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第66話:潜入しますか?

 アリアの目の前には、爆誕タスキちゃんが立っていた。

 ナチュラルメイクの施された顔を朱に染め、丈の短い上着を必死で下に引き、ブルマを隠そうとする恥じらう素振りを遺憾なくアリアに見せつけてくる、爆誕タスキちゃん。

 元々の中性的な見た目から、本当に可憐な少女然とした容姿で、このまま学園の女子用の制服を着用すれば、今すぐにでも護衛対象を秘密裏に護る女装系主人公として、アニメ、マンガに出られそうであった。悔しいかな、誠にTSした自分以上に恐ろしい程の美少女であった。

 更に、爆誕タスキちゃんがその隠そうとするブルマに視線を落とすと、程よく肉付きの良い、そこまで筋肉の目立たない、自分とは違う太ましいモチッとした太ももが遺憾なく、眩しく輝いてアリアの目に入ってきた。

 アリアの中に何か、メラっと燃え上がるものが生じた。そして、なんとなく自分のブルマ姿の描写よりもタスキの方が詳しく、尚且つ、肯定的に描写されているように感じられた。

 アリアの中に燃え上がった炎が、対抗心を内包した嫉妬の炎としてさらに勢いを増して燃え上がった。

 自分の中に燃え盛る嫉妬を明確に自覚したアリアは、戸惑い恥ずかしそうに運動着の上着の裾を一生懸命に引っ張るタスキちゃんに良き好敵手として声を掛けた。


 「タスキちゃん、何も恥じることはありませんよ。わたくしも!同じです。これから毎日、共に切磋琢磨して、立派な大人の女性のボディー目指して頑張りましょうね」


 競い合う良き好敵手がいるから、継続できる。アリアはそう週刊誌の主人公から学んでいた。

 これから、ともに競い合って成長していくタスキちゃんの手を取ると、アリアは不安げに自分の上着の裾を握るタスキちゃんに、良き好敵手としてアドバイスを贈った。


 「女は愛嬌ではなく、度胸と根性です。まずは、羞恥心など度胸で吹っ飛ばしてしまいましょう。それからは、ボンキュッボンなる、いと貴き美ボディー目指して根性あるのみですからね!」


 アリアはタスキに声を掛け終えると、目の前のタスキから視線を背後に向けた。


 「今日はよろしくお願いします」


 『はい、お嬢様!!』


 自分に向けられた力強い返答に、よしっと、気合を入れると、準備運動をしてから、ランニングへと向かっていった。






 タスキ、現在タスキちゃんは、今の自分の恰好に未だ馴染めずにいた。

 ブルマ、まさか自分までこの姿になろうとは、昨日までの自分では想像もつかなかった。

 アリアと例外のメイド服を除けば、皆ジャージ。ローズも何故かジャージ。

 ソワソワ落ち着かない心持ちにもなる。

 顔から火が出そうではなく、既に出ているような程、顔が熱い。

 羞恥心のメーターが限界を振り切り、何周もグルグル回っていた。

 兎に角、タスキちゃんは恥ずかしかった。

 早く終わってくれと、内心で願ってもいた。

 それでも、暫くランニングを続けていたタスキちゃんだったが、我慢の限界がとうとう訪れようとしていた。もう逃げてしまおうか、そんな考えが脳裏を過った。

 そっと周りを窺い、逃げる為の隙を探る。そして、絶好の好機を見つけた。

 ひぃ~はぁ~、ひぃ~はぁ~と、運動不足のおっさんみたいな息づかいで走るアリアがようやくランニングコースの1周を終えようとしていた。

 少し走り、その倍以上歩きを幾度も繰り返し、何とか庭のコースの3分の2を進んだアリア達の少し先に、お屋敷の正面口が見えた。


 (今だ!!)


 逃げようと、後ろ向きな考えを実行しようとした、その時、タスキの中に不意に先程のアリアから飛ばされた激励が思い起こされた。

 そこで気付かされた。内容が自分だけではなくアリア自身への激励も含まれていたことに。そこから、恥ずかしいのは自分だけでなく、アリアも、であることに。

 目の前で耳を朱色に染め、ポニーテールを左右に揺らしながら懸命に走るアリアの姿をタスキは、はっきりと認めた。

 未だに中身がおっさんではないのかと疑いたくなる切れ切れの息づかいだが、アリアは先程の言葉通りに、恥ずかしさを耐え、どんなにみっともなくとも足を止めずに、集団の先頭を行く。

 タスキは愕然とした。自分自身に甘すぎた事に。


 (お嬢様が頑張っているのに僕が辞めてどうする!)


