1ぷるぷる
第1話:生理的欲求:ぷるぷる(毒0%)
その日は、また同じ位置にある朝日から始まった。
標高35メートルの低地にある、僕の小さな農場。夏の湿った重い空気が、十八歳の僕の肌にまとわりつく。
農場は白く重たい「もや」に包まれていた。標高35メートルの低地特有の、湿り気を帯びた放射霧だ。視界は数メートル先まで遮られ、夏の熱気を孕んだ白い壁が、僕の世界を狭く閉じ込めている。
農場の隅、水路の傍らで、僕は「それ」を見つけた。
泥にまみれ、形を保つことすら危うい、掌サイズの半透明な塊。夏の陽光に焼かれ、今にも蒸発してしまいそうなほどに、それは弱々しく震えていた。
僕が指を差し出すと、それは最後の力を振り絞るように、僕の熱を求めて吸い付いてきた。ひんやりとした、しかしどこか甘やかな冷たさ。
「……生きたいのか」
僕の問いに答える術を、それは持たない。ただ、必死に僕の指を、僕の存在を肯定するように「ぷるぷる」と震えるだけだ。
僕はそれを家へ持ち帰り、不純物のない綺麗な水と、わずかな果汁を与えた。
一晩明け、それは見違えるほどに透明度を増していた。僕が目を覚ますと、それは僕の枕元に陣取り、僕が呼吸するたびに、そのリズムを刻むように「ぷるぷる」と揺れていた。
「ワタシ、ボク、スキ」
それは言葉ではない。僕の脳が、その無垢な振動を勝手にそう翻訳したのだ。
僕がいなければ、この小さな命は昨日、泥の中で干からびていたはずだ。僕という「神」の慈悲によって、この命は繋ぎ止められた。その傲慢な全能感が、僕の乾いた自尊心を、何物にも代えがたい「生理的な快感」で満たしていった。
僕は、この無力な「ぷるぷる」を守ってやらなければならない。
それが、僕という個体がこの農場で生きるための、最初の一行目となった。




