呼ぶ声
座卓の上にはズラリと海の幸山の幸が並べられていた。小さな陶板の上では、牛肉が音を立てて焼けているし、網の上ではアワビが動いていた。蒼は腹ペコな自分に気付いた。
「もう食べていい?」
向こうで恒が聞いている。維月は頷いた。
「いいわよ。焼いてるものは火が通ってるか確かめてね。」
恒は喜んで食べ始めた。蒼もそれにならって箸を手に取った。
ふと見ると、十六夜が居心地悪そうに座っていた。そういえば十六夜がものを食べるところは見たことがない。
「十六夜、食べないの?」
十六夜はこちらを見た。
「オレが?食べられるかどうかも疑問だ。オレは人じゃねぇ。」
涼がフフッと笑った。
「箸が使えないんじゃないの?」
「ああ?」と十六夜は箸を手に取り、「ほら見ろ、こんなもんぐらい使えらぁ。」
確かに器用に動かしている。
「一度試してみたら?ダメなら蒼や裕馬が始末してくれるわよ。」
維月がビールを有についでもらいながら言った。
「ものを食べなくても、オレはエネルギーに困っちゃいねぇのにな。」
十六夜は皆の視線にあがらう事が出来ず、おそるおそる刺身に手をつけた。口には、入った。
「噛むんだよ十六夜。」
蒼は見かねて口を出した。
「わかってらぁ」
十六夜はモグモグと口を動かしている。
「まるで離乳食始めた感じね」
維月もハラハラしているように見守っている。
「はい、飲む!」
と言う誰かの掛け声で、十六夜はゴクリと刺身を飲み込んだ。蒼はどきどきしながら聞いた。
「…どう…?」
十六夜は考え込んでいる。しばらくして、少しオーラのような光が大きくなった。
「そうか」と頷く。「わかった。」
「何がわかったのよ。」と涼。
「飲み込んだ食物はすぐエネルギーに変えてるようだ。この体を維持するのに、蒼から力が来ている訳だが、元はオレの本体から蒼へ送られたものだろ?食べると、維持の力を言うなれば自家発電出来る訳だ。」
蒼は感心して言った。
「へえ~すごいじゃないか。でも固形のこんなのからすぐエネルギー作るなんて、考えられない。」
十六夜は箸を置いた。
「お前なぁ、オレがエネルギー作ってる訳じゃねぇんだよ。これは全部命なんだぞ。切られようがなんだろうが、そこには生命エネルギーが残ってる。お前達は他の命を摂取して生きてるんだ。そんなことも知らねぇのかよ。」
蒼はハッとした。そういえばそうだ。
「十六夜はつまり、それをダイレクトに取ってるってこと?」
十六夜は頷いた。
「そうだな。そうなるな。オレの本体がどこからエネルギーを得てるのかは知らねぇが、自分の意思で摂取するのは初めてだよ。」
そう言うと十六夜は、他のものもモグモグと食べ始めた。蒼も安心して、自分のエネルギー摂取を始めたのだった。
夜も更けて、ふと気が付くと十六夜がいない。
「十六夜は?」
蒼は振り返ってまだ飲んでいる母に聞いた。
「なんか下に行ってくるとか言って出て行ったわよ。」
旅館の中居さん達が手際よく食器を片付けている中を、蒼は部屋を出た。
エレベーターを降りると、十六夜がロビーの大きなガラス窓の前に立っているのを見付けた。
そこから海が見えるのだが、十六夜はもっと向こうの山並みを見ているようだ。
「十六夜?何か見える?」
蒼は声を掛けた。十六夜はハッとして振り返った。
「いや、何も。ただ少し気になっただけだ。」
手には何か白いビニール袋を持っている。
「なんか買ったの?」蒼は思った。お金持ってたっけ?
「オレが?あそこにあるのが何かもわからないんだぞ。」と十六夜はため息をついた。「なんだかわからないが、多く買ってしまったとかで渡されたんだ。お前らが言うように、礼は言ったぞ。」
と、蒼にその袋を手渡す。箱に入っているチョコレートのお菓子みたいなのが見える。その横には瓶のカニ味噌、梅酒、焼酎も見える。
「一体何人にもらったのさ。」
「わからん。皆困ってると言うのでな。」
そしてまた山並みを眺めた。その視線が、蒼は気になった。
「なんかの思い出の場所とか?」
十六夜は首を振った。
「いや。オレは地上に降りたことはねぇ。上からただ見ていただけだし、ツクヨミと話すようになってからは、お前らの家系のことしか意識して見ていなかったから、地上に知り合いなど居ないはずなんだが。」
蒼は語尾を引き継いだ。「はずなんだが?」
「…あの山から、オレを呼ぶヤツが居る。お前には聞こえねえか?」
蒼は耳を澄ました。何も聞こえない。
「オレにはなんにも聞こえないなあ。」
「そうか」十六夜は頭を軽く振った。「人外みてぇだし、まあいい。オレは他の奴らとは、関わらねぇことにしてるんだ。お前らが用があるならあいつらとも話さねぇことはねぇが、他の奴らのゴタゴタには興味はねぇ。」
と、エレベーターに向かって歩き出した。
「え、でも十六夜に用があるって向こうは言ってるんだよね?」
「月であるオレにだ」十六夜は言った。「オレに祈るヤツは星の数ほど居る。いちいち聞いちゃいられねぇ。それにな」と十六夜は蒼の胸を指した。「お前ら以外にオレの力を使えるヤツが居るか?オレの声も聞けないヤツらの願いなんて、オレには叶えてやることは出来ねぇんだよ。」
エレベーターの扉が開いた。十六夜はプイッとそちらを向くとさっさと乗り込んで行った。




