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第61話:明日は悶絶必至

 時間は、スイに保護した女性達を託して別れた後のアリア達へと戻っていく。


 (永遠にも思えた半日にやっと終止符が打たれた。私はお嬢様をお屋敷に残し旅立った旅路より、こうしてお嬢様の下に帰ってきた。道中、様々な問題が生じたが、全て片付けこうして今、お屋敷に帰ってきた私の腕の中には、愛しい、それはもう愛しい、どんなに離れていても一時、いや、長すぎるわね。刹那でさえも忘れなかった、ああ、私だけのお嬢様。ローズに取られはしないかと、悶々と苦悩の中にいた私に癒しをお与えて下さった、お嬢様。これ程に可憐で気品に溢れるお身体を私にお預け下さる、寛容なお嬢様。ああ、お持ち帰りしたい。このまま、自室へとお持ち帰りしたい。朝まで一緒にいたい。でもダメよ、シオン。朝まで離れているからこそ、朝のお姿がまた、私を歓喜させるのだから、ふふ。もう、柔らかなほっぺが私を魅了してきます。触っても良いですかね。うふふ・・・、うん?なんだが、こちらを冷たく見上げるお嬢様のお姿が見えますが、・・・まぁそんなことは些末な問題です。シオンの至高のひと時はこれぐらいの取るに足りない問題など全く障害にもなりませんよ)


 「シオン、どうしたの?」


 非情で冷酷な声で自身に問いかけられたアリアの声がシオンに聞こえた。以前のアリアを彷彿とさせる冷淡な口調であった。

 それを聞いたシオンは禁忌の世界より全力疾走で帰ってくると、努めて冷静な声を意識し答えた。


 「どうもしておりませんよ、お嬢様。少々、今日一日を振り返っていただけです。何ら問題はございません」


 きりっと澄ました表情を見せた。

 しかし、腕の中にいるアリアは、どこか疑わしげにシオンを見上げていた。


 「そう、ならいいわ」


 幾分冷たく声を発した後に、アリアはシオンから若干身を引いた。

 貞操の危機を犇々と感じられた結果の回避行動であった。

 そして、アリアはそっと視線を隣のローズに向けていった。

 シオンの心の中に、己の失敗が強かに浮かんできた。

 更に、自分がいないかのようにローズと楽しげに語るアリアの姿を目にした瞬間、人生最大の危機を抱いた。


 (あれ、もしかしてお嬢様に無視されています?・・・っ!?空気になってませんか!?)


