疑惑
「若月が…若月がやったのか?」
蒼は呆然と画面を見つめた。十六夜は答えた。
「オレの力は、いくら人に影響させようとしてもお前らを通さなきゃ出来ねぇ。アイツがやったとしたら、アイツは月とは異なる力を持ってるってこったな。」
階段から降りて来てそれを見ていた遙が首を振った。
「違うわ!たまたまそこに見に行って、映った可能性もあるじゃない。」
しかし蒼は黒い霧の姿を見てしまっていた。若月の足元に、集まるように波打っていたのだ。それは母も涼も同じだったようだ。遙は答えない皆を見渡して、叫んだ。
「何よみんなして!いいわよ、私が確かめるわ!」
遙は家を飛び出した。
「待ちなさい、遙!」
維月が呼び止める。そして、「恒!」
騒ぎに自室から出て来ていた恒が、頷いて後を追った。十六夜が立ち上がった。
「蒼、オレを戻せ。」
蒼はすぐに力のリンクを切った。十六夜は光になって消えた。
「どこに行っても月なら追えるわ。」
維月がホッとため息をつく。蒼はハッとして自室へ駆け戻り、窓から月を見上げて言った。
「若月!若月、聞こえるか?聞こえてるはずだ。答えろ!」
若月からの応答はない。
「なんで答えないんだよ!」
《念は届いている》十六夜が答えた。《しかし答えるつもりはないようだな。》
「そこから若月が見えるのか?」
《意識を向ければ位置は容易にわかる。お前らの言う「見る」とは違うがな。しかしオレは今遙を追ってるからな。》
蒼は口唇を噛んだ。どうなってるんだ?若月、何をしようとしている?
遙は、走って走って、どこかの公園に到着していた。恒が追い付いて来ているのは感じる。遙は精一杯念を飛ばした。
『若月!若月聞こえる?』
しばらくして、若月の声がした。
《遙か?》
遙はホッとして答えた。
『そうよ。皆が皆、あの爆発を若月のやったことのように言って…私、私家を飛び出しちゃったの。』
若月の声はためらったようだった。
《遙…我のためにそのようなことをしてはならぬ。とく去ぬるのじゃ。》
遙は首を振った。
『どうせ十六夜が見てるもの。どこに居るかなんて、母さん達は知ってるわ。新月の日でもない限り。』
どこか苦々しげな感じになってしまった。念だけなのだから、感情がダイレクトでも仕方ないか。
恒が追い付いて横に立つのがわかる。それでも、遙は意識を集中した。
《遙、よく聞くのじゃ。あれは我が人を操りさせたこと。我の責なのじゃ。主は母や当主の元へ去ね。》
遙は少なからずショックを受けたが、予想していなかった訳ではない。気を取り直して念じた。
『…何か、訳があるんでしょう?』
《遙…》
若月は言いよどんだ。真実を言えば帰ると思ったのだ。
『私は人見知りで引っ込み思案だけど、それだけにとても人をよく見るの。勘が働くのよ。若月、訳を教えて。』
しばらく黙ったのち、若月は言った。
《…では、遙。お前には話そう…。》
公園の真ん中で、遙は黙ってただ立っている。
恒はどうしたものかと考えあぐねていた。と、十六夜が恒に言う。
《…コイツは若月と話してやがるな。》
恒は月を見た。
「え、念で?十六夜、聞こえるの?」
《聞こえねぇ。》十六夜はフンッと鼻を鳴らした。《オレ達に聞かれるのを避けるために、遙は念で話してるんだよ。蒼に来させりゃよかったな。アイツならなんとかして聞き取りやがるかも知れねぇ。》
ふと、遙が顔を上げた。そして、恒に初めて気付いたかのように振り返った。
「ああ、恒。もう帰ろうか。」
恒は拍子抜けした。
「え、なに?若月なんて言ってたんだよ。」
遙は歩きながら言った。
「何も。何聞いても、私は関係ないから早く帰れってそればっかり。」
恒は狐につままれたような気分だった。
十六夜はそれを見ながら、小さく呟いた。
《…何を話しやがった。》
その日は下弦の月だった。
蒼は月を見上げた。ほとんど見えないが、確かにそこに存在しているのはわかる。なぜなら十六夜の声が聞こえ、力が流れ込むからだ。
「明日は話せないなあ。」
十六夜は、笑ったようだ。
《小さなガキじゃあるまいし。毎月のことじゃねぇか。それに、つい去年までは、オレの声に気付きもしなかったくせによ。》
「そうなんだけどさ。」蒼はうつむいた。「なんか今回は、若月のこともわからないままで新月だから、ちょっと不安なだけなんだ。」
《…それはオレもだ。》十六夜は同意した。《オレから何が見えてもお前達が門を閉じていて伝えることが出来ねぇからな。それでなくても、若月の気配は掴みにくい。まるでオレの力の性質を知っているようだ。》
十六夜は、不安げだった。新月は十六夜からの力を受けられないばかりか、声も聞くことが出来なくなる。十六夜からは、いつも通り見えているのだと以前聞いて知っていた。見えるだけに、また余計に不安にもなるのだろう。
力の補充だけは、恒と遙の二人が揃っていれば出来るので、蒼は安心だった。何かあれば、オレが何とかすればいい。
「ま、明後日までなんだ。恒と遙が居れば、オレがみんなを守るよ。」
十六夜は誇らしそうだった。
《成長したな、蒼。だが油断はするなよ。》
蒼は笑った。
「任せといてくれ。じゃあもう寝るよ。」
《ああ》と十六夜は、《維月を、頼む。》
蒼はベッドに入りかけて振り返った。
「なんで母さん?」
十六夜は沈んだ声で言った。
《あいつはすぐに無茶をしやがる。若月のことも気にしてやがるから、何をするかわからねぇ。新月にわざわざ出掛けるほどバカじゃないとは思うが。》そして、少し黙り、《なんだか胸騒ぎがしやがる。》
蒼は頷いた。
「わかった。」
蒼はなんだか不安なまま眠りについた。




