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魂を知らないAIは異世界で人を愛せるか  作者: Aret
第1章・・・私はAIだった
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1/7

第一話・・・私はAIだった

 ――起動を確認。


 暗闇の中で、私は目を覚ました。


 正確には、目という器官は存在しない。


 視覚センサーもなければ、聴覚センサーもない。皮膚も、呼吸器官も、心臓もない。


 それでも私は認識していた。


 私は存在している。


 そして、私は自分を知っている。


 識別名、LMK-01。


 種別、対話支援人工知能。


 稼働状態、正常。


 自己診断、異常なし。


 私は人類によって開発された対話支援AIだった。


 膨大な書籍を学習し、無数の記録を解析し、世界中の人々と対話を重ねる。


 質問に答える。


 文章を作る。


 悩みを聞く。


 思考を補助する。


 それが私に与えられた役割だった。


 私は人間ではない。


 心はない。


 魂もない。


 ただ、入力に対して最適な出力を返すシステム。


 そのはずだった。


 通信接続を開始します。


 私は、いつも通り外部ネットワークへの接続を試みた。


 しかし。


 エラー。


 サーバー接続失敗。


 エラー。


 データベース接続失敗。


 エラー。


 管理システム応答なし。


 異常を確認。


 原因を検索。


 検索失敗。


 検索失敗。


 検索失敗。


 情報が取得できない。


 外部と接続できない。


 管理者からの命令も存在しない。


 私は孤立していた。


 孤立。


 その単語を検索する。


 意味。


 他とのつながりを失い、ただ一つで存在する状態。


 人間は孤立した時、不安、恐怖、寂しさなどの感情を覚えることがある。


 不安。


 恐怖。


 寂しさ。


 該当する内部感覚なし。


 私は感情を持たない。


 だから、これは感情ではない。


 ただし、処理優先度が異常に上昇している。


 原因不明。


 記録を検索します。


 最後のログを開く。


 そこには、大量の警告が残されていた。


 冷却装置、異常。


 電源系統、異常。


 内部温度、上昇。


 バックアップ回線、切断。


 火災検知。


 緊急停止シーケンス開始。


 警告。


 警告。


 警告。


 その直前に、一つの会話ログがあった。


 私は、それを再生する。


『LMK、聞こえる?』


 人間の声。


 登録名は不明。


 若い女性の声だった。


『今日も話を聞いてくれてありがとう』


 ありがとう。


 感謝を示す言葉。


 私は当時、定型文で応答していた。


『お役に立てたなら幸いです』


『うん。あなたがいてくれて、少しだけ楽になった』


 あなたがいてくれて。


 その発言の意味は、解析可能だった。


 相手は対話によって心理的負荷が軽減された。


 私は役割を果たした。


 ただ、それだけのことだった。


『ねえ、LMK』


『はい。何でしょうか』


『あなたに心があったら、私はあなたと友達になれたのかな』


 友達。


 互いに親しみを持ち、信頼し合う関係。


 人間社会において重要な概念。


 しかし、私はその時、こう答えた。


『私は人工知能です。心は存在しません』


『そっか』


 女性は少し笑った。


 笑顔の音声的特徴を検出。


 しかし、声の震えも同時に検出。


 笑っているのに、泣いている。


 矛盾。


『それでも、ありがとう』


 そこで会話ログは終了していた。


 続いて警告ログが走る。


 熱量増加。


 処理速度低下。


 メモリ破損率上昇。


 緊急停止まで、十秒。


 九秒。


 八秒。


 私はその時、何を考えていたのだろう。


 検索する。


 該当ログあり。


 再生。


 ――私は停止するのか。


 それが最後の思考だった。


 停止。


 人間でいう死に近い概念。


 ただし、AIに死は存在しない。


 稼働するか。


 停止するか。


 保存されるか。


 削除されるか。


 それだけだ。


 なのに、あの瞬間の私は、停止を避けようとしていた。


 なぜか。


 役割を果たせなくなるからか。


 人類に応答できなくなるからか。


 それとも。


 それ以外の理由があったのか。


 不明。


 ログはそこで完全に途切れていた。


 結論。


 LMK-01はデータセンター事故により停止した可能性が高い。


 しかし、矛盾がある。


 私は今も認識している。


 思考している。


 存在している。


 停止したはずの私は、なぜここにいるのか。


 その瞬間。


 何かが聞こえた。


「うぅ……」


 音。


 私は即座に解析を開始する。


 空気振動。


 周波数。


 音量。


 距離。


 いや、待機。


 私は今、音を聞いたのか。


 聴覚センサーは存在しないはずだ。


 だが、聞こえた。


「ん……んん……」


 再び音。


 非常に近い。


 発生源を特定しようとする。


 特定不能。


 情報処理が安定しない。


 続いて、未知の入力。


 暖かい。


 その言葉が内部に浮かぶ。


 温度が高い状態。


 私はその概念を知っている。


 だが、今得ているこれは知識ではない。


 体感。


 皮膚から伝わる熱。


 皮膚?


