第7話 王都から来た誇り高き監査官
王都から来た監査官は、朝の光より先に店へ現れた。
イリオノーラ。濃紺の外套、隙のない髪、よく磨かれた革鞄。店先の布を眺める目には一切の甘さがなく、戸口に立っただけで空気が引き締まる。
「夕凪染房、査定を始めます」
挨拶もそこそこに、彼女は帳簿、仕入れ伝票、納期記録、保管棚の配置まで次々と確認した。質問は短く、答えを濁す余地がない。
「在庫の計上に三日のずれがあります」
「……先月、急ぎの差し替えが続いて」
「理由ではなく記録を残してください」
「はい」
「洗い場の水桶、火元から近すぎます。倒れれば危険です」
「承知しました」
ルラは次第に頬を強張らせた。雑に責められているわけではない。むしろ指摘はどれも正しい。それが余計に腹立たしい。努力が足りないと突きつけられているようで、指先が冷えた。
昼頃、イリオノーラは染め上がった布を一枚持ち上げた。海風でもうすく揺れる灰青の記念布だ。彼女の目が初めて、仕事の手触りを見る色になった。
「染めの境目がきれいです。水の抜き方が丁寧」
「……そこは、咎めないんですね」
「技術に落ち度がないものを咎める理由はありません」
言い切る声音に揺らぎがなかった。
そのあと、アルカディウスが帳場の整理を手伝いながら、戸惑うルラへ静かに言う。
「彼女は厳しいですが、誠実です。不正を見逃さないぶん、正しい仕事も見落としません」
「わかっています。でも、正しい人に正しく指摘されるのって、思ったより痛いですね」
「痛いですね」
「あなたもそういう顔、します?」
「します。今も少し痛いです」
「どこが」
「午前中、書類の束を二度落としました」
「珍しい」
ルラはそこでやっと笑った。
夕方、査定が一通り終わると、イリオノーラは鞄を閉じた。
「改善点は多いですが、技術評価は保持します。帳簿を整えれば、冬の審査で不利を減らせます」
「ありがとうございます」
「礼は、直してからで結構」
外へ出る間際、彼女は一度だけ足を止め、店先に吊るされた小さな布切れを見た。近所の子どもが貝殻を包むための端切れだ。
「……売り物ではない仕事も、帳簿に残すべきです」
「え?」
「無償の手間でも、店が担っている役目には違いありません」
それだけ言って去っていく背中は、最後まで隙がなかった。
ルラはしばらく戸口で立ち尽くし、それから小さく息を吐いた。
「好きにはなれないけど、信用はできます」
「それで充分だと思います」
「あなた、最初からわかっていたんですね」
「ええ。だから呼ばれたとき、少しだけ安心しました」
王都から来たその女性は、やさしくはない。だが、筋の通らないものを嫌うぶん、正しく積み上げた仕事には必ず目を向ける。その事実が、夕凪染房に新しい支えをひとつ増やした。




