第49話:グリムの秘密
洋服にカメラと順調にお土産探しが進んでいたシオンの視線に、あるお店が留まった。
(こすぷれ?ショップ?)
妙な活気と若者達で溢れる店先を見つめ、看板に書かれた店名に内心で首を傾げた。
更に店の前には、何かに成りきった様子でポーズを決める若い男女が良く目に入る、不思議なお店であった。
以前にこの街に来た時にはなかったこのお店に、シオンは強く興味を惹かれ、更に詳しくお店を観察していった。
店に掲げられた看板には、コスプレショップと書かれた看板のほかに、もう1つその看板の隣に一回り小さい看板が掲げられていた。そちらにも、シオンの知識にはない妙な文字が太文字で目立つように書かれていた。
(同人誌?委託販売所?)
内心で更に首が傾げられていく。
シオンは訝しがりながら、視線を看板から下げていき店の正面に向けた。
店の正面には入り口横に大きなショーウィンドウがあり、その中に魔女っ娘コスなるものや巫女装束なるものが目立つように展示されていた。
知らぬ間にそれらに見惚れていたシオンは、遂に抗えぬ魅力に感化され、魅了された様にフラフラと魔窟と呼ぶにふさわしい、入り口から衣装が溢れ出るその店に足を踏み入れていった。
入り口を潜り中に入ると、意外と店の中は広く、人々が盛んに行き交う、中々に混みいった繁盛具合を窺わせた。
シオンはその中を、「失礼」とすれ違う人々に声を掛けながら奥に進んでいった。すると、店の雰囲気が唐突に変わり、その場所に見覚えのある格好をした人物の背中が見えた。
その人物は、コスプレ衣装の販売エリアから更に奥に進んだ、一線を画する妙な空気に包まれたエリアにいた。
シオンは静まり返るその空気に沿うように、そっと足音を忍ばせて進んでいった。
目に付く棚には、普通の本とは一味違う趣の薄い本が詰められていた。
それらに興味を引かれたシオンは、見慣れた格好の人物の傍にやってくると、声を掛ける前に試しに一冊を棚から手に取った。
半脱ぎの青年が頬を赤く染めて熱を帯びた視線で、不敵に微笑むもう1人の青年を見つめる表紙がシオンの目に映った。
何故だか妙に胸がざわめく感じを覚え、シオンは試し読みのページに目を落とした。
そこには、不敵に微笑む青年が情熱的なセリフを吐いたシーンが描かれていた。
しばらくそのページを妙にざわめく心で微かな興奮を覚えた状態で眺めた後、そっと棚に戻した。
シオンは静かに一息吐くと、隣で真剣な表情で薄い本を睨み、品定めをする見覚えのある人物に潜めた声で語りかけた。
「グリム?」
その声が聞こえた瞬間、メイド見習いの内の1人、グリムはビクッと肩を震わせ薄い本を手にしたまま固まった。
数秒間固まった後、ようやく首を錆び付いた玩具の様に軋ませながら、ゆっくりと顔を向けてきた。
手に持った本はそのままに、顔だけをシオンに向けた。
その表情は、母親に隠していた愛読書を発見された時の様な、驚愕に目を見開いたものだった。
シオンはやはりグリムであったことにほっと胸を撫で下ろした後に、嬉しそうな表情で声を掛けた。
「やっぱりグリムでしたね!先程ぶりですね!」
そう声を掛けた後に、続けてグリムに訊ねた。
「ここがグリムの言っていた本屋さんですか?」
驚愕に目を見開いたまま、唯コクリとだけグリムが頷いた。
その時のグリムの心境は唯一つだった。
(何故ここに!!)
グリムはシオン達と別れた後、一直線にこのお店を目指した。
その道中、今日はどんな出会いがあるかと心を弾ませていた。
以前、休日に偶々このお店に入り、運命の出会いを果たしてからずっと、グリムはこのお店の常連であった。
店に着くと、店内の人々を華麗なステップでかわし目的のエリアを目指した。
(人気作は、すぐに売れてしまうわ!)
