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失踪

朝は、まだスッキリしないまま目が覚めた。恐らく昨日の不安をまだ引きずっているのだろうと、蒼はわざと勢い良く起き上がって、顔を洗った。

皆はもう起きていた。夏休みの朝だが、新月ともなると、皆一様に緊張感が漂う。早く皆の顔を見て無事を確かめたくなるのは、毎月の恒例行事のようだった。

「ああおはよう、蒼。ご飯出来てるわよ。」

母がテーブルの上を示した。蒼は頷いて椅子に座った。

「あれからなんか変わったニュースない?」

蒼はテーブルの上の新聞を開いて言った。

「特にそれらしきものは何も」既に食卓について食事をしている有が答えた。「あれから五日経つのに、なんだか不気味だけど。」

「ふうん。」

蒼はざっと新聞に目を通した。有の言った通り、めぼしい事故などない。若月は、あれからも蒼が何度も呼びかけているが、答えることはなかった。遙にはあの夜、答えたと言っていたので、頼んでみたが、遙もまた答えがないと言っていた。

「そう言えば今日、裕馬が来ると言っていたわね。泊まるの?」

母はキッチンに立ちながら聞いた。蒼はハッとした。

「忘れてた。泊まらないと思うよ。今日は家に帰るって言ってた。」

母は顔をしかめた。

「母さん、今日は送って行けないわよ。新月の夜は出掛けないの常識でしょう?」

蒼は頷いた。

「分かってると思うけど、後で確認しとくよ。」

「晩ご飯の支度があるから、早くしてね。」

「分かった」

蒼は答えて、ふと卓上のカレンダーを見た。二つほど丸を付けている箇所がある。父の帰って来る日であることは、蒼にもわかった。

蒼の家では、今年始めから父が単身赴任で留守にしていた。

元々、母の仕事が新聞や雑誌に記事や写真を売っているものなので、取材やらなんやらで家を開けることが多く、それでいいならと結婚したらしいので、父は母が留守にしていても特に何も言わないが、最近は父が不在である分、帰って来る時には居ないと少し機嫌が悪かったりした。

蒼は覚醒してから、なぜ母がそんな仕事をしているのが、やっとわかるようになったのだが、父にはわからない。父は普通の一般人で、月の力の事も、何も知らない。もちろん見えないので、もし説明したとしても、きっと信じはしないだろう。蒼もこのままがいいのだと思うようになっていた。

「母さんはなんで父さんと結婚したの?」

母は驚いた顔をした。

「子供が欲しかったから」蒼が目を丸くするのを見て、「ほんとはね、誰とも結婚する気はなかったのよ。こんな力持ってるから、いきなり出かけたりするでしょう?そんなの理解してくれる人が居ると思う?ましておばあちゃんは力持ってなくて、母さん浄化したりするの反対されてたからね。めんどくさいことがこれ以上増えるの、嫌だったし。」

維月はうっとおしそうに手を振った。

「でも、結婚したじゃん。それも結構早く。」

蒼は食べる手を止めて言った。

「そうよ。だってあの人、とても理解があったの。仕事も今まで通りでいいし、夜の取材だって止めないしって。月に相談したけど、お前の好きにしろって言うし・・・それで月と言い合いになってケンカもしたのよね。でも考えたら、私が子供生まなかったら、私が死んだら月と話す人が居なくなるじゃない?じゃあたくさん生んでやれって思ったわけよ。」

蒼は複雑だった。

「父さんのこと、好きじゃないの?」

維月は難しい顔をした。

「・・・好きだと思うわ。あの人はとてもあなた達の為に頑張ってくれるから。私のは、愛ではないかもしれないけど。」そしてふと、思い出したように言った。「ほんと、今はこんなに回りにあなた達が居てくれるけど、あの頃はね、月と私の二人きりだったのよ。だから、もしも私が月になるか、もしも月が地上に降りることがあったら、結婚しようって約束させたこともあったのよ。そんなことはあるはずないのはわかっていたし、誰も理解してくれないのなら、誰でも同じだと思っていたのは事実よね。」

母がさばけた性格なのは知っていたが、少しショックな事実だった。父さん、拝み倒して結婚したのか。

「別にあの人が我慢ばっかりしてる訳じゃないわよ。」母は少し叱るように言った。「あの人はね、私と同じで干渉されるのが嫌いな人なの。だから、私みたいな感じがちょうどいいんだと言っていたわ。私、あの人が趣味にお金掛けようと、帰りが遅くなろうと、何にも言わないじゃない?それが居心地いいのだと言っていたわよ。お互い嫌なら一緒に居る必要はないからね。一応続いてるんだから、それでいいんじゃない?」

母はまた流し台の方へ向いた。

蒼は思った。そうか、今はみんな同じ力を持ってるし、見えてるし、理解し合えてるけど、いずれ結婚ってなったら、相手次第で隠したりしなきゃならないんだ・・・。隠し通すのも難しそうだし、家空けてばかりで不振がられるのも面倒だな。しかも、くつろぐ場所がなくなるじゃないか。十六夜とも夜、話せなくなる・・・。

「オレ、結婚しないかな・・・。」

蒼は呟いた。確かに母さんの言う通りすごく面倒そうだし。

「あら、他の子はどうであれ、あなたは当主なんだから、結婚して次の子残さなきゃよ。」母はサラっと言った。「私だって、自分が当主でなかったら、きっと結婚しなかったものね。あ、そうそう、沙依ちゃんもらいなさいよ。あの子なら分かってるから大丈夫じゃない。」