 もうタスキの中には恥ずかしさなどなかった。そして、逃げるなどという弱気も既に完全に消滅していた。

 今この時間を精一杯アリア達と共に駆け抜けようと考える爽やかな意気込みのみが存在するようになっていた。

 そのおかげで、タスキの中にポジティブな思考が生まれ、客観的な視点で物事を眺められる余裕が生まれた。

 明るく明瞭に澄んだ視界はタスキに素晴らしき異世界を見せた。

 タスキは異世界転移に対して初めて心の底から感謝を述べた。


 (僕に、ブルマという至高の存在を見せてくれた事を深く感謝します)


 タスキは、目の前に存在する現代では絶滅危惧種の濃紺を見つめた。


 (はぁ~。やはり白地に濃紺。実に魅力的な組み合わせだ。それに、ブルマからスラっと延びる華奢な脚も最高にいい。更に、お嬢様の短めのソックスも、艶やかな脚と紺色のブルマを引き立てて魅せるのが良いんだよ。ブルマに二―ソックスの良さが僕には分からないからな。あれは、折角の白く艶やかな脚を半分以上隠してしまって、ブルマの濃紺とのコントラストを半減させる邪道者だと、僕は考える。後、お嬢様も素晴らしい選択をしたと僕は思う。やっぱり、上着はブルマに入れるものだよ)


 そうひたすらに内心で自分の見解を饒舌に述べるタスキは、もう既に平常運転に戻っていた。唯々、アリアのブルマを穿いた後姿を感嘆し、見つめるその姿は、変態、その二文字に相応しい、姿であったが。

 そんな傍から見たら変態のタスキであったが、実はもう1つ感動しているものがあった。

 アリアを先頭に、走ったり歩いたりする集団は、20代前後の女性達が多く、まるで女子大のサークルに参加しているかのような体験をタスキに与えていた。

 高校3年の時にこの世界に転移したタスキは、大学進学とは無縁の生活になってしまった。その上、高校も結局は卒業できずに終わってしまっていた。

 タスキはそれら全てを含め、仕方ないと諦めていた。

 だが、今こうして日本で言えば大学生くらいの年齢の女性達と、ランニングをすることによって、諦めていた大学生活への思いがひしひしと心の内に湧き上がってきてしまっていた。

 大学とはこのように楽しいモノだったのかなと、郷愁のような哀愁のような感想を抱き、日本で大学に行けていたらこうだったのかなと、自分のもしもに思いを馳せていた。

 そして、最後にもう1つ、タスキは心の中で燻る未練をそっと述べた。


 (高校も卒業したかったな)


 碌な学園生活ではなかったかもしれない。けれども、それでも、やっぱり卒業はしたかった。

 遠い目を朝の乾くような澄んだ青空に向けた。

 それから、視線をアリアの背中に向け、ニコリと微笑みを浮かべた。

 しかし、時たま視線が濃紺眩しい物に下がってしまうのは、やっぱり男子故の宿命である。

 タスキ、今はタスキちゃん、実にブルマの似合う男の娘。

 未練に蓋をして、哀愁を振り切り、アリアには楽しい青春を、と願うのであった。

 そして出来れば、お傍で護りたいとも大切なアリアを目に収めて願っていくのであった。






 周りでじっとり愛しのアリアを護る様にうっとりと目を怪しく光らせていたシオン達は、突然目を細めじっとりとアリアのでん部を凝視し始めた変態に侮蔑の念を強く抱いた。


 ⦅これだから、真正は⦆


 皆一様に軽蔑の眼差しをタスキに向けると、何人かがタスキの視線を遮るように、アリアとタスキの間にスッと身を割り込ませた。それは数人では終わらず、次々とアリアと一緒に朝のランニング兼ウォーキングをしていた侍女たちが、アリアとタスキの間に身を割り込ませていく。そして、遂には、アリアを先頭とする集団とその後ろを1人付いていくタスキという形態になった。

 これでアリアを変な視線から守れると考えたシオン達侍女一同は、気付けなかった。これにより、タスキに女子大のサークル活動に唯一人男子が参加しているような感想を抱かせることに。