焦りを覚えつつ、人の間を抜けていった。
そうして、とうとう目的地の同人誌エリアに着くとすぐにBLコーナーに向かった。
他のジャンルには一切目を向けずにBLコーナーに向かい、そして、着くとすぐに新作の並ぶ棚を見上げた。
(オレ受けの新作は出てるかしら)
グリムの愛読書、“オレが受けに回るはずがない”、を棚の端から目を凝らし順番に探していく。しかし、なかなか見つからず、視線がそろそろ棚の終わりに近づいた時、遂にオレ受けの新作を見つけた。
グリムは素早く手を伸ばし、新作を手元に確保すると感嘆の思いでしばしば表紙を見つめた。
気の強そうな青年が、気弱そうな青年に壁際まで追い詰められたイラストが描かれていた。
屈辱に満ちた表情を浮かべてはいるが、どこか恍惚とした瞳で気弱そうな青年を見つめる気の強そうな青年。気の弱そうな青年は、そんな気の強そうな青年の顎に手を添え、自分に向かせようとしていた。
グリムはほうっと一つ、ここで出会えた感動に息を吐くと、丁寧にカゴに乗せた。
そして、今日は手持ちが少ないので新たな作品の発掘は次回のお楽しみにしようと、お会計に向かおうとしたその時、先程シオンにもらった特別手当のことを唐突に思い出した。
盗まれないようにメイド服の内側に仕舞った特別手当を外側から手を触れて確認すると、確かにそこにあることが感触として伝わった。
グリムは、お会計に向かい始めていた身体を再びBLコーナーに向けると、まだ見ぬ素晴らしき作品を探しに戻っていった。これが、グリムの運命の分かれ道であった。
再び舞い戻ったグリムは、一つ一つ作品を吟味していった。
時間をかけてじっくりと作品の品定めをしていくと、ある作品を手にした瞬間グリムの心が振るえた。
タイトルには王子達のセレナーデと書かれ、内容は禁断の兄弟愛を描いた作品であることが説明されていた。
グリムは震える指で試し読みのページを開き、真剣な表情で内容を読んでいった。
第二王子の弟が不敵な笑みを浮かべ、第一王子の兄に迫る場面が描かれていた。
グリムはそっとページを閉じると、心の中でこの出会いとシオンに感謝した。
またカゴの中に丁寧に乗せると、続巻がある作品なのか隣の作品を棚から手に取った。
取り出した作品は、タイトルが同じでその終わりに2と書かれていた。
(やっぱり、2巻が出ていたわね。もしかして、3巻も出ているのかしら!)
再び興奮気味に棚から隣の作品を取り出して表紙を見た瞬間、聞き覚えのある声が突然、背後から掛けられた。
「グリム?」
ビクッと身体が、今までに感じたことがない程震えた。
取り出した作品を手にしたまま、どうか気のせいであってくれと切に願いながら、首の骨を錆び付いた金属の様に軋ませながら、顔を声のした方向に向けた。
そこにいたシオンの顔を見た瞬間、口から心臓が飛び出すほどに驚愕した。
目は見開かれ、呆然とただシオンを見つめた。
シオンがグリムに会えたことに嬉しそうな笑みを浮かべ、口を開いたのが見えた。
「やっぱりグリムでしたね!先程ぶりですね!」
シオンの声をグリムの聴覚が捉える。
「ここがグリムの言っていた本屋さんですか?」
グリムは驚愕に染まる表情のまま、呆然と言われるがままに頷いた。
心の中でグリムは叫び声を上げた。
(何故ここに!!)
