25 ◇前向きに生きる
その週の土曜日、俊はいつも通り朝の8時ごろに起きてきた。
私が朝食を作っていると、いつものように手伝ってくれる。
そしてそのあと、娘の口にスプーンを運んでは、自分たちの箸を動かす――
そんな風に、ふたりで代わる代わる朝食をとった。
最近では夫婦の会話がほとんどない。
以前は話したいことが山ほどあって俊の休日が待ち遠しくて
たまらなかったというのに。
今では休日になるのが嫌でたまらない。
だけど、今日は違った。
話すべき話題があるので少しだけ気持ちが軽い。
「俊、これから毎週日曜の15時~20時までアルバイトすることにしたから、奈々子のことみててほしいんだけど……どうかな」
「いいよ、桃が帰るまで奈々子と留守番してるよ」
「ほんと? ありがと」
なにもなかった頃の私ならば『お願いします』の一言を絶対言ったはず。
でも今日は……今回は……言わなかった。
意図的に。
「なんの仕事? どこまで行くの?」やっぱり訊かれた。
そりゃあ、普通訊くよね。
私は前もって準備していたセリフを繰り出した。
「受付。デッサン教室の受付なの」
「デッサンって、アレ……絵を描いたりするところだよね」
「うん、そう」
「出勤時間遅くていいんだ?」
「うん、二交代制になってるから」
「奈々子が生まれてからずっと家ばかりだったから、気晴らしにいいかもね」
「うんそうだね」
「桃のいない時間、責任重大だな。
奈々子に怪我させないようにしないとな」
何も知らない夫は、上手く子守ができるかどうかの心配をしている。
奥さんはストリップダンサー気分でお仕事に行くってぇ~のに。
おかしっ。ふふっ。
そんな俊の呑気な様子を見るのも少し留飲が下がる。
でも……この先ずっとこんな気持ちで自分の夫に向き合っていくのかと
思うと、我ながらおぞましやと思う。
そんなこんなで下げた留飲も、すぐに胸の中から消えてしまった。
『駄目だよ桃、ちょっとの後ろ向きな考えもだめ。捨てるのよ!』
桃美の言葉が頭に入ってきた。
『そうでした、前向きに行くって……自分を守るって……決めたんだものね』




