第80話:だから厳重なんですね
暫く、ちょびっと微かに凹凸と呼べる(?)些細な変化を十分に鑑賞し享受したアリアは、来る日に向けてのポージングの研究に勤しんでいた。
「・・・こうか?」
脳裏に思い浮かべるものは、前の男の時の記憶。雑誌などでスタイル抜群のお姉さん達が取っていた己が身体を存分に誇示するポーズ。
姿見の前で、来るであろう未来の姿を想像して重ねた自身のパンツ一丁姿で次々決めていく。
そして、どや顔で会心のポージングを決め切った時、「よっしゃー!」との思わず上げた快哉の叫びとほぼ同時に、部屋のドアが突如として開かれた。
ばっちり鏡を見ていたアリアにもそれが映り、入ってきた人物が驚いた表情で自身を見た後に、すぐに温かな眼差しに変化していく過程もしっかりと目に映っていた。
アリアは快哉を叫んだまま固まった表情で、錆び付いた首を回して後ろに振り返った。
そして、その人物に戦々恐々と声を掛けた。
「・・・シオン」
アリアの会心のポージングをばっちり見たシオンは、こちらも会心の笑顔で答えていった。
「はいっ、アリアお嬢様」
弾んだ声での返答であった。
アリアは未だ驚愕に見開かれた目のまま、顎が外れてしまうのではと心配になる程に開けっ放しの口から、恐怖するように問いかけた。
「シ、シオン、どこから見て・・・?」
「お嬢様が会心のポーズを決めた瞬間からですよ、ふふ」
間髪を容れずに柔和に微笑んだ表情で答える、シオン。
そして、全て分かっていますよとでも語る笑顔で続く言葉を紡いだ。
「憧れのお姿を想像していらっしゃったのですよね。分かりますよ、お嬢様。年頃ですものね、ついつい魔が差してしまわれたのですよね。ふふふ、とてもお似合いですよ、アリアお嬢様」
温かな笑みでそう話しを結ぶと、床に脱ぎ捨てられている肌着とワンピースを拾う。
シオンは拾った服を軽く叩き汚れを払うと、アリアにサッと目を走らしていく。
そうして、絶望に染まったアリアの全身から軽く汚れを落とし終えてから更なる追い打ちをかけていく。
「このことは、私達だけの内緒にしますからね、お嬢様。お嬢様とシオン、それと・・・」
「それと!?」
羞恥での絶望の底にいたアリアがシオンの発言ですぐに浮上し、シオンを見ようとして、背後のドアから覗く2人に気付いた。
シオンの背後のドアからこちらを微笑ましげに見守るスイ、ローズに驚愕の表情で波打つ声を放った。
「スイ!?ローズ!?」
半開きのドアから見えるタスキらしき死体は眼中に在らず、自身の醜態を見られたと思しき追加の2人に愕然と佇む、アリア。
そのアリアに先ずはスイが母親然とした雰囲気で微笑み、娘の新たなる一面にほんわかとした声で応じた。
「あらあら、随分とおませちゃんになられましたのね、お嬢様。うふふ、とても可愛らしいお姿ですよ」
そう声を掛けると、満足そうにそっとドアの隙間から顔を離した。
その後に残っているローズは、にやにやと何やら楽しげな様子でアリアに言葉を掛けて、スイと同じようにドアの隙間から顔を離した。
「そうかそうか、お嬢にもそっちの興味が出てきたんだな。あたいが今度来た時にはそっちのポージングの練習を一緒にしような。ほんとお嬢のおかげで楽しみがどんどんデカくなるぜ」
2人の顔が隙間から消えパタンと軽い音を残しドアが閉まると、自分の近くで満ち足りた表情で微笑んでいるシオンを恨みがましくキッと睨み上げた。そして、無言でポコポコとシオンの胸を叩いていく。その謂いには、なぜもっと早くに2人がいる事を伝えなかったのかということと、ドアはちゃんと閉めて置いてくれとの文句が多分に含まれていた。
しかし、その際の跳ね返り著しい反発力を持つ立派な双丘に、先程までの淑やかな自身の成長の高揚感も一瞬で霧散し、抗議に嫉妬も上乗せしたポコポコなぐりに移り変わっていった。
