第81話:ボクちゃん、アリアちゃんの、主治医だよ!!
暗闇に差す光の柱に浮かぶ人物。おおよそ堅気とは思えぬその雰囲気。
上はアロハシャツらしきもの、下は短パン、サンダル。口元には、揶揄うような笑みを浮かべている。金色の髪を無造作にワックスで固めた髪型。チャラさ全開のピカピカグラス。
そのような人物がアリアの前に突然、現れた。
呆気にとられるアリアの前で、怪しさMaxの謎男が何事かを呟いた。するとその途端、今度は前の世界のカラオケで見たことがある、カラフルな光を部屋中に投影するミラーボールらしき物が回り始めた。
にわかに、カラフルな賑わいを見せ始める、謎部屋。
もう何が何やら理解不能の心境へと陥るアリア。
呆けたようにポカンと口を開けているアリアのその姿に、気を良くしたのか胡散臭い男の口端が更につり上がっていく。実に楽しそうな笑みである。
(俺、アリアが逃げまくってた注射をしに、来たんだよな??)
厳戒態勢での謎部屋までのほぼ連行。そこから、どんだけ注射が嫌いなんだよと、勝手に推測していた、アリア。
だが、送られてきたそこは理解の範疇を軽く凌駕する本物の異世界。転生してきた、今いる異世界が可愛く思える程の異世界、いや、異界。
アリアは踏み入れてしまった混沌領域に佇みながら、必死で頭を回転させてこの異界で自身の身にこの後に起こる何かを考える。
けれども、答えが出る前に、謎のヤバい男が指を一本、天高く掲げた。
その瞬間、パッと暗かった部屋に明かりが煌々と灯り、今まで見えていなかった目の前の男の背後に聳える巨大スピーカーが、爆音を響かせ音を氾濫させた。
耳をつんざくような轟音が響き渡る中、いつの間にか手にしていたマイクらしきもので、呆然自失の様子で立ち尽くすアリアに、男が息でビートを刻みながら勢いよく声を発し始めた。
「ヨウヨウ久しく、ごめんあそばせ、ボクちゃんに会えず、寂しきアリアちゃん!今日は遥々、この地に見参、君の主治医の、天才ドクター、テクノだ、ヨウっ!!王国一の、ボクちゃんにかかれば、どんな病も、一発昇天、間違いなし!!」
そうラップ調で言い終えると満足したのか、胡散臭い謎男改めアリアのとんでも主治医テクノがニヤリと口元を飾った。
そして、歓迎の演出の最後の締めにアリアにパリピグラスを上げてウィンクを何度も贈った。
アリアは今のこの最悪の現実に、先代に謝罪するのと同時に、心の中で大きく叫んだ。
(チェンジ!!)
絶対の拒絶を主成分とする主治医交換の懇願であった。
もう帰りたいどころか、すぐさまに部屋に鍵を掛けて閉じこもりたい衝動に駆られたアリアは、テクノからのウィンクを素早く避けると、遁走を図った。
(冗談じゃねぇぞ。あんなネジが何本もぶっ飛んだ医者に診られてたまるか!!)
