第二章 破滅の足音 4<前編>
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王都サンディアスの中心に位置するソルビアス城、その城門近くで、その男は城に向かって、何事かを叫び続けていた。
「おーい、俺の娘を返せ、俺は、知っているんだ。俺の娘を、お前たち城の人間が連れ去ったのを。誰か出てこい。誰でも構わん。俺の、俺の娘を返せー」
耳をそばだてて聞くと、漸く、そう聞き取れた。男の喋っている内容は、シャインソール軍を預かるエミリオが見逃せるものではなかった。エミリオは、自分のもとへタイトを呼びつけた。
「タイト、直ぐに、ここに参れ」
その命令に、直ぐに答え、タイトは、エミリオのもとにやって来た。
「は、何でしょうか、エミリオ将軍」
「どうやら、あそこで、ソルビアス城に向かって叫んでいる男は、シャインソール王国に対して反逆の志を持つ者のようである。すぐさま、あの男を黙らせろ、もし、黙らないようならば、すぐに手討ちにいたせい」
そう、エミリオが命じると、タイトは、直ちに「分かりました。すぐさま、対処いたします」と応え、男のもとへ向かおうとした。
「待て、タイト。分かっておるな。あの男を黙らすのだ、例え、あの男の命を奪うことになろうと。良いな」
エミリオに念を押されると、タイトは、困ったような顔になり、頭を垂れてしまった。
「そう申しましても、将軍もご存じのとおり、私の剣の腕は、新人兵士以下でございます。もし、剣を抜きまして、その剣を相手に奪われでもしたら、それこそ、どうなることか。もし、将軍自ら赴いた巡回途中で、そのような事件が起これば、将軍の権威に傷がつくことになります。そして、何より、アスリーンを悲しませることになりますので、この剣を抜くことはできません」
「また、詭弁を使いおって。まあ、良い。あの男を黙らせれば、それで良い。やり方は、お前に任せる。ただし、あの男の申していることは、聞き捨てならぬ内容ゆえ、絶対に、失敗は許されぬ。そこは、心しておけ。例え、ジェラルド公爵の娘婿とは言え、許されることではないぞ。そして、タイト、お前は、王国に仕える兵士である。そうである以上、失敗に対して、それなりの罰則は、当然覚悟しておろう。それを拒否することは、アスリーンやフラニーにも、その害が及ぶことになることは分かるな。それが、王国に対して忠誠を尽くして働く兵士の仕事だ」
エミリオの発言は、まさに、タイトに対して、逃げることを許さぬ意思表示であった。アスリーンとフラニーの名を出されて、タイトが引き下がれないことを知っているエミリオの嫌がらせに他ならない。
しかし、タイトは、当然のように引き受ける。それも剣の力を頼らずに、あの男を黙らせるという難しい仕事を実行しようというのだ。
アスリーンとフラニーのことを考えれば、引き受けるべきではない。しかし、タイトが、この命令を拒否すれば、当然、別の人間に引き継がれることになる。その別の人間が、あの男を黙らせるために、武力を行使しないとは言えない。
つまり、城に向かって叫んでいる男の命運を握っているのは、タイトなのだ。それを理解しているタイトは、当然のように、エミリオの命令を受けるのである。
タイトは、ゆっくりと、その男に近づいて行った。そして、その男もタイトの存在に気づいた。
「お前は、城の兵士だな。お前か、俺の娘を連れ去ったのは。王の命令か。俺の娘は、どうなったんだ。会わせろ、俺の娘に会わせろ」
「ちょっと、待ってください。確かに、私は、ソルビアス城の兵士ですが、何を言われているのか、理解できません。落ち着いて、私に話してみませんか」
「落ち着けだと、俺の娘を連れ去っておいて、落ち着けと言うのか。頼む、会わせてくれ、俺の娘に会わせてくれ」
そう言いながら、男はタイトの腕にすがりついてきた。タイトは、男が落ち着くまで、暫く、好きなだけ話させようと決心していた。タイトには、分かっていたのだ。こう言う場合は、いくら落ち着くように言っても、聞き入れてもらえないことを。
逆に、止めようとすることは、火に油を注ぐようなものなのである。だから、タイト以外の者が、止めに入れば、間違いなく、この男は、反発し、それこそ、更に声を荒げて言葉を発するようになる。そうなれば、エミリオの言うように、大勢の耳に届く前に事を収めようとすれば、元凶である男の命を断つ以外方法がなくなる。
