さずにはいられなかった。
「アスリーン、まだ、言うか。もう、やめるのだ。陛下に対して無礼ではないか」
「何が無礼なのです。これは、先ほどまでの与太話とは次元が違います。人命の話なのですよ。先ほども言いましたが、お父様、貴方も見ていたのでしょう。そして、プラーム最長老様も、エミリオ将軍も、その場にいたはずです」
「もう止めるのだ。それ以上追及してはならんぞ、アスリーン。このままでは、儂は、お前を・・・」
その先を言葉にしたくないのか、ジェラルドは下を向き、黙ってしまった。惨劇を目の当たりにしたジェラルドは、アスリーンが、これ以上、六世を追求することは、破滅を意味することを理解していた。
それも、破滅するのは、自分だけではない。愛娘であるアスリーンもなのだ。ジェラルドは、アスリーンが六世によって無残な死を迎えるぐらいなら、自分の手で楽に死なせてやろうと考えていた。
しかし、アスリーンは、そんな父親の気持ちを分からないのか、大きな声で怒鳴りつけた。
「誰でもいいから、答えてください、この城でいったい何があったのですか」
そして、沈黙が訪れた。ほんの二、三分であったかもしれないが、まるで永遠の時間のように感じられた。
居た堪れなくなったのか、クライス・ド・ソール六世が、玉座から立ち上がった。そして、腰にある剣の柄に手を掛け、瞬時に抜き放った。その剣先が光ったかと思うと、自分の足元に突き刺したのだ。
辺りには、大きな残響が轟いた。そこで永遠とも思われる止まったままの時間が、動き出したのだ。
「そうであったな。アスリーン、お前の質問に、余自ら答えるとしよう」
アスリーンは、先ほどまでとは、空気の質が変わったことを肌で感じ取った。喉が渇き、居ても立ってもいられなかった。
自分の探し求めた答えが、今そこにあるのに、掴み取るのが怖かった。何故か、先ほどまでと違い、自分の気持ちが萎えてきているのが分かった。もう駄目だ、今直ぐ、この場から立ち去りたい。
しかし、身体が言うことをきかなかった。金縛りにあったかのように、頭の中だけが鮮明であり、指先ひとつ、動かすことができなかった。




