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奈々子は祖父が父親を迎えに出かけた後で、祖母に呼ばれ、
あるお話を聞かされていた。
自分の母親がある一定の期間の記憶をなくしてしまっていること。
そして父親である俊と別居していたことなども忘れてしまっていること。
だから別居していたことをしばらくの間母親には黙っててあげてねと
言われている。
混乱させてしまってお母さんが辛くなると困るからね、と。
「奈々ちゃん、おばあちゃんとお約束できる?」
「うん。だけど……もしもお父さんと暮らしてなかったことを
お母さんが思い出したらどうなるのかなぁ」
「また、このお家に帰ってくるでしょ、たぶんね」
「奈々子はお父さんと一緒に暮らしたい……」
「じゃぁ、お母さんが思い出さないうちは内緒にしとこうね。
しー、だよ」
「うん、分かった。しー、ね」
こんな風に用心して、奈々子にも別居していたことについて母親の桃には
内緒にすることとして、康江から戒厳令が敷かれていた。
普段は月に二度ほどしか会えない父親の迎えで母親と帰っていく
奈々子の表情は、喜びで明るく輝いているのが見て取れた。
「お父さん、送ってくれてありがとう。
帰り道、気をつけてね」
「お義父さん、ありがとうございました」
「いや、俊くん宜しく頼みます。
桃、奈々子、また遊びにおいで」
俊や桃、そして奈々子の見送りを背に受けて邦夫は車に乗り込む。
「俊ちゃん、疲れてるのにごめんね。ありがとう。
お母さんがお魚と豚肉持たせてくれてるからすぐに簡単な食事作るわね」
「ああ、楽しみだ」
久しぶりの妻の手料理だと思うと俊は本当に楽しみで心が弾むのだった。