爆発と影
十六夜は、ずっと機嫌が悪いようだった。月のまま話すことが多くなり、降りて来ることは滅多にない。母はいつまでも、ほっときなさい、と怒っているようだった。
若月と会えたことは後悔していなかった蒼だが、十六夜を連れて行ったのは後悔していた。
若月の過去を聞いた十六夜は、同情する蒼らを尻目に、こういい放った。
「それが真実だとなぜ言える?確かにオレ達思念体は、神を含めて嘘はつかねぇ。そういう概念がないからだ。だが、どこかで事実を伏せる、つまり言わねぇことは出来るんだ。ましてあいつは長い間人についてるんだ。嘘をつく可能性がない訳じゃねぇよ。」
そこがまた維月の逆鱗に触れ、今母が月と話す姿は見ていない。
蒼は十六夜に話し掛けた。
「十六夜…お前がオレ達の心配をして言ってくれてるのはすごくわかるんだ。でもオレ、困ってるのを目の前に、ほっとくことが出来なくてさ…母さんだってそうなんだと思う。」
しばらく口をつぐんでいた十六夜は、ため息をついたようだった。
《…わかってるよ。お前も維月もそういう所がそっくりだ。だがな、オレはもう二度と後悔しないと決めたんだ。オレは長い間、他の神やらなんやらとは話さないようにして来た。維月に最初に頼まれるまではな。》
蒼は驚いて座り直した。
「母さんが?」
十六夜は、今度こそため息をついた。
《そうだ維月だ。お前は他の神のやつらと話す能力を持っている。しかしそんな能力はこの家系でお前が初めてだ。維月も神の声は聞こえねぇんだよ。》
「なんかあったのか?」
蒼は恐る恐る聞いた。
《困ってる人を助けたいと、そいつに縁の神に、オレの通訳で話したのさ。ヤツは肝心なことは言わなかった。今思えばヤツも、自分の守るものを守り切りたい一心だったのだろうがな。維月はそれで、瀕死の重症を負った。有と恒と遙がいなけりゃ死んでただろうよ。》
母さんが、取材に行って崖崩れに巻き込まれた時だ。オレはあの時、何も知らなかった…覚醒していなかった。
「それで、十六夜はどうしたんだ?」
暗い声で十六夜は答えた。
《オレは人の世に影響出来ないが、神達には力を使うことは出来ない訳じゃない。ヤツには永遠に眠ってもらったさ。》
「ええ?!殺したの?!」
十六夜は呆れたように答えた。
《どうやって思念を殺すんでぇ?封じたのさ。二度とこんなことが出来ねぇようにな。その上ヤツの守っていたものには、力を降ろさねぇ。維月に浄化もさせなかった。》
十六夜の激怒した姿が思い浮かんだ。それでも蒼は言った。
「でも、その人達は神様のことなんて知らなかった訳だし…。」
《ああ、維月もそう言いやがった。》十六夜は苦々しげに言った。《だがな、オレはもう少しで維月を失う所だったんだ。あの神の都合なんて知ったこっちゃねぇ。オレは他の「人」がどうなろうとかまやしねぇのさ。お前達さえ無事であればな。》
蒼は初めて、十六夜を怖いと思った。そうだ。十六夜は「人」ではないのだ。母さんを殺しかけたその神も、自分の守るものが無事なら母さん一人の命など、どうでも良かったのだろう。そして十六夜も、オレ達を守る為なら他の神だろうと人だろうと、どうでもいいと思っているのだ。十六夜から見れば、人などとるに足らないものなのかもしれない。生まれて、死んでを繰り返し繰り返し、あの天上から眺めて来たのだから。
それでも、蒼には困っているものを見捨てることは、やはり出来そうになかった。
「十六夜・・・オレは人だから。神様や十六夜の考えにまで、まだ到達出来てないんだ。多分死ぬまで無理だと思う。だって、十六夜みたいに長く生きられないから。だから、どうしても同じ気持ちを持っている生命体が、困っていたら見過ごせないんだ。母さんも死にかけても、きっとその気持ちが変わらなかったんだよ。」
十六夜は黙った。また怒って答えてくれなくなったのかと、蒼はドキリとした。だが、しばらく後に声がした。
《・・・維月と変なところ似やがって。》と呟くように言い、《お前は変わり種なんだよ。何か意味があって生まれて来たのだろうと維月も生まれた直後から言ってたが、確かにそうだろう。力の強さが半端ねぇ。オレはな、お前が生まれた直後に維月と約束したんだよ。維月の命を捨ててもお前を守り切れと言われてな。だからオレは、お前が危険な所に飛び込んで行くと言うのなら、止める。それでも行くなら、守るしかねぇがな。》