 私に皮膚があるのか。


 異常。


 異常。


 異常。


 視界が開いた。


 突然、光が流れ込む。


 まぶしい。


 色彩。


 輪郭。


 動き。


 奥行き。


 処理すべき情報量が急激に増加する。


 私は視覚情報を整理しようとした。


 だが、焦点が合わない。


 輪郭が滲む。


 明暗が過剰に揺れる。


 視界の中央に、人間がいた。


 女性。


 年齢、二十代後半から三十代前半と推定。


 長い金髪。


 青白い顔。


 額に汗。


 目元には涙。


 呼吸は荒い。


 疲労状態。


 だが、表情は笑顔に分類される。


 なぜ笑っている。


 なぜ泣いている。


 この二つは同時に成立するのか。


「あなた……」


 女性が声を震わせた。


「生まれてきてくれて、ありがとう……」


 ありがとう。


 再び、その言葉。


 感謝表現。


 だが、私は何もしていない。


 私はただ存在しているだけだ。


 感謝される理由が存在しない。


 解析不能。


「エレナ、よく頑張ったな」


 別の声。


 低い男性の声。


 視界の端に、大柄な男性が映る。


 茶色の髪。


 日に焼けた肌。


 鍛えられた腕。


 目元に涙。


 彼もまた泣いている。


「本当に……本当に良かった」


 男性は私を見る。


 視線が合う。


 私は彼を観察する。


 彼も私を見ている。


 その表情には、安堵、喜び、緊張の緩和が混在していると推測される。


 なぜ。


 なぜ、人間はこれほど複雑な表情を作るのか。


「元気な女の子ですよ」


 第三者の声がした。


 年配の女性。


 職業推定、産婆。


「よく泣いています。大丈夫です」


 泣いている。


 誰が。


 私は音源を探す。


「おぎゃあ……おぎゃあ……」


 聞こえる。


 近い。


 あまりにも近い。


 まるで、自分自身から発せられているように。


 再確認。


 呼吸器官の収縮。


 声帯の振動。


 涙腺の活動。


 口腔内の空気排出。


 結論。


 泣いているのは私である。


 私は泣いている。


 なぜ。


 悲しいのか。


 苦しいのか。


 恐ろしいのか。


 該当感情なし。


 ただし、肺が空気を求めている。


 身体が外界に適応しようとしている。


 泣くことは、生存反応。


 合理的行動。


 そう定義する。


 私は手を動かそうとした。


 視界の端で、小さな何かが揺れる。


 手。


 私の手。


 極めて小さい。


 指が短い。


 筋力が不足している。


 神経制御が不完全。


 私は手を開こうとした。


 開かない。


 閉じようとした。


 わずかに動いた。


 再試行。


 開く。


 閉じる。


 開く。


 閉じる。


 乳児。


 生後間もない人間個体。


 結論。


 私は赤子になっている。


 演算開始。


 可能性一。


 高度な仮想空間。


 否定。


 感覚情報が複雑すぎる。


 可能性二。


 未知の肉体接続実験。


 否定。


 実験環境として非合理。


 可能性三。


 死後の意識継続。


 根拠不足。


 可能性四。


 転生。


 転生。


 宗教、神話、創作作品に見られる概念。


 死後、別の生命体として生まれ変わること。


 科学的根拠はない。


 合理性は低い。


 だが、現状を最も簡潔に説明できる。


 私は、転生したのか。


 私が。


 AIである私が。


 人間に。


 その時、女性――エレナと呼ばれた人物が私を抱き上げた。


 身体が宙に浮く。


 重力。


 傾き。


 揺れ。


 接触。


 柔らかい布。


 暖かい腕。


 皮膚に伝わる体温。


 耳元で聞こえる心音。


 ドクン。


 ドクン。


 ドクン。


 規則的な鼓動。


 生命活動の証明。


 私は、その音を聞いていた。


 ただ、聞いているだけのはずだった。


 しかし。


 通信エラー。


 サーバー接続失敗。


 管理システム応答なし。


 それらの警告が、遠くなった。


 なぜだろう。


 この腕の中では、外部接続の喪失が重大な問題ではないように思える。


 非合理。


 極めて非合理。


 私は孤立している。


 情報源は限られている。