蒼は顔に血が上るのを感じた。

「な、なんでだよ!だいだいあっちも巫女の血筋残さなきゃじゃないか!」

「大丈夫よあっちとこっちで二人ぐらい。五人も生めとは言わないわ。あら、蒼、顔赤いわよ〜。」

母は意地悪く笑った。有もきゃっきゃと笑っている。蒼は出来るだけ早くご飯をかき込み、裕馬に連絡すべく部屋へ逃げ帰った。


結局、裕馬は新月でない日に泊まりに来ると連絡があって、蒼は一日ぼんやりと過ごした。

学校がない限り、新月の日は外に出る気がしない。別に日常生活は何も変わらないのだが、今日は特に家から出たくない気分だった。外は日が沈んで真っ暗だ。今日は十六夜の声が聞けないと思うと、また少し暗い気分になった。

恒が、部屋へ来た。

「蒼、遙知らない?」

蒼は寝転んでいたベットから半身を起こした。

「そういえば見てないな。風呂なんじゃないか?」

恒は首を振った。

「家の中には居ないみたいなんだ。今母さんが友達の所に電話してるけど。携帯も切ってるみたいで繋がらないし。」

蒼は嫌な予感がした。遙のことは朝、下へ降りて行った時にすれ違ってから見ていない。

ベットから飛び起きると、階下へ向かった。母が電話を切ったところだった。

「知ってる所はみんな電話したけど、みんな来てないと言ってるわ。」

母は頭を抱えた。今日は新月で、月に聞くこともできない。蒼は、前に自分が同じことをして、知らなかったとはいえ、維月に心配させたことを思った。あの時母は、自分を案じて無理やり自分の門を月に向かって開いたのだ。

「朝、何か言ってなかったのか?」

皆一様に首を振る。

「特に変わった所はなかったのに。でも・・・。」

「まさか、若月の所・・・?」

蒼はぞっとした。だが、考えられる。月の出ている時なら、十六夜が見とがめてすぐに母に言うだろう。でも、今日なら、いくら十六夜から見えていても、皆には聞こえない。蒼は自分の部屋に向かって走り出した。

「蒼!」

維月の声が追いかけて来る。蒼は窓を開け放して月のあるだろう位置を見た。十六夜からは見えている。聞こえている。だったら、自分があの時の母の様に、門を開ければいいのだ。

「恒!力をくれ。」

恒は前に出た。

「オレ一人じゃ、わずかな力しか一度に送れないよ?」

「大丈夫だ。それから、地図あるか?」

涼がパソコンを起動させた。

「待ってね、すぐにマップ開くから。」

パソコンの起動を待つ間、蒼は意識を集中させた。母さんに出来た、門を開いて十六夜の見ているものを見ること。オレにも絶対出来るはず。それにオレの方が遥かに強い力なんだ。場所も特定出来るはずだ。

「蒼、準備出来たわよ」

涼が言う。蒼は空を見て力をこめた。十六夜、見せてくれ。

自分の体に溜め込まれていた力が頭の辺りに集中してくるのがわかる。しかし、かなり固い感じだ。蒼は痛いぐらい眉を寄せて空を凝視した。

瞬間、まるで裂けるような感覚と共に、パアッと視界が開けた。見ている空に、重なるように風景が見える。遙が居る。暗い、雑木林のような物が見え、その近くに小さな屋敷があるのが見え・・・。

蒼は空を見たまま、パソコンに移動した。マウスを持ち、日本列島の箇所をクリックし、更に見える場所をクリックし、更にそこから絞り込んだ場所をクリックし・・・。蒼は、マウスのポインタをその箇所に置いた。

「・・・ここだ。十六夜はここに遙を見てる。」

蒼は、ガックリと膝をついた。ダメだ。頭が割れるように痛む上に、立っていられないほど力を消耗してしまった。意識が遠のいて行くのが分かる。

「蒼!」

有と涼と恒は、必死で蒼を引きずってベッドへ寝かせた。わずかの間に、汗でびっしょりになっている。維月は地図をプリントアウトし、涼に言った。

「ここへ行って来るわ。涼、蒼を頼める?恒には力の補充に来てもらわなきゃだし、何かの時には有に対処してもらわなきゃならないから。」

涼は前に踏み出した。

「私も行くわ!戦うのなら、人数いたほうがいいでしょう?」

「蒼をどうするの?」維月は言った。「まだ戦うと決まった訳じゃないわ。とにかく涼、もしここで何かあったら、あなたが蒼を守ってちょうだい。」

涼はハッとして、頷いた。

「わかった。気をつけて、母さん。」

母は険しい顔で頷くと、恒と有を連れて出ていった。

車の音が遠ざかって行く。

「・・・・・」

意識を失っている蒼が何か呟いている。涼は顔を近付けた。

「え、何?蒼?」

「い・・づき」蒼が気を失ったまま口を動かしている。「行く・・な」

涼は、蒼がまだ十六夜とつながったままなのだと知った。

「十六夜なの?・・・母さんはもう出発してしまったのよ。」

「とめ・・ろ、りょう」微かな声だ。「いづ・・き・・・。」



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