69 ◇新生活
69
◇新生活
退院した私は母親と娘の待つ実家へと父親の迎えで向った。
私が玄関のドアを開けると三和土で娘が待っていた。
そして孫に続いて出てきましたよという態で母が娘に続いて顔を見せた。
「おかぁしゃぁ~ん」
「奈々子、長い間留守にしてごめんね。
寂しかったよね。
今日からはお母さん、奈々子と一緒だからね」
私は寛ぐ前に奈々子を抱き上げ、抱きしめた。
そして、しばらくの間そうしていた。
健忘症ってすごいなぁ~、こんな愛しい存在まで記憶から消し去って
しまうのだもの。
正直顔を見て思い出せなかったらどうしようなんて思っていたけど
顔を見たら奈々子だと分かって、ほっとした。
娘の顔が記憶から消えていたのは流石になんとも言えない気持ちになった
ものだが、まだ覚束ないものの先生からも一時的なストレスからくる
健忘症だと言われていて……娘の顔を見て思い出せたので少し心に余裕が
できた。
きっと少しずつ、以前の記憶を取り戻せると。
ただできることなら夫だった人を刺した時のことは忘れたままがいいと思う。
だいたいの物は入院中に母親が家から持ち出してくれていた。
両家の両親が召集された日に
『絶対、あなたがご主人と別れて暮らせるようにしてあげるから、大丈夫よ』
と先生が言ってくれた。
だから、実家に帰ることになったのは離婚することが前提であると
私は思っていた。
それで、夫が自宅に戻るまでに自分のものや奈々子のものは全部運び出したい
と思い、母親にそれを伝えた。
「自宅にまだ私のものや奈々子のものが残ってると思うんだけど、
いつ取りに行こうかな?
お父さんやお母さんの都合もあるだろうから、行けそうな日が決まったら
教えて」
「分かった、母さんと相談して良い日を決めるよ。
それとな、離婚のことなんだが……まぁその、いずれそうなるとは
思うがそんなに急かなくてもいいんじゃないかと私たちは思ってるんだよ。
取り敢えず、俊くんと離れて暮らすことだし、後は戸籍の問題だけなんだしね。
俊くんも病み上がりだし」
「そっか、そうだよね。
うん、分かった。
お父さん、お母さん、出戻ることになっちゃって申し訳ありませんが
奈々子共々宜しくお願いします。
なるべく迷惑かけないように頑張るから……」
「しばらくは休養して、後は仕事探さないとね。
奈々子の年齢のこともあるし、来年の3月まではゆっくりして、
それから仕事を探せばいいわよ」
「うん、そうする。奈々子を預ける保育園も探さなきゃ」