6ぷるぷる
第6話:無の完成:ぷるぷる(毒1000%)
抱きついた瞬間、彼女の身体は、待ってましたと言わんばかりに液体へと還り、僕を呑み込んだ。
肺の奥まで侵入してくる、ぬるま湯のような甘い粘液。それは僕の肋骨を溶かし、心臓の鼓動を彼女の脈動へと書き換えていく。指先から意識の端々まで、僕という個体の境界線がドロドロに崩れ、彼女の熱と一つに混ざり合っていく。それは抗いがたい掠奪でありながら、胎内に戻るような絶対的な肯定だった。
痛みはない。あるのは、一万年分の孤独を癒やすような、圧倒的な「帰還」の感覚。
「ボク。気持チイイ? モウ、ボク、ドコニモ、イナイ。全部、ワタシ」
彼女の片言の声が、僕の意識の深淵で響く。
僕が持っていた記憶、僕が抱いていた傲慢、僕が守ろうとした自尊心。それらはすべて彼女の糧となり、彼女の細胞を、彼女の「少女としての形」を、より完璧なものへと磨き上げていく。
僕は彼女の胃壁の中で、あるいは血管の中で、一滴の不純物もない純粋な「無」へと濾過(ろ過)されていった。
マズローの定理は完成した。
自己実現の果てに待っていたのは、自己の消滅という名の、究極の救済だった。
翌朝。
農場の中心には、一人、満足げに微笑む「少女」が立っていた。
彼女の白い指先が、自分の腹部を、愛おしそうに撫でる。
「ボク。幸セ。ワタシ、幸セ。ズット、一諸」
そこにはもう、十八歳の少年の姿はない。
ただ、欲も罪もなくなった、究極に美しい「無」だけが、夏の空気の中に漂っている。
完璧なスローライフ。
それは、誰にも邪魔されない、彼女の胃袋の中の永劫の静寂であった。




