いつの日か(6)
「奴らを殺せ!」
領主の声だった。思わず目を開けば、バラバラと屋敷から剣を持った兵が出てくるところだった。「ひっ」と喉の奥で悲鳴が消えた。喉が詰まったように悲鳴は出てこなかった。二人を守るように、先ほどの騎士がアレスの前に飛び降り、鞘に収まった剣を投げてくる。
「アレス!」
アレスはそれを片手で苦も無く受け取ると、しがみついているリーザの腕をはずし、背を向ける。リーザはアレスの背に庇われた形だ。斬りかかってくる兵士にアレスは慌てた様子もなく対峙し、振り下ろされた剣を自分の剣で受け流した。リーザはアレスの華奢な背中に思わず見惚れてしまった。
今まで何度、彼に守られただろう。リーザが困っているとき、酷い目にあいそうになっているときにいつも守ってくれたのはこの背中だ。周りが斬りかかってきていて、矢も飛び交っているというのに、リーザは守られていることを感じていた。
「王子様…」
リーザの唇から囁きがもれる。昔、フォルカが話してくれたことは本当だったのだ。王子様はいた。リーザを助けに来ていたのだ。
呆けていたリーザの背中から、聞きなれた怒声が発せられた。
「何をやってるんだい!」
トビアスと共に、リーザを苛めていたジュリエッタだった。領主の屋敷に近接して、自分たちの主人の屋敷があったのだ。リーザの主人である男が叫んだ。
「あいつらを殺せ!」
主人はリーザを守ってはくれなかった。それどころか殺そうとしているのだ。
「あいつらはマギだ! 殺せ!」
マギって何? リーザの知識としてあるマギは怖い者だ。怪しい術を使い、人々を不幸に陥れる者のことだ。違うと否定しようとしたけれど、硬直したように言葉が出てこない。周りの人々が主人の言葉に酔うように、棍棒やフライパンなどを手に押し寄せようとする。何かが頭の横を通りすぎた。見れば、手に武器がないものは石を投げている。
「どうして…」
泣きそうな気持ちで呟いた声は、ラオとマリアの声に潰された。
「やっかいな」
「ベガ!」
ラオとマリアの声に反応するように、群集がなぜか後ずさり、その合間に小さな竜巻が起き、それが群集とアレス達との距離を引き離す。
何が起きているか分からずに、思わずラオとマリアをリーザは見つめた。ラオは眉間に皺をよせ、マリアは焦りを表情に滲ませていた。
人々はそれでも懲りずに方位する輪を縮めてくる。あっと思ったときに、首を猫のようにつかまれた。振り返ればジュリエッタだ。
「戻るんだよ! あんたは甘やかされすぎなんだ!」
助けを求めようとしてアレスを見たが、彼は目の前に来た男と切り結んでいて、ジュリエッタに気づいていない。じたばたと腕を動かせば、アレスの傍にいた騎士が気づいてくれた。切り結んでいた男の首筋に剣を叩き込むと、リーザを押さえているジュリエッタの背後へと周り、彼女の腕を押さえる。リーザの後ろで二人が言葉を交わすのが聞こえた。
「あんた誰だい?」
「アレスの保護者です。いや守護者の方がいいかな」
アレスの守護者…。その言葉はしっくりとくる。アレスの知り合いと思われるこの騎士は、アレスの横で素晴らしい剣の腕を披露し続けていたのだから。
「このうすのろな、無駄飯食いのかいっ!」
「ダメ! エフライム」
エフライムと呼ばれた騎士は、自分とジュリエッタの身体をくるりと入れ替えた。リーザから見えるのはエフライムの背中。そしてわずかばかりのジュリエッタの身体だった。何を…と考えている間に、すぐ傍でカキンと剣が当たる音がした。
「リーザ、気を抜いたらダメだ。僕の後ろから出ないで」
アレスが剣を弾き、背を向けたままリーザに声をかける。エフライムに気を取られていたリーザは、自分の置かれている状態に気づいて、慌てて視線をアレスのほうへと戻した。
そして彼の背を見ながら考えてしまう。一体彼は何者なんだろう。自分より少しだけ年上なだけなのに、堂々と敵と切り結んでいる。そして彼を守る人たち。それもかなり腕の立つ人がアレスを守っている。
目の前に銀色の線が走ったかと思うと、アレスと切り結んでいた相手がどっと倒れた。気づけばリーザの前にいたアレスの前に、エフライムが陣取っている。
周りを見回せば、残っているものは呆然と立ちすくんでいた。いつのまにか風も収まっていて、ラオは手持ち無沙汰に馬に寄りかかって立っている。その脇には黄金の竜の見事な彫り物がされた腕輪を巻いたマリアもいた。
リーザが見回すようにして振り返れば、すぐ傍まで馬に乗った集団が来ていた。先頭にいるのは白髪の武人で、その後ろにも武装した兵が続いている。引き締まった空気が流れるが、戦闘をしようという殺伐としたものではない。新手ではないと思うが、リーザは緊張して声が出ず、震える手でアレスの袖を引っ張ろうとしたときだった。先頭の武人がのんびりと馬上から声をかけてきた。
「終わってしまったようじゃのう」
その声に、アレスがびっくりして振り返る。
「バルドル!」