つまり、最も早い解決策は、男の言葉を止めるのではなく、出来るだけ早く、言いたいことを全て吐き出させることなのだ。そのためには、男の言葉を遮ることなく、受け入れて、男の思いに理解を示し、その気持ちを落ち着かせていくことによって、声のトーンを下げさせ、徐々に、収束させていくことが必要なのである。
「俺は、十日ほど前から、ずっと娘を探していたんだ。俺の住んでいる村でも昔から神隠しの噂は絶えねえ。だから、不安でしょうがねえんだ。俺と女房には、大切な娘なんだ。まだ、九つにしかならねえ子供だ。その娘が、十日前に村の雑貨屋に買い物に出かけたきり、帰ってこないんだ」
「それは、本当に心配だね。確かに、私が住んでいるフォレスティン村でも、昔から神隠しの噂は絶えない。それを考えると、噂は本当だと思えるからね」
そう、タイトは、相槌を打った。そうすると、自分の気持ちを始めて理解してくれる人間に出会ったと仲間意識を感じ取ったのか、男は、幾らか落ち着き、タイトにだけ聞こえる程度に、声のトーンを下げて喋り出した。
「そうなんだ。そこで、心配になった俺は、ずっと、娘の行方を捜していたんだ。それが、昨日、俺が娘を捜すために家を留守にしているときに、お城の兵隊さんたちが数名来て、女房に革の袋を黙って置いて、去っていきやがった。
俺が帰ると、女房が、その革の袋を手渡してきたので、中身を調べてみたら驚いた。その中には、金貨が何十枚もの入っていたんだ。
女房は大喜びさ、ここのところ、税が上がって、困っていたからな。その革袋の中には、更に紙切れが一枚入っていて、そこには、『娘のことは、忘れろ』と書いてあった。
女房は、その紙切れを見て、俺に、『もう、娘のことは諦めよう。きっと、あの娘は、神隠しに会ったんだよ。それよりも、このお金があれば、これからの暮らしも楽になる。また、子供を作れば良いじゃないか、あんた』と言いやがった。
あんな金は、口止め料に決まっている。俺たちが、これ以上、騒ぎ立てないためのな。 つまり、城の連中は、俺が、娘のことを捜すことを嫌がっているんだ。それは、娘の失踪に城の人間が拘っていることを意味しているに違いない。だから、俺は、今、こうして城の前で、娘に会わせてくれるように、懇願していたのさ」
「そうだったのか、えーと、・・・」
「俺は、クレスト村のジョージだ」
「ジョージ、君の気持ちは、良く分かる。私にも七つになる娘がいる。その娘が、君の娘のように、いなくなれば、君と同じように、必死に探すことだろう。でも、良く考えてみてくれ、ジョージ。我々の知っている国王陛下は、三世陛下以来、庶民である私たちに大変好意的にしてきてくれたじゃないか。その国王陛下が、我々の娘をさらったりするものか?おそらく、陛下は、君の噂を聞いて、心を痛めたに違いない。そのために、税を上げなくてはならないほど厳しい状況の中でも、君たちに、申し訳ないと大金を与えてくれたのではないのかな。その中にあった手紙にしても、あまり多くを語ることによって、かえって君たち夫婦の苦しみが増すことを恐れ、娘のことを忘れて、夫婦で、お互いのことを支え合って生きていくことを考えなくてはいけないと言いたかったのだと思うよ。君たちが、生きていかなくては、誰が、娘さんを探し出すことができるんだい。気を確り持って、自分を見失っては駄目だ。今のジョージの姿を見たら、娘さんは、きっと悲しむと思うよ。だって、大好きなお父さんが、自分のことで苦しんで、気が動転して、お城に来て直談判しようとしているんだよ。そんなことをすれば、如何なるかは、九つになる娘さんだって分かることだよ。命を粗末にしてはいけないよ。君の命は、もう、君ひとりのものじゃないんだ」
タイトは自分に言い聞かせるように、更に続けた。
「今も、何処かで待っている娘さんや奥さんのためにも、ジョージ、君が確りしなくては、駄目じゃないか。こんなところで、喚き散らしている暇があったら、同じように、否、君以上に娘のことを心配している母親である奥さんのことを、もっと気遣ってあげて欲しい。母親は、父親と違って、自分のお腹の中で子供の命を育み、そして出産するという事実を持って親となっているんだ。父親よりも親としての自覚が、その事実を持って、より強くあるはずだよ。ここで、もし、君が、その奥さんまで失うことになったら、本当に君には、何も残らないんだよ。母親である奥さんを失うことは、唯一の娘との確かな繋がりを失うことになる。つまり、完全な喪失感が、そこにはあるだけなんだ。だから、娘さんのためにも、そして、自分のためにも、奥さんを大事にしなくては、駄目だ。何よりも、愛した奥さんの娘だから、君にとって娘さんは、大事なんじゃないのかな」