決めてからの行動は速かった。
すぐさま、その場で反転し、部屋のドアを確認すると、一目散に駆けた。
いや、駆けだそうとしたが正しい表現であった。
即断即決、身体を反転、駆けだ・・・、という所で、何者かの腕が突然、自分の身体を後ろから抱き竦めたのである。
見開かれた眼で回された腕を見た後、この腕の持ち主に振り返った。
そこには、非常ににこやかな微笑みを湛えたシオンがいた。
「お嬢様、どちらに赴かれるご予定でしょうか。宜しければ、シオンに一言申して頂けますか?」
大層丁寧な口調で語られるが、言外にこのシオンより逃げることは不可能ですよとの宣言が含まれていた。
アリアは全く笑っていない本気の目で射竦められ、危うくちびりそうになる。
けれども、ブルリとはくるが耐えきったアリアは、怒ると怖いシオンさんを前に穏便に交渉を持ちかけようと考えた。
そして、当たって砕けろの精神で口を開きかけた時、ふと、シオンというワードが脳裏に留まった。
そこから、交渉相手がシオンであるということに着目し、内心でニヤリと嗤うと、この状況を利用できる妙案を思いついた。
脳裏で自分が今までで一番感動したアニメのシーンを思い浮かべ、何度か瞬きを繰り返し、いい具合に瞳が潤んだ瞬間を好機とし、上目遣いで悲しげな雰囲気を醸し出しながらシオンに声を掛けた。
「・・・シオン、・・・帰りたいです・・・」
媚びるのではなくしおらしく、そして、薄幸の少女を意識した語り口に、シオンの目が大きく見開かれ、そして、すぐにうるっときて、アリアの計略通りの言葉を口にする。
「・・・そうですね、お嬢様。ぐす、・・・すぐにお部屋へと帰りましょう、・・スン、・・スン」
内心で策略の成功を確信し高笑いを溢れさせているアリアをそっと抱き上げたシオンは、アリア同様反転し、ドアへと向かおうとした。
まず計画の成功の第一歩をシオンが踏み締めた瞬間、クククと内心でほくそ笑むアリアと感化され涙浮かぶシオンに、横から冷ややかな声が掛けられた。
「メイド長、何をなさっているのでしょうか?」
聞いた途端、背筋がゾワッとしたアリアとシオンは、同じタイミングで戦慄の声の根源へと顔を向けた。
するとそこには、呆れ顔のスイが立っていた。
スイは見せつけるようにため息を吐くと、ゆっくりと動き出しシオンの腕からアリアを優しく奪った。そしてそのまま、折角の脱出への成功の歩みを逆に進み、先程よりも更に怪しさMaxの主治医テクノの前へと連れて行った。
脱出計画以前よりも状況が悪化したアリアは、下ろされた床の上で点滅するパリピグラスと、レンズ部分に電光掲示板の様に流れる異世界文字を呆然と見上げていった。
この時、読めないはずの異世界文字が不思議と読めるような気がして、“LOVEしてる!!”と読んだアリアであった。
ようやく自分の前にアリアが来たことを確認したテクノは、キザな仕草で指を鳴らし、横を向いて誰かに声を発した。
「ヘイ!!ボクちゃんの至高の逸品をくれないか、シアンちゃん!!」
テンション⤴⤴(アゲアゲ)の声がいつの間にか音量が下がっていた音楽の中に消えると途端に、うんざりと嫌悪まじまじ顔の女性が部屋の隅から現れた。
スタスタと出来る女性上司風な歩みでテクノの傍に行くと、手に持っていた物を雑にテクノへと差し出した。
「はい、ドクター」
一切の感情が窺えない声と共にテクノへと手に持つ物を渡し終えると、「オゥ、ご機嫌斜めだね、シアンちゃん!!」とノリよく声を掛けてきたテクノに、冷ややかな微笑みで声を返した。
「ドクターの所為ですよ。早く脳みそ全部川で洗って来てください。そして、全部川に溶かしてきてください。では、失礼いたします」
尚も抑揚のない声でそれだけ語ると、ナース服の裾を翻してスタスタとテクノからピッタリ5m離れた位置に控えた。
テクノがそれに寂しさを浮かべチラリと視線を送るが、一切を看護師のシアンは無視した。
煌めくものを瞳に浮かべたテクノは暫しの時、天を遥かに仰ぐことにしたのだった。
テクノが看護師のシアンに拒絶され目の前で打ち萎れている姿に胸がスッとするのはなぜだろうか。
ふとそんな疑問が脳裏を掠めたが、深く詮索する必要はないとアリアは思った。
考えるまでもない自明の理であるのは確実である。
だってこの身体が清々しいまでの晴れやかな気分で満ちているから。
この部屋に来て久しく笑みが浮かんでいなかったアリアの表情に、晴れ渡るような爽快感溢れる笑顔が浮かんだ。
不安ももうない清々しい気分で部屋の中を見渡すと、眼前には天を仰ぐテクノ、その背後の巨大スピーカー、左右にはベッドとその傍らに何かの機械、そして看護師のシアン、それと白衣を着た女性が頭痛を堪えるように椅子に座っていた。
