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病院のベッドで目覚めた桃は知らず知らず童謡唱歌である
『さくらさくら』を呟くように歌っていた。
悲しい歌だなぁと思うも……どうしてだか眦から涙がこぼれ落ちるのだった。
この時の桃は、これまでの記憶が一切抜け落ちてしまっていて途方に
暮れるばかりだった。
自分はこれからどうなっていくのか、不安な時間を過ごしていると
夕方になってやっと一人の女医がやってきた。
そして彼女は記憶を亡くした自分に入院に至るまでの経緯を掻い摘んで
説明してくれた。そこで桃は自分がここにいる理由を知った。
『私って刃物のようなきれっきれっの恐ろし女だったんだ。
参るわぁ~、ほんと』
この後、桃は更に心細さに押し潰されそうな時間を過ごした。
そんな心もとない自分を、担当医である素晴らしく有能な
精神科医の霧島奈津子女医が、その後ずっとフォローしてくれた。
そう、家族関係者たちに召集をかけ、自分の今後の行く末をいい塩梅に
取り計らってくれたのだ。