シオンは嫉妬に狂う愛らしいアリアの姿に、既に我慢の限界は突破し、今すぐにでも昇天しそうな状態に瀕しているのであった。
曲がっていたへそが幾らか戻ってくると、幾ばくかの不貞腐れを残しつつもようやく鬱憤晴れたアリアは、ツンっと唇を尖らせたままシオンが渡してくれる肌着を身に着けていた。
そして、頭から柔らかな色合いの赤のワンピースを被ると袖に腕を通して着終わると、「お嬢様、本日のご予定がお待ちの場所に移動しますよ」との掛け声にちゃんと頷き答えた。
そうしてシオンが移動し始めた時、いつもならちゃんと具体的に伝えてくれる予定内容がないことに何度目かの疑問を抱きながら、アリアがその背に訊ねてみた。
「ねぇシオン。これからの予定って何かしら?それとどこにいくの?」
「楽しいご予定ですよ、アリアお嬢様。さぁ、シオンと本日は良い所に行きましょうね」
答えらしい答えではない返事を返したシオンは、訝しげに眉を顰めるアリアの手を取り、ささっと部屋を後にした。
部屋から廊下にアリアを連れ出したシオンは、一つ目の重要ミッションクリアに一息吐くと、素早く予定通りにアリアの周りを囲う様にスイと丁度具合が良い所にお屋敷に居座っているローズに目配せした。
頷き答えて静かにアリアを囲う配置についた2人を見て、アリアの逃走経路をほぼ塞ぎ終えた事によしっと頷くと、自分を驚いたように見上げているアリアに声を掛けた。
「大丈夫ですよお嬢様、何も心配はありません。さて、行きましょうか。今日のご予定が終わりましたら、ダニエルに作らせた美味しいお菓子とお茶を頂きましょう」
ニコリと微笑むとシオンは、ややこわばりの解けた表情のアリアと一緒にこの後の大切な予定が行われる毎回場所が変わるその部屋に向かっていった。その間、アリアに何処に向かうのかを悟られないように細心の注意を払って。
着替えを終えて廊下へと出たアリアは、途端に周りを固められたことに驚きを浮かべた。
胸の事などどうでもよくなる程の驚きで、自室で考えていたこの後のお楽しみについての違う見解に今更ながらに思い至ったのであった。
(待って!!お楽しみってドSの方向じゃなくて、ドMの方向もあったんじゃないのか!?俺がサディスティックに楽しむんじゃなくて、シオンにサディスティックに虐めてもらうことを楽しむ可能性もあるんじゃないのか!?)
そう内心で考えてしまうと途端に自分を取り巻く状況に不安が湧く。
(え、え、え。男の場合は女王様に罵倒して頂きながら、バシバシ、パンイチで鞭打ってもらい快感に浸るみたいなイメージなんだけど、女性の場合どうなんだ?よく男性よりも女性の方が激しいとかネットの書き込みで目にした覚えがあるだけど、実際はどうなんだ!?真っ暗な部屋に着いたら、電気がついた瞬間にそういう器具が並べられていたらどうするんだよ!?やばいやばいやばい逃げるか!!)
言い知れぬ恐怖についシオンを見上げる。と、その視線にシオンが気付いた。そして、今抱いている不安を和らげるような穏やかな微笑みでシオンが口を開いた。
「大丈夫ですよお嬢様、何も心配はありません。さて、行きましょうか。今日のご予定が終わりましたら、ダニエルに作らせた美味しいお菓子とお茶を頂きましょう」
そう優しく声を掛けられたアリアは、その口調と表情で先程まで思っていた想像が馬鹿らしくなり、霧散すると同時に気持ちが落ち着いてきた。
(そうだよな。そんなSとかMとか馬鹿な事がある訳ないよな。お楽しみってきっと洋服を作るとかだろ。だから、退屈な作業が終わったらご褒美にお菓子がもらえる子供みたいなことをシオンが言ったんだよな。ふ~、そう考えたら、パパっと採寸を終わらせて美味しいおやつでも楽しみますか!)