ニコニコと嬉しそうに笑みを浮かべるシオンをグリムは、驚愕し呆然と見つめることしか出来なかった。
シオンはグリムに会えたことが本当にうれしかった。
今までに経験のない初めてのお店に入ったシオンは心細さを感じていた。しかし、グリムがいた事でその心細さが消え去り、ようやく生まれた嬉しさだった。
「メイド長!?どうしてここに!?」
シオンに名を呼ばれたグリムが、驚きの声で訊ねた。
グリムの驚愕する内心を全く知らないシオンは普通に答えた。
「新しいお店が出来ていたので。それと活気があり、繁盛した洋服屋と思い、お嬢様へのお土産を探しに入ってきたのですが。・・・想像と違う店内の様子に戸惑ってしまいました。グリムがいてくれて本当によかったですよ」
話している内に心細くなっていたことを思い出し、グリムに安堵の表情を見せた。
シオンは安心した様子で続きを語っていった。
「ところで、グリム。ここはまた随分と雰囲気が違いますね。洋服と書籍の店が一緒になっているのですか?」
「いや、これはその・・・」
純粋なシオンの問いかけにグリムの言葉が詰まる。
“同人誌です!”とは言えず、たじろいでしまう。
シオンは、グリムを見つめて口を開いた。
「私も先程一冊だけ覗いてみたのですが、中々妙なるものを感じました。受け?責め?なる言葉が散見されるのですが、どの様な意味なのでしょうか。グリム、至らぬ私にお教え下さいませんか。もしも、お嬢様に訊ねられた時に、説明できなくてはお嬢様付の従者として、失格の烙印を自らに押さなければなりませんからね。グリム、どうかお願い出来ませんか」
シオンの不安な様子と瞳の奥に微かに灯った灯の揺らめきをグリムは感じ取り、数秒脳裏で思考を巡らせた。
(もしかして、上手く切り抜けられるかも!しかも、それだけでなく信者を一気に2人も増やせるかも!!)
思考し終えたグリムは、メガネの奥で怪しい揺らめきを湛えながら、シオンに焦らずじっくりとこちら側に誘おうと答えていった。
「・・・ふふふ。メイド長、ここはですね、同人誌を扱っているお店です。同人誌とは、作者自らが実費で出版した書物です。メイド長が先程仰っていた受け、責めは、キャラクター同士の絡みを端的に表現した言葉です。そして、メイド長が先ほどお読みになった作品と今私が手に持つ作品はジャンルでいうとボーイズラズ、通称BLと呼ばれるものです。男性同士の尊い恋愛を描いたもので、私のおすすめ作品はオレが受けに回るはずがないという作品でして、ぜひ一度メイド長もお読みになられてはいかがですか。そして、お嬢様にもぜひ一度、教養の為にお読みになることをお勧めしたいと存じます。もしも、学園でのご学友がこの話を切り出した際に、付いていけない恐れがございます。更にその際に、ご学友にこの様な事も知らないのかと失望されてしまう恐れもございます。メイド長、お嬢様の明るい学園生活の為に、如何でございましょうか!!」
嬉々とした表情で語り、途中から熱が入り、饒舌に口早でシオンに心から訴えかけていった、グリム。
グリムの語りと勢いに圧倒されたシオンは、ついつい答えてしまった。
「分かりました。そのような大事な書物とは知りませんでした。自分の無知が恥ずかしくなります。もう少しでお嬢様にまで、これから出来るであろうご学友の前で恥をかかせるところでした。グリム、感得致しました。ぜひ、私にグリムのおすすめを貸しては頂けませんか?」
「勿論です、メイド長。これからは共に同志としてお嬢様を交えつつ、更なる探究を深めていきましょう!」
眼鏡を怪しく光らせ、生まれたばかりのヒナを逃さないと見据える。
大きな蛇に毒牙を穿たれたシオンは、チロチロと舌を覗かせるグリムに一歩踏み込んでいった。
しばらく、グリムに作品の魅力を説かれたシオンは、今グリムの会計が終わるのを少し離れた所から眺めていた。
グリムが会計を終え、大き目の紙袋を腕に下げてシオンの下まで帰ってきた。
満ち足りた表情で、腕にかかる心地良い重さを感じていた。
シオンの下まで戻ったグリムがシオンに声を掛けた。
「メイド長、私の用事はこれで済みましたので、お嬢様へのお土産探しを手伝わせてもらえませんか」
そうシオンの顔を見つめて願い出た。
それにシオンは、すぐに答えた。
「勿論構いませんよ。私としてもグリムにいてもらえる方が心強いですからね」
