44 ◇困惑
ふたりの様子をまんじりともせず見ていた俊は、戸口に向かって歩いてくる
桃を見て慌ててその場を離れた。
ほぼあんな状態の女性から誘われれば大抵の男が拒絶するのは難しいだろう。
自分は、植木が桃の挑発に乗れば教室のドアを開け飛び出すつもりでいた。
『はぁ~、それにしても徒労で終わってよかった、ほんとによかった』
そこには安堵のと息を吐き、胸をなでおろす俊の姿があった。
ずっと緊張しながら外で立ちっぱなしだったため、疲労感が半端なく
午後から出勤するのには気合が必要だった。
会社に向かう電車の中で、今後のことあれやこれやが目まぐるしく脳内を
駆け巡った。
よく分からないから何とも言えないが、あんなことをして雇い主に拒絶されたのだから──これで桃も終わりだろう。
それにしてもあの男、ちゃっかりキスはしてたよな、くそっ。
だがその後は自制心を働かせていたのだから、このまま桃が仕事を続けられるとも思えない
このまま辞めてくれれば自分としては万々歳だ。
あれだな、辞めることになったのか、はたまたこのまま続けるのか、
しばらく要注視だ……。
『これから社に戻るけど、もう今日は仕事にならないような気がするな~』
そう呟きつつも、すでに予定のつまっている仕事があり、そう甘いことも
言っておられず、私的な悩みと仕事の両方で午後からのことを思うと
頭の痛い俊だった。
いやぁ~しかし、先ほど見た場面が何度も頭の中で浮かんでは消え浮かんでは消えし、俊の胸をグサリと抉る。
あまりにも妻の挙動が酷く、見たことのない洋服に見慣れない髪型、
きっとあれは桃じゃない……他の誰かだと思いたかった。