退屈な作業の後のおやつタイムを想像したアリアは、表情を綻ばせて服を作る為の採寸を早く終わらせてしまおうと勢いよく歩き出そうとした。
けれども、不意の違和感に思わず踏み出そうとした足を止めた。
(そうだ、なんで今日のシオンは予定についてはっきりと答えてくれないんだ。躱すというか、ぼやかすというか。それに冷静になって考えてみれば、シオンが言っていることが、昔母さんに注射で病院に連れて行かれる前の言葉に似てる気がするだがどうなんだ)
思考が更に深まっていく。
(それにこのアリアを囲う感じが逃げ出さないようにしているように思えるんだが・・・う~ん?・・・もしかして!?ふっ、なるほどな。可愛いところもあったんだな、アリアちゃんよ。ゲームのふざけるなって程の初回チート無理ゲー振りの強さに反する可愛さだな)
そう考えを纏めると、訳知り顔で穏やかに微笑んだ。
(そうか、そうか、注射が怖かったんだな。あの最終戦のラスボスアリアちゃんが、引継ぎデータがなければ絶対に勝てない鬼畜仕様のアリアちゃんがねぇ。ふふふ、任せておきな、採血で看護師さんに散々間違われた経験を持つ俺がしっかりとブツっと一本何かの予防接種を受けてあげるからな)
疑問に答えが出たアリアはさっぱり清々しさを感じて、いざ前のアリアが苦手だった注射に臨もうと気持ちを入れて、改めて楽しい時間に向けて歩き出していった。
そうして前のアリアの可愛らしい一面に気付いたと考えているアリアがとある一室のドアの前まで案内されてきた。
ドアの前に立つアリアにシオンが努めて明るく声を掛けた。
「ここが良い所ですよ」
先程のアリアの思考とシオンの今の発言内容を別の見方で客観的に考えてみると、ヤバい言葉に思える声を聞くと、アリアは少し緊張気味にドアノブを捻りゆっくりとドアを開けていった。
そして、どうかぶっとい注射でありませんようにと必死に祈りながら中を覗き込んだアリアは、中の光景に思わず悲鳴を上げそうになった。
真っ暗闇に覆われた室内に、余計な事を考えた先程の記憶が呼び起された。
(ギャーーーーー!!注射じゃなくてそっちかよ!!)
電気がついた瞬間にそうゆう類の器具が一斉に露わになる光景を思い浮かべたアリアは、咄嗟に逃走を図ろうとした。
だが、振り返った所にはシオン、スイ、ローズがにこやか表情で立っていた。想定通りに逃げ出そうとするアリアの退路を塞ぐように、立ち並んでいる。
驚愕に染まるアリアにシオンがこれまた努めて明るい口調で声を掛けた。
「さ、お嬢様行きましょうね!」
愕然と固まるアリアを無理やりに反転させると、真っ暗な部屋へと押し込む、いや丁重に案内していった。
そして、うそだろと呟くアリアを完璧に部屋に押し込んだと同時に、その闇に包まれた部屋に突如光が射した。
一条の光は部屋の奥をスポットライトの如く照らし出し、そこに座る人物を爛々、煌々と浮かび上がらせた。
それを見たアリアは想像なぞ軽く超えていく現実に唖然とした。
そしてそれと同時になぜこんなにも厳重にアリアを護送していたかの答えを今明確に理解した。自分も絶対に逃げ出すと考えて。
アリアは唖然と開いた口の代わりに心の中で大声で叫び上げた。
(何だこのパリピオヤジはーーーーーーーーー!!!)
アロハシャツに短パン、サンダル姿の日焼けしたオヤジに、サングラスの代わりに明滅するパリピ仕様のグラスを掛けたオヤジに全力での叫びを心の中で浴びせかけていった。