そう伝えると、シオンはグリムと一緒にコスプレ衣装が並ぶエリアに移動した。
しばらく店内を巡り、アリアに似合いそうな品を見て回っていると、グリムが唐突にシオンの袖を引いた。
「メイド長、あれは如何でしょうか!お嬢様にとってもお似合いな気がします」
そう言い、指で指し示す。
その先を目で追い、シオンはグリムと同じものを見つける。黒と白の二色を主としたシックな衣装があった。
札には、ゴシックロリータと書かれていた。そして、その商品名の横には、更に続きも書かれていた。
「ゴシックロリータ?只今、二―ソックス、眼帯、マントの中二セット付きのご用意もございます??」
シオンが疑問符を浮かべ、懸命に書かれたものを目で追い、理解しようと読んでいった。
グリムが、そんなシオンに助け舟を出した。
「メイド長、これは今流行りの服装です!ゴシックロリータと呼ばれ、現実から離れた空想に思いを馳せ、非現実的な自身を顕現させ得る衣装でございます。想像してみてください。これをお召になったお嬢様のお姿を!得意気な様子で不遜に笑い、精一杯に自身を表現しようとしているお嬢様。全く以って痛々しさ全開で、可愛らしいではありませんか!!」
「・・・確かに」
グリムの異様に力の籠った説明にシオンは気圧されて、頷くことしか出来なかった。
しかし、同時にグリムの説明の通りに想像したアリアの姿に、シオンは満足もしていた。
見本ではなく、その下に掛かった売り物と別売りのセットを共に手に取ると、シオンとグリムは他にも良いモノがないか店内を巡っていった。
こうして店内を巡るうちにシオンは、段々とこの雰囲気にも慣れてきて、楽しそうな表情で商品を見て回った。
そして、あらかた商品を見終わったシオン達は、まだ行っていなかった店の奥までやって来た。
ディープな雰囲気に包まれたマニアックな品々が並ぶエリアに、シオンとグリムは足を踏み入れていった。
グリムも初めてここまで来たようで、興味深そうにそのエリアに並ぶそうそうたるマニアックな衣装を眺めていった。
パッと見た限り、グリムでも知らないタスキのみが狂喜乱舞しそうな婦警セットや女王様セットなどが並んでいた。衣装以外にも、小物も売られており、手書きのポップの添えられた手錠や鞭などが並んでいた。
まだこの前段階のエリアの神秘の巫女装束や癒しのシスターコスの方が一般的に見える怪しげなエリア。
シオンはグリムと一緒にそのエリアを巡っていると、ある物がふと目に入った。
シオンはその札に書かれた衣装の名前を読み上げた。
「えんじセット?只今、黄色い帽子とチューリップ型の名札付キャンペーン実施中?」
その品を手に取り、目の前に掲げてみた。
「燕尾服とは違うのですね?なんですかね、これは?」
シオンは予想と違う衣装に、疑問が口をついて出ていた。
「・・・。私も始めて見ました」
グリムも始めて見るそれに目を凝らした。
シオンの手にするものを見つめ、暫し記憶を手繰り答えを得ようと試みたが、それに失敗した。グリムは自身の記憶でも謎に満ちた衣装をしみじみと眺めた。
シオンとグリムの2人は暫くその衣装を眺めた後、グリムがシオンの顔を見つめて声を掛けた。
「メイド長、どういった用途で用いられる衣装かは不明ですが、私にはどうにも妙な感覚で、この衣装がお嬢様に大層お似合いになる光景が見えます。そして、なぜだが、これを着用したお嬢様に、先生と呼ばれてみたい気持ちも胸の内から不思議と湧き上がってきます」
「そうですね。私もグリム同様にこのお召し物をご着用なさったお嬢様に、先生!先生!と腕引かれる光景が浮かび上がりますね。そして、お返事を返すと、嬉しそうに微笑む姿が脳裏に鮮明に浮かび上がります」
そう2人で言葉を交わした後、再び掲げた魅惑の衣装に我を忘れる程に惹きつけられた。
そのえんじセットこと、園児セットの青色のポンチョに黄色く可愛らしい小さめの肩掛けバッグが掛かった見本を妙な熱を帯びた視線で見つめていった。
その後、その抗えぬ魅力に憑りつかれたシオンとグリムは、どう見ても中二病セットとアリアが唖然と目を見張り固まりそうな園児セットをお会計に持っていき代金を払い終えると、静かにコスプレショップ&同人誌委託販売所を後にした。
シオンはこの後、この街巡りでの最後のお土産を買うことになる。
胸が締め付けられる程の寂しさと悲しさが不思議と溢れてくる大切なお土産を。




