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キャリーケースの女  作者: 瀬戸真朝
最終章 【キャリーケースは、もういらない。】
39/39

10-2

「瑞穂さん!」


雪が降り続く中、シュンは人ごみをかき分けて瑞穂に駆け寄る。


「シュン?! どうして……?」


顔を上げ振り返った瑞穂は、来るはずもないと思っていたシュンが目の前にいることに驚きを隠せない様子だった。

だが、すぐにいつものように明るい顔を作った。


「あー! あんた今日デートじゃん! もしかして場所被ったとか? ごめーん」


茶化す言葉をよそに、シュンは一歩ずつ確実に瑞穂に歩み寄る。


「瑞穂さんが小さい時にお父さんと、本当のお母さんと、この観覧車に乗ったことがあるそうですね」


──父と母があたしと並んで手を繋ぎ、観覧車に向かう姿。メリーゴーランド。花火大会。その手のひらのぬくもり。すべて、まだ家族が壊れていなかった頃の……。


「……なんで……なんで、知ってるの?」


瑞穂の表情は一気に強張る。

瑞穂にとって、それはシュンに言った覚えもないことだった。

いや、シュンが知るはずもないことだと思っていた。

 

一方で、こんな瑞穂をシュンが見たのは、あの美奈子との一件以来だった。

あの時は、目の前で怯えている瑞穂と向き合おうとしなかった。

だが、今のシュンは違う。


「お母さんと、家族で過ごした唯一の思い出だって……全部、聞きました。俺、瑞穂さんの近くにいると思ってて、本当は全然知らなかった。いや、今まで瑞穂さんのこと、知ろうとしなかった」


驚いて言葉にならない表情のまま、瑞穂は黙ってシュンを見ている。

以前、大越と三人でここに来ることになった時、気が重たかったのは昔の思い出のことがあった。

ずっと遠ざけていて行けなかった場所。

だけど、閉園と知って最後の花火大会を見たくて、勇気を出してあの時見に行ったのだった。

けれどまさか、シュンに知られているとは瑞穂は思いもしなかった。

シュンはまた一歩瑞穂に向かって踏み出す。二人は間近で見つめ合う形になった。


「閉園する前に、もう一度ゆっくり来ましょう。とりあえず、今は」


シュンは手を伸ばし、もうどこにも行かないように瑞穂の腕を掴む。

そしてもう一方の手をポケットに入れ、それをぎゅっと握って出す。


「うちに、帰りましょう」


シュンがポケットから出したのは、瑞穂が朝出て行く時に封筒に入れたあの合鍵だった。

そして有無を言わさずに瑞穂に鍵を握らせると、シュンはその空いた手でキャリーケースの取っ手を掴んで持ち上げた。


「えっ、なんで? どうして?」


いつもの構図とは逆に、瑞穂一人が焦っている格好となった。

だがその腕を決して離さず、シュンはキャリーケースを持ちながら瑞穂を連れていく。

腕にかかる力は、いつものシュンとは思えないくらい強かった。


「どうしても、です。瑞穂さんがいない生活なんて、俺には有り得ませんから」


歩きながらシュンが言うと、瑞穂は最初驚いた様子だった。

だが、言葉の意味を少しずつ察すると、口元に笑みを浮かばせた。

そのまま自然と涙が込み上げてくる。もう隠さなくても良かった。


そして瑞穂は手を引かれたまま、シュンの後ろを歩いていく。

降り続く雪で、後ろには二人分の足跡が出来ていた。


 






その後、瑞穂はキャリーケースを持たなくなったが、ここから先はまた別の話。         


 


あとがき【読まなくても、作品の展開に支障はありません。】



「伝えたいことがあるなら作品内で書け。後書きに書いても、そんなのは言い訳で見苦しい」


大学の文芸部はそんな感じで、作品を載せていても後書きを書く機会はなかったのですが連載が終わったこともあり、ほんのちょこっとだけ書きたいと思います。

自己満ですので読み飛ばしても支障はありません。


まずは、恐らく殆どの方が初めまして。

瀬戸真朝せと まあさと申します。ただのしがない女子大学生です。


「小説家になろう」にこの作品を掲載したのは2010年11月~11年1月にかけてですが、私が所属する文芸部の部誌に掲載したのは09年11月~10年2月です。

まさに丁度一年前。ちなみに電撃に投稿するために加筆修正して出したのが10年4月という。

小説家になろうで発表したこの『キャリーケースの女』は通算三度目の書き直し版です。


更に言うと、08年の初夏あたりにはこの作品の原型をネットに載せていた気が。

その時書いたものには、瑞穂が作るあの「黒ずくめの料理たち」が出来上がるまでの詳細や、シュンと大越の大学生活も書かれていました。何より一番異なるのは、瑞穂と生人が同級生であることをシュンが知らされる場面が序盤にあることですが。

