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第二章  破滅の足音 4<後編> 第二章【終】


 男は、タイトの言葉に(うなず)いた。

「あんたの言うとおりだよ、兵隊さん。俺は、娘を大事だと言っておきながら、その娘と同じように大事な女房のことを忘れていたようだ。そうなんだ、俺にとって娘が大事なのは、俺の女房の娘だからなんだ。 いつの間にか、女房が、俺の傍らにいるのが当たり前となって、結婚したときの気持ちを忘れちまったんだ。そうだよ、俺の女房が、娘のことを忘れる筈がない。あいつが俺に新しい子を作ろうと言ってくれたのは、俺のことを気遣ってくれてのことだったんだ。あいつは、ずっと、出会った頃の気持ちを忘れずにいてくれたんだな。あんた、名前は、何て言うんだい、兵隊さん」

「私は、フォレスティン村のタイト。兵士と言っても、剣を振ることもできない駄目兵士なんだ」

「そうか、タイトさんか。ありがとう。本当にありがとう。まだ、城の連中が、娘の失踪に関連していないと言うことを、完全に受け入れることはできない。でも、タイトさん、あんたの言うように、それを今ここで確認することが、正しいことであるとは言えないことを理解できたよ。女房のためにも、娘のためにも、俺は、まだ死ねないな。タイトさん、あんたは剣なんか使えなくても、立派に王国を守っていける兵隊さんだよ」

「ジョージ、君は、素晴らしい人間だよ。頑張ってくれ、君のような人間が集まれば、このシャインソールは、本当の意味で平和な国になるよ。そのためにも生き抜いてくれ」

「へ、俺には、あんたが、この国を本当に平和に導いてくれるように思えるがな。あんたこそ、死ぬんじゃねえぜ。じゃ、俺は、女房のもとへ帰るからな。本当にありがとう、タイトさん」

 そう言って、ジョージは、その場を立ち去り、女房の待つクレスト村へと帰っていった。その様子を見ていたエミリオが、馬に(またが)ったまま、タイトのもとへやってきた。それに気がついたタイトは、エミリオに対して敬礼をして、直立不動を(たも)った。

「エミリオ将軍、無事、ご命令を遂行することができましたので、ここにご報告いたします」

 そう言われ、エミリオは、口元を吊り上げ、皮肉を込めて言い放った。

「あいも変わらずの偽善者め。今度は、何と言って言いくるめたのだ。斬ってしまえば簡単に済むことを、何故、お前は面倒臭い方法を取るのだ。万が一、相手がキレて襲い掛かってきたら如何(どう)するのだ」

「そのときは、土下座して謝ります。それでも駄目なら、逃げます。それでも駄目なら、世界一と言われるエミリオ将軍に助けていただきます・・・、駄目でしょうか?」

 タイトは、事も無げに言った。本当に、そう思っているようであった。

「お前の腰に付けている剣は、飾りではないのだぞ。何故、自分の命を危険に(さら)しているのに使わんのだ。」

「私は、使わないのではありません。剣を使うことができないのです」

 エミリオは、タイトの落ち着き払った言い回しに理性を破壊されたように感じた。この男の詭弁には、本当に反吐(へど)が出る思いである。だが、そのようなエミリオの思いですら、この男の手の内であるようであった。

「だから、何故、剣が使えないのだ。その腰から、剣を引き抜き、相手めがけて振り抜くか、突けば良いだけではないか。子供でもできることだぞ」

「だからこそ、できないのです。そのように、考えなくても他人を傷つけることができる道具を、私は使うことができません」

「やはり、お前の言っていることは詭弁だ。今が平和な世の中だから言っていられるだけだ。これが、一世陛下の時代であれば、戦乱の世である、そのような考えでは生き残ることはできん。それでも、お前は、ここにいる兵士たちに剣を使うなというのか」