 激しい焦燥感からアリアに正面から泣きついた。


 「お嬢様、シオンを無視しないで下さいよ~。一晩中、ベッドのお傍でシクシクと泣いてしまいますよ~」


 シオンのはた迷惑な宣言に呆れた後、仕方なくアリアはシオンに顔を向けた。


 「はいはい、分かった分かった。よしよし、シオン~」


 大雑把に声を掛け、これも仕方なく腕の上から身体をシオンの方に乗り出し抱き着いた。

 そうして、睡眠妨害から安眠を護る為にアリアは、部屋までの道すがらずっとシオンを宥めていった。

 隣で見ていたローズは、どっちが大人だよと呆れ果てていた。






 アリアがシオンを宥めている時、別の場所ではタスキが必死に纏わりついてくる煩わしい者達と格闘していた。


 「お願いだ!あんな奴のいるこんな場所から早く安全な牢獄に連れて行ってくれ!」


 「俺まだ、粉々になりたくない!!」


 死ぬ気でタスキの足元に縋りついてくる野盗にタスキは、引っ剥がすのに苦労していた。


 「知りませんよ!今日はもう無理ですから、ここで大人しく朝まで待っててください!」


 「いやだ!!」


 「後生だ!明日の朝まで一緒にいてくれ!」


 お屋敷の隠された厨房奥の一室で、怖気の走る懇願を口走る野盗に辟易しつつ、傍で楽しげに見ている3人にタスキが切に助けを願った。


 「見てないで助けて下さいよ」


 ヴァダンが真面目な表情で口を開く。


 「俺達のお嬢に恥ずかしい思いをさせた罰だ。そいつらと一晩同衾してやりな」


 ダニエルが大げさに爆笑していた。


 「はっはっは。良かったなタスキ。大人気じゃないか。お嬢の裸を2度も見た罰だ。布団はこっちで用意してやるから、頑張れよ」


 但し、目だけは全く笑っていなかった。

 ジェームズはいつもの好々爺の笑みが消え去った、鋭い雰囲気で無言の圧をタスキに放っていた。

 タスキは足に野盗を纏い付かせながら、必死の弁明を口にする。


 「あれは全て事故ですよ。僕が見たくて見たわけじゃありませんよ」


 そう訴えるタスキの言葉を聞いた3人は、途端に表情を一変させた。


 「まるで俺達のお嬢の裸が汚らしいみたいな言い方だな」


 「嫌々見せられたみたいだな、タスキ!」


 「ほ、ほ、ほ、・・・」


 ヴァダン、ダニエル、ジェームズが憤りの浮かぶ表情でタスキに言葉を掛け、見据えた。


 「ちちち、違いますよ。お嬢様の裸体、それはそれは美しいものでしたよ。シミ一つない真っ白さ。きめの細かさに、血の通う瑞々しい艶やかな柔肌。あどけない少女然とした体付きながらも、1つの美として完成されていましたよ」


 タスキが必死にこの窮地を脱するために弁明を口にする。

 その言葉を聞いたダニエル達の表情から憤りが幾分か薄れた。

 しかし、タスキがその後に続けた余計な私見がダニエル達に思いっきり油を注いだ。


 「けれども、一部年齢に対して著しい成長の遅れが見られましたが。そこが、僕としては、危惧すべき点ですね。そろそろ、まな板からご卒業が必要なのではないでしょうか」


 それを聞いたダニエル達は、無言で隠された小部屋から出ると、タスキを部屋に残したまま、ガチャンと鍵を掛けた。

 そして、背中に分厚い鉄扉の鉄格子付き覗き窓から必死の形相で外に向かって叫ぶタスキの声を背中で流しながら食堂に出てきた。


 薄暗い廊下の奥から聞こえる、


 「待ってください!僕が悪かったです!お嬢様の健気なお胸様はあれはあれで、至上の趣のある稀有な逸品であると思います!それと、ある界隈ではマニア垂涎の品でプライスレスな価値のある物であると僕は思います!だから、僕をここから出してください!」


 という無様な喚きを無情な扉が消し去った。


 厨房奥の巧妙に隠された扉を閉めガチャンとしっかり鍵を掛けて、ダニエル達は自室へと帰っていった。タスキの一晩、留置体験が決定した瞬間であった。

 こうして、明日の朝、アリアから貶された胸の件とは異なるご立腹の件で、呼び出しを受けるまで、シオンに怯える野盗達に両側を抱き着かれて眠るしかない地獄で過ごすことになるのであった。