 結果、タスキは疑似サークル体験を存分に堪能し、終始笑顔を絶やすことはなかったのであった。






 約30分、ランニングとウォーキングで気持ち良い汗を流したアリア達は、お屋敷の庭を辞して、お風呂へと向かっていた。

 アリアを先頭にもう間もなく男性と女性のお風呂に分かれる最後の廊下に差し掛かった時、アリアはふと背後を振り返った。

 そこには、楽しかった夢から覚めたように、気落ちした雰囲気のタスキがいた。

 浮かない表情のタスキを気に掛けたアリアは、最後尾で肩を落としてとぼとぼと足取り重く歩くタスキに声を掛けた。


 「疲れましたか、タスキ?」


 そう声を掛け、アリアは俯き気味のタスキの顔を覗き込んだ。

 タスキは心配そうに下から覗き込んでくるアリアに気付くと、先程までの楽しかった時間が脳裏に蘇り、辛そうに顔を歪めた。

 タスキは楽しかった思い出を回顧する様に物憂げな沈んだ声でアリアに答えた。


 「そうですね、少し疲れたかもしれません」


 はは、とつい哀愁が乾いた笑みとなって零れていた。

 アリアは何も言わず、タスキの顔を見つめる。

 タスキはそんなアリアに、今感じている寂しさを訥々と零していった。


 「夢から覚めたように感じます。終わらないように感じていた夢が唐突に終わりを迎えた虚しさ、そんな、遣り切れなさが胸に今満ちています。多分、僕は楽しかったんだと思います。女装もブルマもお嬢様達とのランニングも、そして、ブルマも」


 楽しかった時間を惜しむように揺れるタスキの瞳。アリアはまだ何も語らず、じっと自分の瞳を変態に合わせていく。


 「ブルマ姿には最初驚きましたが、お嬢様の言葉で恥ずかしさを吹っ切ると、途端に何とも感じなくなりました。今では、このお屋敷で唯一人お嬢様とお揃いということに、何とも言えない悦びを感じています」


 アリアは相槌を打つだけで変態タスキの語りに耳を澄ませていく。


 「楽しかった。本当に楽しかったです、アリアお嬢様。このお屋敷で働いてきて久しく感じられなかった充実感を存分に味わうことが出来ました。これも、今日僕をお呼びくださった、お嬢様のおかげです」


 ニコリと頼りないロウソクの火の様な笑みを浮かべる、タスキ。

 アリアはそんな寂しげな姿に、タスキを静かに眺めている。


 「でも、もうその楽しかった時間も終わります。また明日からは、僕は・・・。ありふれた日常に戻っていきます。それは、どこか物足りない日常になるでしょう。今日を知らなければ、そんな思いも抱かなかったかもしれません。それほどまでに、今日という日は、特別でした。お嬢様、僕に今日という特別な日をお与え下さりありがとうございました」


 愁いを帯びた笑みを浮かべ、心の中に残る先程までの思い出を噛みしめて、タスキはアリアに感謝を述べた。

 そして、頭を上げたタスキは、気持ちを切り替えていった。この胸に残る満ち足りた気持ちを奥底にしまい込んで。

 話は終わったと、前を向こうとするタスキにアリアが、小首を傾げて声を掛けた。


 「今日だけ?」


 タスキの顔を見て確かめる。


 「わたくしは、これからも一緒にと言ったはずですが?」


 言い聞かせるように語り終えると、アリアは責めるようにタスキの顔を見据える。


 「聞いていなかったのですか、タスキ」


 ムッとした不機嫌な表情をタスキに見せる。


 「わたくし、まだ、タスキ、いや、今はタスキちゃんですよね。・・・まだ、タスキちゃんと毎朝、同じ格好で走りたいのですが?」


 折角の50着のブルマを1人で、使うには少々骨が折れそうである。なので、ここでタスキを逃す訳にはいかないと、タスキちゃんに視線を向ける。


 「タスキ、わたくしアリアが命じます。明日からもわたくしと走りなさい。いいですね、タスキちゃん!」


 それと何より、自分よりも、このTSした自分よりも!無駄に似合うタスキちゃんをもっと走らせて、引き締まった男らしい体型にしてやると目論んでそう命じる。

 ジッと顔を見つめてくるアリアにタスキは、ここまで自分を想ってくれていると勘違いして、アリアをまた一段と慕う気持ちを強めた。そして、確固たる意志を瞳に宿して、アリアを見据え、答えていった。