「私は、誰にも剣を使うなと強要はしません。自分の身を守るために剣を使うと言うならば、誰にも、それを止める権利はありません」

 エミリオは、タイトの言葉に惑わされ、(だま)されているように感じていた。その思いが、エミリオを逆上させているのである。

 タイトの思いどおりになることは、エミリオの自尊心が許さないのだ。だから、エミリオは、タイトに()みつく。決して、タイトの言うことを受け入れないのである。

「だから、それが、詭弁なのだ。お前は、自分で剣を使わないといっているのだぞ。それなのに、ほかの者が剣を使うことを肯定している。これを詭弁と言わず、何と言うのだ」

 エミリオの激昂に対して、タイトは、至って冷静に答えた。

「私が、否定したのは、剣を使うことではありません。考えないで、剣を使うことを否定したのです」

「それの、どこが違うと言うのだ」


「全く違うことです、エミリオ将軍。

 考えないで、剣を振うことは、他人の命令で行う行為です。そのような行為に、誰が責任を持てるのでしょうか。

 一方、考えて剣を振う行為は、自発的な行為です。そのような行為で、誰に責任を押し付けられるのでしょうか。

 つまり、自発的行為で剣を振るう行為は、自分で殺人者であることを受け入れる行為なのです。

 よって、自発的行為で剣を振るう者は、その殺した人の人生を背負う覚悟ができた人間です。

 そのような覚悟を持った人間に誰も口を挟むことはできないと言ったに過ぎません。

 決して、詭弁を述べている訳ではありません」


「それでは、タイト、お前も、いつかは、覚悟を持って剣を振うと言うのだな」

 そう言われても、タイトは、怯むことなくエミリオを見つめ、言い放った。

「そのとおりです」

「フフフ・・・、そうであろう。当たり前だ。兵士である以上、剣を使わないで一生を終えることなどできるはずがない。そう、お前の言うとおり、どのような詭弁を使おうと、剣を持つ者は、全て殺人者なのだ」


「そうです。それでも、私は、考えに、考え抜いた末でしか剣を振うことはありません。

 そうでなくては、私は悔いを残すことになります。悔いを残しては、覚悟が鈍ります。

 それでは、死んでいった者に対して失礼です。

 相手が迷った末に斬り殺されたのでは、殺された者は悔いが残ることでしょう。

 そんな覚悟もできてない人間ならば、自分が、その瞬間に、もう少し強い覚悟で臨んでいれば勝てたのではないか。

 何故、あのとき、その覚悟ができなかったのか、と悔いるに違いありません。

 だから、私は、最後まで、殺人者にならないために足掻(あが)きます。

 それが、徒労に終わろうとも、悔いのない明日を迎えるために」


 エミリオは、言いしれぬ敗北感を持った。これ以上の会話は、自分が惨めになるだけである。この男には、得体の知れない何かが備わっている。それに触れては、自分が自滅することになるとエミリオは感じていた。

「もう良い、巡回に戻るぞ」

 そう、エミリオが宣言したときである。ソルビアス城の城門が開き、一頭の馬に跨った貴族らしき人物がエミリオのもとに駆け寄ってきた。

「エ、エミリオ将軍、直ちに、ソルビアス城に御戻りください」

 エミリオは、何故か、胸騒ぎがして、聞かずにはいられなかった。

「城で何かあったのか」

「クライス・ド・ソール五世陛下が、崩御(ほうぎょ)なされました」

 エミリオは、一瞬、何を言っているのか理解できなかった。否、エミリオだけではない。その場にいた全員が、自分の耳を疑ったのである。

 クライス・ド・ソール五世が、この世を去った。昨日までは、間違いなく元気な姿を見せていたのだ。そんな人間が、たった一晩で死んでしまった。そのような事実を急には、受け入れられないのだ。

 それでも、さすがは将軍である。エミリオは、いち早く立ち直り、皆に号令を下した。

「兵士は全員、一旦、宿舎で待機。私は、直ぐに、ルーファス殿下のもとへ参る。良いか、今聞いたことは、一切他言無用だぞ」

 そう言うや(いな)や、エミリオは、自分の騎乗している馬に鞭を入れ、すぐさま城に向かって駆け出した。

 エミリオの姿が城の中に消えると、残された兵士は、エミリオの命令を実行に移し、宿舎へと向かって行進しだした。しかし、その行進の足取りは重く、全員が意気消沈しているようであった。

 タイトは思った。これは、シャインソール王国の平和の終焉を告げるものではないのだろうか。ソール五世の死には、得体の知れない悪意のようなものが感じられた。

 先ほど、ジョージに対して話した言葉も、エミリオに言われるまでもなく、嘘であることは、誰よりもタイトには分かっていた。ジョージの娘の失踪に城の人間が絡んでいるのは間違いない。

 タイトは、破滅の足音が、直ぐ(そば)まで来ていることを感じずつにはいられなかった。

「アスリーン、フラニー、これから、シャインソールには暗雲が立ち込めるかもしれない。でも、君たちのことは、必ず、守るよ。エミリオ将軍にも言ったように、例え、剣を振うことになってもね」

 そう、自分に誓ったタイトであった。

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