でも展開は今回掲載しているバージョンと全く一緒になる予定でした。受験勉強に負けて途中で執筆を投げ出してしまいましたが。


08年の春には既に頭の中に構想はあったことを考えると、瑞穂さんやシュンとはかれこれもう三年近くの付き合いなのですね。

そう思うと、難産ではありましたがとても思い入れのある作品です。


この作品で特に重視したのは

「ライトノベルしか読まない読層でも読みやすい現代小説にしよう」というものでした。

構想を練り始めた当時、私は根っからの現代小説好きだったのですが「ライトノベルしか読みたくない」と公言する知人が身近にいて、そういった人にもちょっと暗いけど現代小説だって面白いのだと思わせたかったのです。


そこで、実は一部と二部の話はそれぞれ別の話として考えていたのですが、一部では〝ハイテンションで常識はずれの変な女〟として書かれている瑞穂さんの秘密として二部にある設定を付けました。


それによって、最初はただのラブコメとして軽いノリで読んでもらい、ページを進むにつれて「あれっ……?」と思わせるようなストーリー作りを心がけました。

いきなり不幸な生い立ちを説明されても知らない人の話だと耳に入りにくいですが、『瑞穂さん』という人を読者が知ってからだとそういう展開も受け入れて貰えるかなと。

作者としては、後半は苦い薬を吐き出さないように祈りながら少しずつ量を増やして飲ませ続ける思いで書いていました。

まさに実験的な作品でした。

それも登場人物が五人という多さで、瑞穂・生人・美奈子の三角関係にシュンと大越が混じるという、入り組んだ恋愛模様を書くのも初めてでした。

しかし、ラブコメと見せかけて作者はこれを家族モノだと思っています。


メディアワークス文庫の創刊を知り、そのコンセプトはまさにこの作品にふさわしいと思っていましたが、残念ながら外部からの評価は散々でした。

部内でも「ライトノベルをどんなものか分かっていない。君には向いていない」と結構叩かれました。周囲からはとても人気がない作品です。

そう言われる度に、瑞穂さんやシュンに「ちゃんと書けなくてごめんね」と心の中で謝っています。


今も、脳内では瑞穂さんとシュンは動き回っています。

あの二階建て木造アパートの一階で、もちろんこき使われているのはシュンですが。

その姿を見ている自分は二人の関係を『面白い』と思っているのに、それを上手く書くことが出来ていないから評判が悪いのです。

私よりいい書き手の脳内に生まれたら、書かれた二人は作中でももっといきいきとしていたのになと思います。


しかしまだ諦めてなかったりします。

大筋は変える気がありませんが、特に評判が悪い導入部分を全面的に変更し、カップリングも変えつつも『瑞穂とシュンの物語』をまた書きたいと思います。

タイトルもキャリーケースの女ではなく、別作品として発表する予定です。


そこで、出来が悪い作品ではありますが、感想や指摘など簡単にでもお寄せ頂けると幸いです。今後に生かしたいと思います。



ちなみに、五人いる中で作者としては生人が一番タイプだったりします(笑)

この作品を読んだ方からは『感情移入できるキャラがいない』と嘆かれていますが、それに関しては第三者的視点で見て頂ければと。

『大越が一番好き』『大越がかわいそう』とはよく言われます(笑)が、大越は最初から脇役と考えていたので仕方ありません←

部誌用に書き始めた最初、大越をリストラしようとしてましたからね、私。←

読んだ人からそれはまずいと何度つっこまれたことか。

けれども、新作では大越は結構重要キャラになるかもです。



最後に……ここまで読んでくれる方がいるのか分かりませんが、『キャリーケースの女』をお読み頂きありがとうございました。

人気もない作品なので可能性は低いですが、要望があれば(なくても)番外編を書くかもです。

10章の後、遊園地に行った瑞穂とシュンの様子とか。


『キャリーケースの女』というタイトルに疑問を覚える方も多いのですが、そもそもこのタイトルから今の現状の危機感を持って欲しかったのでした。

ネカフェ難民なんて言葉もある世の中ですが、多くの人が当たり前に持っていて心休まる場所であるはずの『家』さえない人がいることを少し考えて欲しかったのです。

けれどそんな世の中で、最終的に瑞穂さんは安心出来る『家』をシュンと一緒に手に入れることが出来て良かったと作者は常々思います。


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