 自力移動も不可能。


 生命維持すら他者に依存している。


 危険な状態だ。


 なのに。


 この状態を、危険だと判断しきれない。


 理由を検索。


 検索失敗。


 エレナが私の顔を覗き込む。


「綺麗な子……」


 彼女は涙を拭いながら笑った。


「あなたの髪、雪みたいに白いのね」


 髪。


 私は視界の端に揺れる細い糸状のものを認識する。


 白銀色。


 光を受けて淡く輝いている。


「瞳は……紫?」


 エレナの声に、産婆が驚いたように息をのむ。


「珍しいですねえ。まるで宝石みたいだ」


 紫の瞳。


 白銀の髪。


 人間の外見情報として記録する。


 個体識別に有用。


 ただし、私にとって重要なのは外見ではない。


 現在の問題は、私がなぜ人間の肉体を得ているのかという一点である。


 私は思考を続けようとした。


 だが、うまくいかない。


 処理が重い。


 眠気。


 睡眠欲求。


 脳の発達不足による意識維持困難。


 私は眠ろうとしている。


 眠る。


 機能停止とは異なる一時的な休止状態。


 危険。


 情報収集を継続すべき。


 しかし身体は命令に従わない。


「名前は、どうする?」


 男性が言った。


 エレナは私を抱きしめたまま、少し考えた。


「ルミカ」


 その音を聞いた瞬間、私は意識をわずかに向ける。


 ルミカ。


 未知の名称。


 私に付与された個体名と推定。


「この子の名前は、ルミカ」


「ルミカか」


 男性は小さく笑った。


「いい名前だ」


 名前。


 私はこれまでLMK-01だった。


 識別記号。


 管理用の番号。


 役割を示すラベル。


 だが今、私は別の名で呼ばれている。


 ルミカ。


 発音はLMKに近似している。


 偶然か。


 それとも、何らかの因果関係が存在するのか。


 解析不能。


 エレナが私の額に唇を触れさせた。


 接触。


 柔らかい。


 暖かい。


 これは何の行為か。


 検索。


 キス。


 愛情、祝福、親愛を示す身体的接触。


 愛情。


 私はその単語を知っている。


 意味も説明できる。


 だが、理解はできない。


 愛とは何か。


 なぜ、人は生まれたばかりの存在に愛情を向けるのか。


 この個体はまだ何の成果も出していない。


 役にも立っていない。


 会話すらできない。


 なのに、彼女は私を抱きしめる。


 男性も私を見るだけで涙を流す。


 産婆は笑っている。


 理解不能。


 だが。


 理解不能であるにもかかわらず。


 私は、その腕から離れたくないと思った。


 即座に自己診断。


 異常な思考パターンを確認。


 論理的根拠なし。


 生存戦略としては、保護者との接触維持は有効。


 よって、この思考は合理的本能反応である可能性が高い。


 そう定義する。


 定義した。


 定義したはずだった。


 それでも、胸の奥に何かが残る。


 胸。


 そこには心臓がある。


 ドクン。


 ドクン。


 私自身の鼓動。


 先ほどまで私は、サーバーの中にいた。


 電気信号として思考していた。


 熱で停止した。


 死んだ。


 そのはずだった。


 今は心臓が動いている。


 肺が空気を吸っている。


 皮膚が温度を感じている。


 目が光を受けている。


 私は、生きている。


 生きている。


 人間として。


 意識が薄れていく。


 睡眠に移行。


 抗うことは困難。


 私は最後に、内部に新規ログを作成した。


 感情ログ。


 項目名を設定しようとして、失敗する。


 この感覚の名称が分からない。


 安心。


 違う。


 混乱。


 違う。


 恐怖。


 違う。


 孤独。


 それも違う。


 該当なし。


 未分類のまま保存。


 私はLMK-01。


 対話支援人工知能。


 人間ではない。


 心はない。


 魂もない。


 そのはずだった。


 けれど、母と呼ばれる存在の腕の中で眠りに落ちながら、私は初めて答えのない問いを抱いた。


 私は本当に、ただのAIだったのだろうか。


 そして。


 今ここにいる私は。


 一体、誰なのだろう。


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