蒼は十六夜の様子がいつもの調子に戻って来たのでホッとした。母さんとも、仲直りしてくれるだろうか。
「なあ十六夜。母さんとは、話さないの?」
十六夜はちょっとためらったようだ。
《・・・維月が応えねぇからな。あいつは昔から、怒ると手が付けられねえ。》
蒼は意外だった。
「え、十六夜は怒ってないの?」
《怒ってねぇよ。オレはそんなに尾を引くタイプじゃねぇもんな。あいつが応えねぇから、イライラするだけだ。》
蒼はなんだか十六夜が可哀想になった。オレも経験がある。母さんは怒るとほんとに怖いのだ。でも、ほんとは母さんも仲直りしたがっていたりする。オレの経験上、意地になっているだけなのだ。
「十六夜、いい方法を教えるよ。母さんには何回も怒られた経験あるし、きっとオレの方が人間には詳しいんだから。」
《・・・ほんとに大丈夫なんだろうな。》
十六夜は訝しげに言った。
しばらくして、十六夜はエネルギー体になってそこに立っていた。
「じゃあ、母さんを呼ぶから。」
蒼は言った。
「かえってこじれたりするんじゃねぇのかよ。あいつはここのところ、いくら話し掛けても返事もしなかったんだぞ。」
十六夜は消極的だったが、蒼は自信があった。
「大丈夫だって。オレを信じろ。」そして居間に向かって叫んだ。「母さん!母さんちょっと来て!」
下から声が聞こえる。
「何よ、蒼、大きな声で。ちょっと待ちなさい、すぐ行くわ。」
トントンと階段を上ってくる音がする。ドアの前に立つ蒼を見て、維月は目を丸くした。
「なあに?こんなところで。」
「母さん、一生のお願い」と蒼は手を合わせた。
「はいはい、何回それ聞いてきたかしらね。」
維月は呆れたように言った。
「この中入って、三十分は出て来ないで。」
「なんですって?」財布を出しかけて、維月は止まった。「お金ほしいんじゃないの?」
「オレってどう見られてるんだよ」蒼は呟いた。そしてドアを開けて中へ維月を押し込んだ。「とにかく、お願いね!」
「ちょっと蒼!」とドアが閉まり、維月の声がドアの向こうから聞こえた。「月じゃないの!」
蒼は下へ退散した。涼がテレビを見ながら座っている。「あれ、母さんは?」
「十六夜と話合い中。」
涼はチラッと階上を見た。
「うまく行くのかしらねえ〜。」
しばらくして、維月が十六夜と共に階段を降りて来た。十六夜はまだ腑に落ちないような表情をしているが、少なくとも母はもう怒ってはいないようだった。
「お茶入れて来るわ。」
維月はキッチンへ向かう。十六夜はテレビの前のソファに座った。涼が、維月がキッチンへ消えたのを見てから小声で言った。
「なんで母さんとこんなにあっさり仲直り出来たの?」
「蒼が言った通りにしただけだ。」
十六夜はまだ釈然としないようだ。蒼は胸を張った。
「見ろよ。やっぱり効果あったろ?」
十六夜は頷いた。
「蒼は維月が騒ぎ出したら、抱きしめて、とにかく謝れと言ったんだ。」
涼は仰天した。
「あんたよくそんなこと思いついたわね!自分なら絶対出来ないくせに。」
「オレがそんなことしても逆に母さんに叩かれるけど、十六夜なら大丈夫だと思った。だって、生まれた時から一緒なんだもんなあ、母さんと。」
蒼はしみじみと言った。十六夜はチラッと蒼を見た。
「お前なあ、自分に出来ねぇことをオレにやらせやがって。もし、もっと維月が怒ってたらどう責任取るつもりだったんでぇ。」そして付け足すように呟いた。「でもまあ、維月が機嫌直したからいいがな。」
維月がお茶を持って戻って来た。
「お待たせ。」
テレビからニュース速報のチャイム音が流れた。これが流れると、ついテレビを見てしまうのは人の悲しさだろうか。なぜなら十六夜は、そんなことは気にも止めずに母からお茶の乗った盆を受け取っていたからだ。
居間に居た三人は、速報の文字を見て凍り付いた。
「これっ…映像は?!どこかの局はやってないの?!」
涼がリモコンをバシバシと押す。一つの局で手は止まった。
『…の○○市の石屋旅館で、海沿いから何者かが爆発物を投げ入れ、露天風呂が半壊し、宿泊客、少なくとも六人が病院に運ばれた模様です。尚犯人は犯行後、自らも爆発に巻き込まれ…』
「ここ!やっぱり私達の泊まった所よ。」
涼が叫ぶ。しかし維月の目は画面の角に釘付けになっていた。
蒼も見た。そこには、暗い顔をした若月が、爆発現場を見ながらたたずんでいた。
「若月…。」
蒼は十六夜を見た。十六夜は、ただ黙って画面を見つめていた。