次に見た背後には、テクノ同様何故か打ち萎れているシオンに、微笑むスイ、それに呆れ顔のローズ。
凹んだシオンは床に崩れ落ちた様子で、「うう、スイにお嬢様を取られました。部下に愛しのアリアお嬢様を取られました。うううう」と嘆いていたので、いつも通りだと特に気にする必要もないとし、看護師のシアンとその隣で何やら失敗したかと悩む白衣の女性にアリアは顔を向けた。
アリアが顔を向けると直ぐに、テクノに接した時とは打って変わって柔らかな微笑みを看護師のシアンが浮かべた。
そして、シアンがテクノを大きく迂回しアリアの傍にやってくると、優しい声でアリアに語り掛けた。
「ごめんね、うちのアホが。ビックリしちゃったよね」
優しく語り掛け、アリアの頭を柔らかく丁寧に撫でる。
その表情は慈愛に満ちた天使、そう白衣の天使そのものであった。
アリアは気持ち良さに思わず目を瞑っていた。
ふんわりとした手加減で撫でられる感触はまさに極楽といった心地よさ。
(はぁ~)
思わず内心でため息が漏れる程である。
うっとり顔のままアリアは、このままこの極楽の時が続けばいいな、とそう願った瞬間、唐突にその時は終わりを迎えた。
「・・・ああ、そんな蕩けた表情を!?」
うっとり穏やかに頭なでなでに浸っていたアリアの耳に聞き慣れた、悲鳴染みた嫉妬の声が届く。すると、次の瞬間、自分の身体が後ろから掻っ攫われた。
そして、何度も味わった柔らかみのある身体にギュッと抱き締められたのだ。
アリアはすぐに後ろへと振り返り、取られまいと必死なシオンを見た。
(・・・シオン)
ポツリと内心で零す。
(さっきまでは、ザ・お付のメイドだったのに。・・・シオン)
落差に残念な思いが込み上がってくるアリア。
けれども、そう感じたのはほんの一瞬で、ここまで毎回毎回嫉妬してくるシオンがもう何だか、一周回って可愛らしくすら感じてしまう。
毒されてきてるなと、シオンの腕の中で可笑しそうにアリアはクスリと笑う。
そして、それと同時に“アリアに”ここまで依存してしまう状況まで追い詰められていた過去を想うと、何とも言えない悲しさをも覚えてしまう。
薄っすらと悲哀滲む微笑みを浮かべると、こんな自分で良いならと優しくシオンに声を掛けた。
「はいはい、今度はシオンが撫でて下さいね」
アリアがそう伝えた瞬間、ぎゅ~とアリアを抱き締めていたシオンの顔が輝かんばかりの笑みで溢れかえった。
それから一も二も無く敏速に実行に移る、シオン。
羨ましそうに看護師のシアンをメンタルブレイクから復活した直後からじ~~と見ていたシオンは、シアン以上にお嬢様を蕩けさせると意気込み臨んだ。
(アリアお嬢様に一番のご満悦を捧げることが出来るのは、このシオンであると見せつけてあげますから!ああ、お嬢様、大好きですよ!シオンはお嬢様なしではもう生きていけない位大好きですからね!!誰にも、決して誰にもお嬢様の一番はお譲りできませんからね!!!)
やや、アリア依存度に危険なものが滲む決意のシオンが、ここぞとばかりにシアンをじ~~と凝視して、覚えた頭なでなでをしていった。
最初の一撫ででシオンは歓喜する。
今、お嬢様を蕩ける程に満足させているのは、ほかでもない自分であると。
やはり、一番にお嬢様のことを理解しているのは誰でもない、このシオンであると。
日々、そのお傍で献身的なお世話をし、朝起きた時から新たに日課に加わったお嬢様頑張ってランニング、その後の特にどうでもいいお仕事、そしてその後の1日のこの時間の為に仕事を頑張りましたのご褒美のお嬢様とのご入浴、お身体の隅々まで余すところなく磨き上げ、観察しお身体のチェック、そして、1日の最後の締めのご就寝時間のお眠りになるお嬢様のお姿を見届けるまで、ずっと片時もお嬢様の事を意識から逸らさずに考えているのは、お嬢様絶対のこのシオンのみであると。
ああ、お嬢様。お嬢様、お嬢様、お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様・・・・・。
などなど、重すぎる想いと共にグフフフフフと気味の悪い笑みを漏らしながら、一撫で一撫でじっくりこの一時を享受していった。
そして、アリアは自身の背後から聞こえる不気味な嗤い声に、いつも通りだなと落ち着いてしまう事に若干の恐怖と先の同情に後悔を覚えていた。
そのアリアの頭の中にはパブロフの犬という遠い昔に習った授業内容が、ベルの音と共に浮かんでいた。




