第52話:帰路
日が沈みすっかり辺りが闇に包まれてしまった街道を馬車が走る。
薄ぼんやりと前を照らすランタンはどこか頼りない感じである。
キィキィとランタンが揺れる音が、不気味な音を立て、軽快に街道を行く馬車の車輪の音と不協和音を作り出していた。
ヴァダンは、薄っすらと照らされた街道の先を見据えていた。
シオン達は、馬車の中で早く屋敷に着かないかと、唯席に座っていた。
街を出発して、途中イレギュラー対応があったものの、30分が経っていた。
カタカタカタと馬車の進む音と、ランタンの留め具がキィキィと揺れる音が馬車の内部まで聞こえてくる。
闇に包まれた街道と不気味に聞こえるランタンからの音に、ナルとメルとグリムは不安な気持ちを抱いていた。
見習いメイドの彼女達の心の中に、ヴィマの姿が浮かび上がった。
3人は同じような思いを抱いた。
恰好は変だが、何故か鍛え抜かれた肉体を今にして思うと、とても頼もしく感じることができた。あの時、連れて来れば良かったかと、外の闇に当てられ弱り切っていた心が3人をそう惑わせていた。
一方シオンは、ひたすらに真面目な表情で正面を見据え、落ち着いた様子をみせていた。
見習いメイドの3人は、そんなシオンの様子に頼もしさを感じて、少しだけ気持ちが落ち着いた。そして、3人はシオンの正面に座り直した。更に気持ちが落ち着くようであった。
シオンは真剣な眼差しを正面に向け、ひた考える。
クマ五郎をプレゼントした時のアリアの姿を、そして、アリアとの約束、ファッションショーで、お召願う衣装を、集中して時間を忘れる程、真剣に考えていた。
不安な気持ちを抱く見習いメイドの3人と、早くアリアに会いたいなと恋しさで物憂い思いを抱くシオンを乗せた馬車が、街道を走っていった。
しばらく進むと、ヴァダンが突如、馬車を急停車させた。
突然の急停車で態勢を崩した見習いメイド達が何事かと、困惑した表情で覗き窓から見えるヴァダンの背中を見つめた。
ヴァダンが、顔を正面に向けたまま車内だけに聞こえる声量で声を掛けた。
「シオン様、この先で何人か待ち構えています。どう致しましょうか?」
そのヴァダンの声を聞いた瞬間、3人はヴィマにされた誘拐事件の話を思い出した。
馬車が襲われていると、乗客は少女を残して無残に殺されていると。
ナルとメルとグリムは、怯えた表情でシオンを見上げた。
シオンは、ヴァダンの問いかけと、見習いメイド達の恐怖の覗く視線を受けて、数秒間考え込むと、徐に口を開いた。
「ヴァダン、・・・見た限りで構いません。どれ程の規模でしょうか?」
「・・・15。それと、端の方に捕らえられた女性達が数人見えます」
無機質な声色でヴァダンが冷静に見たままの現状を告げる。
「・・・」
ヴァダンの答えを聞いて、シオンが考え込む。そして、すぐに口を開けてヴァダンに声を掛けていった。
「先程、ヴィマに誘拐が多発しているから注意してくれと警告を受けました。ヴァダン、どうですか?」
「・・・。シオン様がお出になる程ではないかと」
「そうですか」
ヴァダンの答えを聞いてシオンが静かに考え込む。そして、再びヴァダンに問いかけた。
「前方だけですか。他にも潜んでこちらを狙っている者はいますか?」
「いいえ、残念ながら前方だけのようですね」
ヴァダンが少し落胆したような声音で返す。
シオンもつまらなそうな表情でそれを受けた。
「女性達に目立つような傷は見えますか?」
「どの様な傷をお尋ねなのか、分かりかねますが、服装に目立つような傷は見当たりませんね。それに表情も怯えのみです」
「分かりました」
シオンはそれを聞いて、少しだけほっと息を吐いた。
ヴァダンに端的に訊ねた。
「どうします?」
たったの一言だが言外には、誰が行くかの問いかけが含まれていた。
「私が行っても構いませんが、出立前にシオン様が仰っていた、3人を護る命がありますので、こちらで控えていることにします」
「よく覚えていましたね、ヴァダン。では、今回は私が出ましょう」
そう答えてからシオンが目の前の3人に顔を向けた。
「貴女達はこちらで待機です。もしもの時は、ヴァダンと共に荷物を護りお屋敷に戻りなさい」
『了解しました』
シオンの指示に緊張の面持ちで頷く。
3人の返事を聞くと、シオンがゆっくりと馬車の扉を開けて外に出ていった。
扉を閉める直前、ナル達がシオンに声を掛けた。
『メイド長、どうかご武運を』
3人の自身の身を案じる言葉に、シオンが微笑んで返す。
「ええ」
扉を閉めると、落ち着いた歩みで暗闇に進み始めた。
馬車の前を通り過ぎる時、ヴァダンが何かを危惧するような不安が浮かぶ表情でシオンに声を掛けた。
「シオン様、やり過ぎにはご注意ください」
ヴァダンの言葉を受け、シオンが小さく笑った。
「ヴァダン、私は今日、半日の暇を貰っています。折角の暇ですし、たまには無聊をかこつ私の戯れも良いと思いませんか?」
怪しく揺らめく瞳でヴァダンを見つめ、シオンがそう述べた。
その瞳の奥にある、何かの快楽に染まる色を確かにヴァダンは見た。
「・・・。必ず、1人は残されるようお心掛けを」
久しぶりの休暇に浮かれるシオンに、ヴァダンは暫し思考した後、再びそう釘を刺した。
楽しげに笑んでヴァダンに頷くと、シオンがヴァダンに最後に命じた。
「分かっていますよ。流行りの誘拐に絡んだ連中かの確認に1人は残します。それと、こういう事を私がやるとやり過ぎる恐れがあるので、スイに連絡して駆け付けるように言っておいてください」
「畏まりました。それと、こちらには私達がいる事をくれぐれも忘れずに、お願い致します!」
シオンの指示に頷いた後、ヴァダンが初めて危機感を露わにした表情でシオンに真剣に訴えた。
ヴァダンにニコリと笑みを向けて、答えた。
「なるべく忘れないように心掛けますね、ヴァダン」
最早我慢できない悦楽に染まる笑みを浮かべてヴァダンを見据えた。
見据えられたヴァダンの背が悪寒で微かに震えた。
シオンはヴァダンから視線を外すと、暗闇の覆う正面を向いた。そして、1人で散歩に行くように気楽な調子で歩いていった。
暗闇に極寒の怖気が加わった常しえの闇が前方に広がるのをヴァダンは見た。
ヴァダンは1つ願った。
あれが私達に向かわないようにお願いします、と今のシオンが敬愛して止まないアリアに真剣に願った。