 「はい、明日からもよろしくお願いします」


 タスキはまた一緒に皆と走れる、その何よりの喜びに歓喜し、止めどなく溢れる笑顔をアリアに見せた。

 タスキの快い返事を聞いたアリアは、事が上手く運んだと内心でニヤリと笑んだ、が、それとは別に、暗い表情のタスキに聞かされた話に、少々同情してしまった自分の気持ちにも気付いていた。だから、発破の意味合いを兼ねて言葉を述べ、憂いが取れて明るくなったタスキの表情を見られた時、アリアも同じように表情を綻ばせていた。

 そんな、そうこうしている内に、いつの間にか、アリア達は男湯の青い暖簾の前に到着していた。

 アリアは一瞬、フッと笑みをタスキに見せ、「またね、タスキ」と妙に清々しく声を掛けると、シオン達と一緒に更に奥の女湯に向かって廊下を進んで行った。

 残されたタスキは、最後まで微笑んで言葉を掛けてくれたアリアに感激すると、アリア達が廊下の曲がり角から消えるまで見送り、晴れやかな気持ちで暖簾を潜り、男湯に入っていった。

 先程まであった賑わいはここにはない。だが、それでも、寂しさなどは一切湧かず、1人楽しく、アリアの「また明日」との言葉を脳裏で再生し、ゆったりと湯船に浸かっていくのであった。






 勝ち誇ったような笑みを浮かべて風呂に向かうアリアの後ろでは、シオン達侍女が恨めしい気持ちを抱きつつ、タスキの顔を脳裏に浮かべていた。

 あんなにアリアと楽しそうに言葉を交わし、直々に明日も来いと言われたタスキにシオン達は嫉妬を越えた羨望を抱いていた。更に、お揃いの恰好、アリアと2人だけの恰好。言うなれば、ペアルック。

 シオン達の内心では、業火の如き嫉妬が、羨望が、タスキに対してゴウゴウと燃え上がっていた。

 このままでは奴に、追いつけない程に水を開けられると、焦燥感も抱き始めたシオン達は、今日中に、自分達の分のブルマもヴィマに頼まなければと決めた。

 自分達もアリアに「お揃いですね、~~」と天使の微笑みで名を呼ばれて、そう言われたいと心から切望して。

 だが、それよりも、奴1人だけにアリアとお揃いなど許せないと、ズルいと、羨ましさに血が滲むほど歯噛みしながら。

 鼻歌零し、弾むような足取りで歩くアリアの背中を見つめながら、シオン達は皆で頷き合った。明日には必ず、お揃いの姿で、早朝ランニングをすると決めて。

 シオンは汗を流し終え次第、速やかに動き出せるよう、ここにいる侍女たちに各々の役割を明確に指示していった。

 ある者は、お屋敷中のアリアとお揃いの至高の運動着を欲しいかの確認をしにいく役目を。

 また、ある者は、欲しいと望む者のサイズを測りそれを記入する役目を。

 またまた、ある者は、全ての注文をヴィマに発注する役目を。

 更に、またある者は流石に二日連続でアリアの傍を離れる訳にはいかないシオンに代わって、ヴィマの店に手伝いに行き、仕上がったアリアとお揃いの至高の運動着を確実に、命にかけて持ち帰ってくる役目を。

 などなど、他にも多岐にわたる役目をルンルンとスキップする浮かれ気味のアリアにバレないように暗暗裏にシオンが割り振っていった。

 大事な使命を帯びた侍女たちは、真剣な表情でシオンに頷いた。それにシオンも確と頷き返した。

 そうして、明日にはお揃いの至高の運動着を手にすることが出来ると、確信したシオン達は、先程のタスキへの羨望もどこへやら、もう奴など敵ではないと不敵な笑みを表情に湛えて、アリアと一緒に脱衣所へと入っていった。

 ずっとそんなシオン達を一歩どころか、十歩以上引いた位置で眺めていたローズは、いつの間にこんな変態共の巣窟になったんだと、チェイサー家の行く末を1人案じた。

 それとタスキは、1人だけいつの間にか、アリアが渇望して欲するハーレム系のラノベ主人公の境地へと至っていきそうであった。

 苦労が報われて良かったね、タスキ。と、アリアが後に皮肉たっぷりに言いそうな展開であった。




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