 だが、後にこの時を振り返ったタスキは、この地獄を耐えきったからこそ、翌朝の天国をご褒美に頂けたのだろうと誇らしく語ったらしい。

 タスキ、地獄から天国まで、あと数時間。






 タスキの災難の事など全く知らないアリアは、ようやく辿り着いた自分の部屋のドアの前にいた。

 ふぅと息を吐くと、機嫌の直ったシオンを見上げてから、ドアノブに手を掛けた。

 そして、捻りドアを開けると、先程ぶりの部屋へと帰ってきた。

 部屋の中を見渡すと、さっきとは異なりどことなく綺麗になった印象を受けた。

 その感覚はベッドを見れば一目瞭然で、丁寧に整えられた姿をアリアの目に映していた。

 トテトテトテとベッドまで駆けた。

 そして、近づいたベッドの前で、乱れなく綺麗に整った光景を間近で見た途端、ずっと溜まっていた胸からの息を吐くことが出来た。

 本当に全員が無事に帰ってきたという実感を心の底から得られたのだった。

 アリアはその場でクルっと半回転すると、眼前に確かに見える、いる、シオンに溜めこんでいた思いも全て込めて、今度はしっかりと口を開き、言葉を掛けた。


 「おかえりなさい、シオン!」


 やや幼稚な発言になったが、それでも今まで抱いていた不安、恋しさを全て載せた言葉であった。そして、薄っすら涙を浮かべ、にこやかに微笑んでみせた。

 シオンはずっと自分を心配してくれていたことをその綻んだ表情に見て、間髪を容れずに、この言葉に相応しい応えをはっきりと伝えた。


 「ただいま、アリアお嬢様」


 堅苦しい敬語など要らない、ありのままの気持ちを声で表現した。


 「はい、シオン」


 輝かんばかりの晴れやかな笑顔でアリアはそう紡いだ。

 これで長かった今日に幕を引くことができると、アリアは思え、シオンの胸に飛び込んだ。

 留守の間に溜まった恋しさも乗せて。

 その後、洗顔、歯磨き、それと一番大事なトイレを澄ませてから、髪を梳き、そして、昨日と同じ首を回して前に垂らす髪型に整えた後、ベッドの縁に腰をかけた。

 そして、今日一日身に着けていた首飾りに、自身の魔力を少しだけ注いだ。何となく、これをしないと落ち着かない気持ちに誘われての行動であった。

 魔力を注ぎ終えた首飾りをベッド脇のテーブルに置こうとした時、そこに綺麗に磨かれ折り畳まれたメガネを発見した。


 (スイ、ありがとう)


 心の中で感謝すると、首飾りをテーブルに置き、前のアリアが大切にしていた小物入れを手に取った。

 鍵代わりの宝石に手を翳し、小物入れを開けると、中に今日一日お世話になったメガネをそっと入れた。

 レンズが傷付かないよう、他の首飾りに当たらないようにレンズを箱の外側に向けて置いた。

 そうして、メガネを入れ終わると、「またその内ね」と小さく声を掛け小物入れのふたを閉めた。

 小物入れをテーブルに戻すと、自然と零れた微笑みを小物入れに向けた後に、素足からベッドに潜り込んでいった。

 アリアがベッドの入った所まで見守っていたシオンは、ローズに声を掛け部屋から出て行こうとした。

 しかし、ドアに向かおうと背を向けた時、か細い声で背中に声が掛かった。


 「あの、シオン」


 恐る恐る伺うといった様相でそう声をかける、アリア。

 シオンはすぐに微笑みを湛えアリアの傍に向かい、声を掛けた。


 「はい、如何なされましたか?」


 そして、アリアのほんのり赤みさす頬をたおやかな笑みと共に覗き込んだ。


 「そのですね・・・。眠るまで手を握っていてくれませんか」


 純粋にそう思ったからこそ、臆してもアリアはシオンにお願いしたのだった。


 「いいですよ、お嬢様」


 シオンは柔らかな笑みを浮かべて答えると、そっと差し出された小さな手をしっかりと握った。

 その手を確認したアリアは、続いてローズにも同じように言葉を掛けた。


 「ローズにもお願いしたいのですが、手を握ってくれませんか」


 「ああ、いいぜ、いいぜ」


 少しの風でも消えそうな微かな声でアリアにお願いされたローズは、快く答えるとシオンの手の上からアリアの手を包み込んだ。

 そうして、2人分の温かみに包まれた手を見たアリアは、小さく口角を上げるとゆっくりと瞼を閉じていった。

 目を閉じても伝わる熱と脈打ちに心から安心を覚え、少しずつ、少しずつ夢の中へと入っていった。

 ベッドで横になった途端に心細さが湧きおこり不安に気が揺らめいていたアリア。先程の悪夢もあり、何とか眠るまで傍にいて欲しかった。その不安がようやく2人分の優しさに包まれることで消えていった。

 こうして、今夜は安寧の夢世界に身を浸していくのであった。だが、翌朝、目が覚めた時に、昨晩を思い出し、大後悔時代の幕開けとなることをこの時のアリアは、まだ知らなかった。




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