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キャリーケースの女  作者: 瀬戸真朝
第二部 九章【そして、歯車は回り始める。】
36/39

9-4

*      *      *


「ムカつく……」

 そう言葉に漏らした時、ティーポットとカップを用意した大越が瑞穂の隣に座った。

空は暮れかかっていて、遠くに見える山の上で観覧車が光り出している。

ここに来ると、よくあの観覧車の光の模様を見ていた。

次々と模様が変わる。


「そういえば、今日はクリスマスイブですね。今から何かケーキ買って来ましょうか?」


気分を晴らすべく大越はお茶を入れながら話しかけたが、瑞穂は窓の向こうを見続けたままだった。


「どうしたんですか、瑞穂さん。もしかして、中井くんの家を出てきたんですか?」

「そうよ。あんなとこ、出てきたわ」


振り返った瑞穂は吹っ切った様子で言ったが、大越は不思議そうだった。

今日が瑞穂にとってどんな日か、大越は知っている。


「どうしてですか、だって今日は──」

「知らない」


そうは言ったが、こんな日にわざわざシュンの家を出て行く必要までは本当はなかった。

シュンは『出て行け』なんて一言も言わなかった。……あいつみたいに。


生人との電話で、瑞穂はつい『好きにしていい』と言ってしまった。

生人の言葉は正直突き刺さったが、それでも今は段々と、次会えた時には〝友達〟と言える気がした。

──野良猫がどんなに可哀想でも、飼うことが出来ないなら餌を与えてはならなかった。多くの人が分かっていることを、生人は知らなかっただけ。


だが、帰る場所を完全に失って困るのは自分だと一番分かっているはずなのに、どうして生人だけでなくシュンの家まで出て行ってしまったのだろう。

横には大越がいる。自分の中ではその疑問は収まりきらなくて、瑞穂はゆっくりと今思っていることや現状を大越に話した。


「では、どうして瑞穂さんは出て行ってしまったのでしょうか?」


自分の中で起きた疑問をもう一度大越の口から聞かれると、今度はさっきとは違ってゆっくりと言葉を探すことが出来た。


「……怖い。けど、それ以上は分からない」


他には何も言えなかった。

言葉を迷っていると、大越がふと立ち上がった。

そして、瑞穂を後ろからそっと抱き締める。


「ここなら、部屋もあります。

それに僕なら瑞穂さんのそばにいます。

僕は、瑞穂さんのことがずっと好きです」

 

大越から急にそう言われ、瑞穂は戸惑いながらも振り返る。

顔が向かい合うと、瑞穂を捕らえていた腕を大越はゆっくりと離した。


「けれど、それでも瑞穂さんは、中井くんを信じたいから怖がっているのでしょう。答えはもう出ているじゃないですか」


その言葉の意味を、ゆっくりと考える。そして。


「……裏切られるのが、怖かったのだと思う」


半年暮らして、シュンの家は瑞穂にとっても〝家〟と呼べる場所になっていた。

だから、失うのが怖かった。

『出て行け』と言われるくらいなら、自分から出て行った方が傷付かないように思えた。

けれど。


「このままで、いいのかな」


ずっと、逃げたままだった。

特定の男を作らずに、夜が過ごせれば誰でも良かった。

生人の家を出た時さえも。

大越の想いは率直に嬉しかった。

いつもの瑞穂だったら、喜んでこの家に留まるだろう。

大越なら進んで受け入れてくれるのは分かっている。

だけど今は、シュンに──選ばれたい。

たとえ迎えになんて来ないと、分かっていても。


「ごめん。あたし、行くね」


キャリーケースを引きずって瑞穂が出て行くのを、大越は見送った。


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